天蓋花夜夢 ―裏―

おひさしぶりです。
転職先が驚くほど休みのない会社(祝日ナニソレ?土曜?フーンな感じ;;)で、お話を書くどころか、妄想する心の余裕も失っている今日この頃です。
先週は仲村先生のサイン会が我が家からほど近い横浜で行われたというのに、しっかり出勤してました…。
各所でサイン会に行かれた方のレポを読み、涙にくれています。

そんな気持ちを振り払おうと、ずいぶん前に書いたお話をUPさせていただきたいと思います。
こちらは、以前ハルカさんに捧げた「天蓋花夜夢」の裏バージョンとなります。
本編はハルカさんの御宅に飾っていただいておりますので、そちらでぜひご覧くださいね。


「“贋作 夢十夜”、第一夜。ラストシーン撮影スタート!」

その声が響いた途端、世界が変わった。
視界に映る情景が私のすべてになる。
目が釘づけになるなんて、そんな生易しい言葉じゃ言い尽くせない。

言葉も出ない。
瞬きもできない。
全身の震えが止まらない。

―――なぜ?

掌で隠せるほど小さな姿でさえ、その人が圧倒的なオーラを放っていたから?
自分に追いつけるはずがないと、まざまざと見せつけられたような気がしたから?
それともその演技に、いつか誰かに向けられる“現実”を思い知らされたから?

答えはそのどれでもあり、どれでもなかった。


―――――――――
天蓋花夜夢 ―裏―
―――――――――

真っ青な空には雲一つ見えない。

ふだんなら、見ただけでわあっと声をあげたくなるほど心地良いその色も、今は強い圧力しか感じなかった。
間もなく始まる本番への緊張は、それほど大きい。
私の出番はもうすでに終わったというのに。

ラストシーン―――。
間もなく始まる本番に、わさわさとせわしなく動く大勢のスタッフの後ろで息を潜め、私はそっと前方の敦賀さんを見つめた。

いつもは穏やかな表情が、ひどく硬い。
声をかけることなどできるはずもなかった。

最後の撮影は、長回しのワンカット。
敦賀さんの本気の演技の全てをどうしてもこの目に焼きつけたくて。
衣装を着替える間も惜しみ、私はその場に残っていた。



「敦賀さん、スタンバイお願いします。」

スタッフに促され、まっすぐな背中が躊躇うことなく赤い花の波に紛れていく。
そのままその人がどこか違う世界に行ってしまうような気がして・・・身体がびくりと揺らいだ。

ついさっきまで自分が同じ場所で向かい合っていたのがウソのようだった。
つい・・・さっき。

記憶がふっと頭の中で走馬灯のように蘇る。
あの、二人きりの撮影。


*


―――あなた、待っていられますか。


そう言って差し伸べた手を掴まれた瞬間、演技中だというのに身体の奥底が大きく騒めくのを感じた。
伝わる熱の確かさ。

まっすぐにこちらを見つめる瞳には、ただ私しか映っていなくて。
ただそれだけのことで、仮面の奥の“キョーコ”が引き摺り出されそうになる。

悔しくて。
負けたくなくて。
でも引き摺られて。

噛み締めた歯が軋むように痛み、頭の奥で現実が警鐘を鳴らす。

(ダメ!これは演技。演技なんだから。)

だから必死に、心を空っぽにして。
“役”の自分をひたすら詰め込んだ。


カットの声がかかるまで。
ただ必死に。


*


今、こうして思い出すだけで、身体が震えた。
あのときふと顔を覗かせた、知りたくもない、気づきたくもない未来。


いつかもし・・・
いつかもし、敦賀さんがあんな風に誰かに愛を捧げるようになったら。
目の前でそれが現実になってしまったら・・・。


―――私はどこまで耐えられるんだろうか。


ふるふると心の中で首を振る。

見ていられるわけがない。
耐えられるはずがない。

こうして想像するだけで、怯気が襲い、息苦しさが背を伝うのだから。
そのことに思い至り、ひと際強く胸がきゅうと締め付けられ、ハッと目を上げた。

途端に、地を埋め尽くす一面の赤が視界を染める。
その上から、のしかかるように広がる空の青。
圧倒的なその景色の中で、けれどその人は負けじと強い存在感を放っていた。

