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砕氷 後編

※ネタバレ注意※
こちらは本誌(2014年6月掲載Act.213あたり)の掲載内容をベースに書かれたお話です。
本誌をお読みでない方にはお勧めできません。
お読みになるか否かは自己責任でお願いします。 m(_ _)m

前編はこちら
中編はこちら

それでもかまわないという猛者様のみお進みください。


じつは、今回の渡米中、蓮は密かにハリウッドのオーディションを受けていた。
久遠ではなく、“敦賀蓮”の名前で受けはしたが、それはもはや些末なことだった。
一人の役者として全力を尽くしたことに変わりはなく、久遠・ヒズリとしてもやり残した気持ちはない。

だから・・・両親にも会ってきた。
ほんの僅かな時間ではあったが、息子として、堂々と真正面から姿を見せ、忌憚なく言葉を交わす。
自分でも驚くほど、素直にその時間が持てた。

手に入れた未来図がもたらす、自分の中のけじめと再出発。
まるで、そう―――。
複雑に絡み合い、二度とほどけなくなってしまったように感じられていた一本の糸が、次第に元の真っ直ぐな姿に戻されていくようだった。
すべてが一つの方向へ収束していく。
ようやく見つけた、唯一無二の光に向けて。

ただ、ひとつ。
キョーコとのことを除いては。


彼女にはまだ真実を何ひとつ明かしていない。
どうしても結果を持ってすべてを明かしたかった。
一人の男として彼女の前に立つなら、せめてもの矜持だと。

焦らなくてもいい
今までと同じように誰よりもそばにいて、彼女の時間が熟すのを待とう。
そうして少しずつ、彼女の中の俺を大きくしていけばいい

そんな風にも思っていた。
だが―――


(彼女が恋をしている?)

まさか。でも、もしそれが真実だとしたら・・・。

(いったい誰に?いつから?)

冷たい手で背筋を撫でられたように、蓮の身体がぶるりと震えた。
自分の中にどす黒い何かがゆらゆらと立ち上るのが分かる。

(だめだ。そんなこと許さない。)

―――絶対に。

相手が誰だろうと関係ない。
その恋が成就する前に、俺が全身全霊で彼女の心ごと全部奪い去って見せる。


蓮は手にしたグラスをぐっと握り締めた。
すっかり温まったグラスが、僅かな湿り気とともに手のひらにぴたりと吸い付く。
その拍子に、氷がまたカランと空虚な音を立てた。


*


「まあ、お前が信じないのも無理はないよな。」

蓮の様子を静かに眺めながら新開が言った。
あまり関心のなさそうなそぶりでグラスをゆらゆら揺らし、そっと香りを確かめる。
ふわりと立ち上った樽香がゆっくりと宙を漂い、ようやく蓮のところまで伝わるころ、新開は再び口を開いた。

「あるときさ、あの子が言ったんだよ。休憩時間に何気なく、な。」


*


「男の人って・・・バレなきゃいいって、当たり前のように思うものなんですか?」

それは映画の中のあるシーンを撮影しているときのことだった。
恋人の親友である男に不意打ちのようにキスされたヒロイン。
ずっと好きだったのだと、これであきらめがつくからと、そんな風に言い訳されて、戸惑う彼女に男が言う。
「そんなに気にしなくても、俺は誰にも言わないから。アイツにも絶対言わない。・・・バレなきゃ大丈夫でしょ?」
その言葉に飲まれるように事実を隠したヒロインは、そのまま後戻りのできぬ泥沼へとはまっていく。

高校生の複雑な恋愛模様を描いたその作品で、キョーコが抜擢されたのはヒロインの親友役。
幼馴染でもあるヒロインの恋人に密かに恋をしているという設定を、ラブミー部員であるはずのキョーコがあっさり掴んできたことに、新開は驚きを感じていた。

