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忘れなむと思ふ心の…

こちらは、「隠り沼の下ゆ恋ふれば・・・」(side K)→「遠くあらば姿は見えず・・・」(side R)の続きになります。未成立&少し未来のイメージで書いています。
視点が、蓮⇒キョーコと切り替わるのでご注意ください。
時間がかかりますと宣言はしたものの、なんと1年半かかるとは。今更のUPで恐縮ですが、よかったら↓よりご覧くださいませ。


「なぜ?」

思いもよらぬ沈黙の後、ひどく小さく声がした。
耳をよくすませていなければ聞こえないほど微かな響き。
幻聴だと耳を疑いたくなるほど、泣き出しそうに震えた声に、不安の影が心を過る。
それほど無理を言ったのかと
でも、それを認めたくなくて。
話を止めることができない。
―――どうしても君が、俺の名を呼ぶのを聞きたかったから。


「どうして?」

抑える間もなく、言葉が口をついて出た。
理由なんてない。
あるはずがない。
だって、その言葉がほんの戯れに過ぎないことはよくわかっていたから。
でも、なぜか止めることができなかった。
わかり切った答えなど本当はもう欠片すら耳にしたくないのに。
それでもなぜか抑えることができない。
―――どうしてもあなたが、何と答えるのか聞きたかった。


れなむと思ふ心のつくからに ありすよりけりにまづぞ恋しき
(古今和歌集 詠み人知らず)


「下の名前にさんづけ、っていうのはどうかな?」

いつの間にか口にしていた言葉は、戯れに見せかけた本音だった。

君に名前を呼んでもらいたい、と。
ほかの誰よりも親しげに俺に接してほしい、と。
―――できれば恋人のように。

そんな本音を隠した小賢しいやり口。
けれどそれは君をただ混乱させただけだった。

「なぜ?」

回線のつながりが悪いのか、それとも違う理由なのか。
受話口の向こうから聞こえてきた返事は、やけに掠れ、やけに途切れていて。
いつもと違う君を感じさせる。
そのことが妙に怖く思えて、言葉の切れ間に身を捻じ込むように強引に言葉を差し込んだ。

「変かな?そりゃ、呼び捨てはできないだろうけど、名前にさん付けはなかなかいい考えだと思ったんだけど。
君が事務所の大事な後輩で、俺がまるで妹のように可愛がっていることはよく知られていることだし、今さら誰もおかしくは思わないだろう?」

そうやって言い訳じみた言葉をつらつらと並べる。
途端に受話器の向こうでハッと息を飲む音が聞こえた・・・気がした。

「え、あ・・・、そ・・・うですよね。」
明らかに戸惑っている声に心が大きく引きながら、傲慢な私欲を抑えきれず、俺は続けた。

「無理にとは言わないけれど。そう呼んでくれると嬉しい。ダメかい?」
そう言えば君が断れるはずもない。
わかっていて、俺は言った。


* * *


残酷だ・・・と思った。

必死になって押し込めた小さな想いを、あなたはたったひと言でいとも簡単に引きずり出し、剥き出しにし、傷だらけにする。
そればかりか、わかりきっていた事実までわざわざ目の前に突きつけて、私をさらに絶望させる。

『大事な後輩で、妹のように可愛がって・・・』

“大事な後輩”?
“妹のよう”?

ほら、また。
無上の喜びを与えてくれたかと思えば、哀しみの底に突き落とし、どうすることもできない歯がゆさに苛ませ。
そうやって、私の心をバラバラにする。
でも、それでも私はこの人を愛してる。
ひきちぎられそうになっても、愛してる。

うねるような感情の渦に飲まれまいと必死になりながら、私は答えた。
「そ・・・うですよね。」

セリフだと思えばいい。
これは単なるセリフの練習。
これくらい、台本だと思えばいくらだって言える。

そう自分に念じても、受話器を持つ手の震えが止まらない。
気づかれぬよう息を大きく吸い、なんとか呼吸を整えようとした。

「無理にとは言わないけど。そう呼んでくれると嬉しい。」

“嬉しい”

予期せぬ煙を浴びせられたように、視界が曇り、目が霞んだ。
じわじわと、胸を締めつけられるような痛みが心の奥から押し寄せる。
苦しいのか、幸せなのか、自分でももうわからない。
ただひとつ言えるのは、下手をして私の気持ちを悟られるわけにはいかないということ。

「れん、さん。」

ほら・・・言え・・・た。

「もう一度言ってみて。」

もう一度?