花の赤も、空の青も
その中に立つ一点の黒にはかなわない。

私の視界に映る何ものも、あの人にはかなわない。


黒髪をなびかせ、表情もなく佇む横顔。
その肢体がゆっくりと横たわるのを、私は固唾をのんで見守った。




* * * * *




・・・10秒。

・・・・20秒。

・・・・・30秒。


撮影を見守っていたスタッフの間に、小さなざわめきがさざ波のように広がる。
カットの声が響いてもなお立ち上がろうとしない敦賀さんに、気づいたらもう走り出していた。

「敦賀さん?敦賀さん?大丈夫ですか?」

近づいてハッとする。
この限られた撮影の合間に驚くほどやつれてしまった顔つき。
言葉を失った私に向かい、何かを求めるように右手がゆるゆると上がった。

「本物・・・だよ、ね?」

細く途切れがちな声とともに伸びた指先が、静かに私の唇に触れる。

―――冷たい。

目を瞠るその先で、怖いほど黒い眸が不安定に揺らいだ。
同時に、唇に伝わる冷たくて、けれど熱い感触がじわじわと全身に広がり、たまらず私は口を開いた。

「本物・・・ですよ。」

手にしていたペットボトルを差出し、渇いた唇に水を注ぐ作業に没頭しようと努力して。
こくこくと上下する喉元に視線が止まり、ただ息が漏れた。

身体の芯が、また揺さぶられる。

・・・ ・・・・・・・・・

ふと頬を撫でたやわらかい風に目を上げれば、重なる花びらの向こうに駆け寄る人影が見えた。
弾かれるように身を起こす。

「い、今、スタッフがきますから。」
「待って。」

思わぬ力で腕を掴まれ、身体が凍りつく。

―――やめて。私をこれ以上、揺らさないで。

言えない言葉が頭の中でわんわんと反響した。

「最上さんだったら、どうする?」
「私だったら?」

いったい・・・何のことだろう。

「最上さんだったら・・・百年君を待ち続ける男に会いに来る?」

演技の・・話?
この映画の・・・こと?

ううん、それより・・・掴まれた腕が熱い。

「もし、もし俺が君を・・・」

そのまま言葉が止まり、すぅーっと息を吐くように力が緩んだ。
夜の気配が2人を分かつ僅かな隙間に流れ込み、焦る心を落ち着ける。

―――行かなきゃ。

そろそろと身体を動かそうとして。
でも・・・足だけが動かない。

まだ、腕にその手が触れているから。

―――動けない。


「百年でも千年でも待ち続けるほど君を・・・」

思わず上げた視線が絡み合うのと同時に、漆黒の瞳が急速に異なる色に変わるのが見えた。
怪しく光るその瞳の色は、そう・・・あのときと同じ色。

あのときと・・・同じ?
・・・あのとき?


瞬間、私は悟った。

同じ体勢。
同じ衣装。
同じ視線。
同じ・・・

なにもかも恋人を演じていた、あのときと同じ。
本当の自分たちではなく、演技をしていたあの時間と同じ。

(聞いちゃいけない)

これは演技の続きだから。
この人は、まだ演技の世界にいる。
私を逢えない恋人だと思い込んでいる。

(だめ)

身体のどこかが警告を鳴らす。
演技だと分かっていながら、揺らぐ心に警告を鳴らす。

(これ以上聞いたら、もう戻れなくなる。)

戻れない?戻れないって?

―――いったいどこへ?


閉じ込めたはずの想いが顔を覗かせる気配に、全身がどくりと強く脈打った。




* * *




月明りを浴びて、曼珠沙華の群れがざわざわと揺れる。

走る私が立てる風のせいで。
ざわざわと花々が揺れる。

「待っていてなんて、愛されている自信がなければ言えない言葉ですよね。」

言い捨てた言葉がぐるぐると頭を巡り、全身を掻き乱す。

(どうしてあんなことを言ってしまったんだろう)
役を忘れ、素の自分を晒して。
(どうして・・・)

そんな私を嘲笑うようにいっそう激しく花が揺れた。



離れてもなお、背中に感じる気配が熱い。
その熱をたしかに感じ取りながら、ともすれば止まりそうになる足を必死に動かし続けた。

ぜったいに振り向かない。
振り向いて、顔を見ればきっとその瞬間すべてが無に帰してしまうから。
振り向けばきっと、演技を忘れ、役を失い、隠した心が曝け出す。
その瞬間、決して壊してはいけない何かが瞬く間に崩れ落ちてしまうだろう。

そうなったらもう私はここにいられない。
あの人の傍にはいられない。


わかってる。

いつか肩を並べられる日がくるなんて、

百年かかっても。
千年かかっても。

そんなこと夢にもあるわけがないと、今はもうはっきりと悟っている。

せめて演技の世界でならがんばればいつかきっと、なんて。
それすらただの無謀でしかなかったと、もう、悟っている。


でも・・・
でも、せめて自分が納得できる場所にたどり着けるときまで。

(今のままでいてくれませんか)

―――誰のモノにもならずに。

(誰よりも近い場所にいると、信じさせてくれませんか)

そう切に願った。



逃げる足元を遮るように赤い花が揺れる。
何かを問いかけるように花が揺れる。

赤い、赤い、血のように赤い花。

私はこの花の花言葉を知っている。

「あきらめ。」

そしてもう一つ。


―――想うはあなた一人。




Fin
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