「ううん、男の人だけじゃなく・・・。
気持がわからないわけじゃない。でも私は・・・私だったら、好きな人には・・・本当に好きな人だけには絶対嘘をつきたくないです。隠し事もしたくない。どんなに知られたくないことでも。知られたら嫌われるかもしれないと思っていても。それでも嘘はつきたくない。
だってそんなことをしたら、その人を好きだという気持ち、それ自体を裏切っているように感じてしまう気がするから。
好きという気持ちを伝えられない相手ならなおさら・・・一番大切な、好きという気持ちを隠さざるを得ない相手ならなおさら、それ以外のどんな小さなことも偽りたくない・・・。」

最後は、ひとり言のようだった。
答えを求めていない疑問。いや、すでに答えを得ている疑問。
そんな風にも聴こえ、思わず隣りに目を向けた新開は、キョーコの表情に言葉を失った。


*


「その時、思ったんだ。ああ、この子はずいぶん大人になったな。そうならざるを得ない恋をしているんだな、ってね。・・・だからかな、今のあの子には、少女から女に変わっていく、そのときしか持てない色気と、恋をしている女にしか出せない色香。その両方がある。あれが消えないうちに、俺はあの子をヒロインに何か撮りたいね。」

そう言った自分の言葉に何かを思い出したように、新開は小さく声を上げた。

「ああ、そういえば、今の映画の続編の話が出てたな・・・。あの役をヒロインにしたら・・・。ん・・・・ソレにアサインしてみるか。」

ぶつぶつと呟き出した新開をよそに、蓮はいつしか凍りついたように固まっていた。


監督の声が遠い。
それよりも・・・

―――好きな人にだけは、ぜったいに嘘をつきたくない?・・・・嘘をつきたくない。好きな人、だけには?・・・好きな・・・人・・・好きな・・・?

蓮の中で、何かがのそりと動き出した。



「どうした?驚いたような顔をして。」
「あ、いや、すみません。ちょっと急ぎの用事があったのを思い出したんです。」
慌てた口調で蓮は答えた。

「仕事か?相変わらず忙しいやつだな。」
珍しく蓮が焦っている様子に、新開が苦笑する。
「まあ、こうして久しぶりに話ができてよかったよ。」

言う傍から腰を上げかかる蓮を追うように、新開が声をかけた。

「おい、いいホンがあったら、すぐ声かけろよ。俺はまたお前と映画を撮りたいんだ。お前のことだから何年も先までスケジュールは埋まってるんだろうけどな。」
「ええ。俺もぜひ出させていただきたいです。そうだな・・・。」

ようやく表情を立て直すと、蓮はにっこりと微笑んで続けた。

「今、監督が撮っていらっしゃる映画の続編が決まったら、ヒロインの相手役あたりでぜひ。」

その言葉に、新開は思わずぷっと吹き出した。
「続編って・・・。いや、お前に高校生役は無理だろ。」

茶化すように言われたが、蓮は表情を変えることなく、ただ微笑みばかりを返し頭を下げた。
最後にグラスに手を伸ばし、残っていた氷の欠片を口内へと流し込む。
そしてもう一度深く頭を下げると、すっくと席を立ち新開に背を向けた。

*

口の中で氷の欠片がゆっくりと溶けていく。
舌先でそれを転がしながらさりげなく胸ポケットに手を差し入れた蓮は、中にある携帯をぎゅっと握りしめた。
金属面のヒンヤリとした冷たさが、じわり手のひらを覆う。
先ほどとよく似た感触。

(・・・冷静に?今さら遅い。)

あの子には勝てやしないと思ったけれど、これだけは違う。
この勝負だけはぜったいに負けない。

―――絶対に。

僅かに残った氷の破片を、ガリリと奥歯で噛み砕いた。
一瞬口内を覆った冷たさは、瞬く間に吸い込まれるように消えていく。
その感触を味わいながら、なにかふっきれたかのようにふっと笑うと、蓮は片手で携帯を握りしめたまま、店のドアを開けた。



未来図に、もうすぐ新しい線が加わる。
そんな予感とともに。



* * *



振り向くことなく足早に去っていく蓮の姿を見つめながら、ふと新開は呟いた。
「まさか・・・な。いや、でも・・・」
そうして何度かばさばさと頭を振ると、今度ははっきりと確信のある不敵さでにっと笑った。




「蓮。次の依頼は、べたべたの恋愛モノでいくからよろしく、な。」




Fin
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