「れん、さん。」

「もう一度。」

「れんさん。」

そんなに繰り返させないで。
名前を口にするたびに、こんなにも胸が苦しい。
苦しい。
苦しい。




気が付けば、恐ろしいほどの沈黙が二人の間に降りていた。

埋めようもない沈黙。そして、こみ上げる私の嗚咽。
ああ、敦賀さんはきっともうわかってる。
私のこの――――この気持ちに。


「・・・どうして?」

ついに耐え切れず、口にした。
それが決壊の合図だった。

「どうして、名前を呼ばせたんですか?どうして何度も。どうして、どうしてこんなに、こんなに・・・」
堰を切ったようにぼろぼろと溢れだす涙で声が詰まる。

(・・・・好きなのに。好きだから・・・)

もう、どうとでもなれと思った。



「好きなんだ。」
そのとき、受話器の向こうから呻くような声が聞こえ、私は再び言葉を失った。


* * *


「れんさん」

そう呼ばれるたびに胸が震えた。
本当の名前でもないのに、君の声で呼ばれるたびどうにかなりそうなほど心臓が高鳴り、愛しさが募る。

「れん、さん」

もし、今君が目の前にいたら、俺は瞬時に君を抱き寄せて離さなかっただろう。
囁きかけるように耳を揺らす君の声は、それほどに甘く切なく。
俺は溺れるように何度も「もう一度」と繰り返した。

受話器をあてた俺の耳元を、凍てつく北風が吹き抜ける。
剥き出しの指は痺れ、先ほどのコーヒーで少しは温まったように思えた体はすでに冷え切っていたが、不思議なほど寒さは感じなかった。

君の声が、俺の全身を支配する。

「・・・・・ぅ くっ」

そのとき、浸りきっていた俺の耳を微かな嗚咽が貫いた。

(泣いて・・・いる?)

なぜ?
どうして?
俺の何が君をそんなに傷つけた?

焦る俺の視界の隅で、スタッフの動きが慌ただしくなっていく。
まもなく休憩が終わり撮影が再開するというのに、このままでは電話を切ることなど到底できない。
気持ちを切り替えて撮影に臨むなど、できるはずもない。
どうすればよいのかわからず、つま先で何度も地面を蹴った。
薄く掘り返された赤土が靴先を汚し、さらに苛立ちを募らせる。
やがて混乱する俺の耳に届いたのは、小さな疑問符だった。

「・・・どうして?」

え?と思う間もなく、そのひとことを皮切りに君は嵐のように言葉を発した。

「どうして、名前を呼ばせたんですか?どうして何度も。どうして、どうしてこんなに、こんなに・・・苦しいのに。名前を呼ぶたび、苦しくてたまらないのに。」

泣きじゃくる声に焦りながら、真意を探る。
やがてひとつの答えに考えが至り、ハッとして電話を落としそうになる。
(まさか、いや、でも・・・)

ありえない。
けれど、思い当たることはひとつしかない。

ああ、どうして俺はこんな場所にいるのか。
それがもし事実なのだとしたら、今すぐにも君のそばに駆けつけたかった。
いや、それが事実でないとしても。
泣きじゃくる君を、ひとりにしておけるはずがない。

どうすることもできない、この距離が憎かった。

ちらりと時計を見る。
残された時間は、あとわずか。

どうしたらいい。
どうすれば・・・

真実を確かめたい気持ちと、答えを知る恐怖が入り混じる。
その中で、俺はひとつの答えを見つけた。

そうだ。
間違えようのない真実がひとつある。
それは・・・

「好きなんだ」

押し潰されそうな混乱と期待と不安の渦にまみれながら、俺は確信できるただひとつの真実を君に告げた。

「好きなんだ、君を。」




忘れなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき
(忘れてしまおうという気持ちが起こるととたんに、今までよりもいっそう恋しい気持ちが起こってくるのです。)


―おまけ―


映画の撮影が開始されてから2週間が過ぎた。
リメイクとはいえ大作の呼び声高く、ダブル敦賀の熱演がすでに何度もマスコミに取り上げられている。
ヒロインに抜擢された京子の演技も、新旧スター対決に大いに花を添えていると話題になっていた。

毎日の撮影はかなりきつい。
出演者は皆、朝から晩までぎっちりとスケジュールを詰められ、この撮影に従事していた。
―――そんなある日の午後。

「ちょっといいかな。」
「あ、はい。」

待機中の蓮に呼ばれ、キョーコが慌てて走り寄った。

「話があるんだけど、ここじゃなんだから・・・あっちへ。」
眉間に軽く皺を寄せ、先を歩く蓮に、キョーコが慌ててついていく。
二人の様子に気づいた撮影スタッフも、いつになく深刻な顔つきの蓮に近寄ることすらできない。

(京子はなにかやらかしたか?)(いや、いい演技してたと思うけど)(でも、敦賀蓮があんな表情をするなんて)

小さなざわめきが漏れる中、二人は蓮の控室へと移動した。
追いかける社の深いため息をあとに。

「あ、あの・・・。
控室のドアが閉まり、目の前にそびえる蓮の背にキョーコが恐る恐る声をかける。
と、蓮が振り向きざまにキョーコへぐっと顔を寄せた。

「ねえ、キョーコ。どうして名前で呼んでくれないの?」
「え?だって、敦賀さん・・・。」
「ほら、また。敦賀さん、って言ってる。」
一瞬、ギクッとした表情を浮かべ、キョーコはさっと目をそらす。

「で、でも・・・」
「あのとき約束したよね。ややこしいから俺のことは下の名前で呼ぶって。」
「や、約束した覚えは・・・。」
「ん?」

ああ、まずい…とキョーコは思う。
蓮がこういう表情をしたら、手に負えない。

「名前にさん付けするのは、敦賀御大ときっちり区別をするため。そう言えば誰もが納得するはずだし、そもそもさん付けしてさえちゃんとしていれば、俺を名前で呼んだところでたいして気にもされないだろう?」
「・・・・・・」

蓮のいうことはある意味もっともだし、説得力もある。
でも、無理なものは無理なのだ。

恐る恐る首を横に振る。
「なんでダメかな。もう別に遠慮する仲でもないだろう?ほら?」
そう言うと、蓮はおもむろにキョーコの体を両手で囲い、その頬に口づけた。
ひゃっ!
声にならない悲鳴を上げて、キョーコが飛び上がる。

「それとも、俺のこと名前で呼ぶのは嫌?」
屈んだ蓮に上目づかいにじっと見つめられ、キョーコはどきりと固まった。
淋し気な声と表情に心がキュッと締め付けられる。

ああ、もうっ!

「・・・ぎゃ」
「ぎゃ?」
「逆なんです。」
「逆?どういうこと?」
「それはその・・・・」
言い淀むキョーコの顔がみるみる赤く染まっていく。

「そ、そういう仲だから、呼べないんですっ。は、恥ずかしくて・・・。」
どもりながら懸命に訴えるキョーコの姿に、蓮は思わずクスクスと笑ってしまった。
「わかった。じゃあ、今まで通り敦賀さんでいい。」
ふぅーとあからさまにほっとした顔でキョーコが大きく息をつく。
その姿を横目でちらりと眺めると、蓮は大仰に口を開いた。

「ただし・・・二人きりのときは俺のことを久遠と呼ぶこと。さん、とかつけるのはなしでね。」
「そ、そ、そ、そんな無理です。」
「それから」
「え?ま、まだあるんですか。」
「久遠とよぶときは、必ず俺の耳元で囁きかけること。」

蓮の有無を言わさぬ口ぶりに、キョーコがぷるぷると身を震わせる。
否定の言葉がないのをいいことに、蓮はにやりと笑うとつづけた。
「じゃないと・・・。」

さっとキョーコの唇にキスをする。
「食べちゃうよ。」


「ど、ど、ど、どういう意味ですかー!?」
真っ赤な顔で抗議するキョーコに似非紳士の微笑みを手向けると、蓮はさっと入口に向かった。
「じゃ、先に戻ってるから。口紅をちゃんと直して戻ってくるんだよ。」

言い捨てて扉を開ければ、そこにはあきれ顔の社が立っている。
「蓮、ほどほどにしろよ。」
ぐったり声でそう言う社に、蓮は爽快な笑顔を返し、立ち去った。

呆然と固まるキョーコをあとに残して。




忘れなむと思ふ心のつくからにありしよりけに まづぞ恋しき
(あの人のことは忘れてしまおうと思う気持ちが起きると途端に、前にも一層恋い焦がれる気持ちが出てきてしまう)


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