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砕氷 中編

※ネタバレ注意※
こちらは本誌(2014年6月掲載Act.213あたり)の掲載内容をベースに書かれたお話です。
本誌をお読みでない方にはお勧めできません。
お読みになるか否かは自己責任でお願いします m(_ _)m

前編はこちら

それでもかまわないという猛者様のみお進みください。


―――惚れこんだか。

いきなり言われ、どきりとした。

そういう意味じゃないと頭ではわかっているのに、心がざわめく。
ごくりと鳴りかけた喉をごまかすように、蓮はグラスを口に運んだ。
飲みこんだ液体は、もうすっかり薄い。
なのに、なぜか舌先をほろ苦さが覆った。


(惚れ込む?いや、そんな生易しいもんじゃない。)

思った瞬間、堰止めていた想いが一気に噴き出しそうになった。
慌てて大きく頭を揺すり、蓮はゆっくりと言葉を絞り出す。

「彼女の出演は・・・前から決まっていたんですか?」
「いや、実はな・・・」

もともとその役にあてられていたのは、大手芸能事務所のごり押しがあったアイドル出身の若手女優だったという。
ところが撮影中に大きなスキャンダルを起こし、スポンサーが大激怒、配役変更の指示が飛んだらしい。

「ありがたいことに、瑠璃の件で一応宝田さんに恩を売った形になっていたからさ。」
新開が、不敵に笑う。
「無理を言ってあの子を都合してもらったんだ。正直こっちとしては、アイドル崩れの女優もどきなんて、スキャンダルがなくともさっさとお払い箱にしたいところだったからね。かえって万々歳だったよ。」
さも嬉しげだった。

「もっとも、まさかあの子が女優としてあそこまで成長しているとは思ってもみなかったけどな。単に演技力に磨きがかかっただけじゃない。あれは・・・。」

と、そこにバーテンが現われ、言いかけた言葉が途切れた。
受け取ったグラスにさっそく口をつけた新開は、噛みしめるようにそれを味わう。
ひとりしきりの空白。

それから置かれた皿のピーナツに手を伸ばし、ふと固まった。
殻つきのピーナツを摘まんだまま、何か思うようにじっと見つめる。

「そういえば・・・」
ようやく指先が動き、ぱちりと音を立て、ピーナツの殻を真っ二つに割った。
ぽろりとこぼれ出る、そっくりな2粒の実。

「初めて会ったころのお前と、今のあの子はどこか似ているな。」
手のひらでピーナツの粒を転がしながら、新開は懐かしむように目を細めた。
「・・・・・・似ている?」
「ああ。動と静で真逆だが、演技への向き合い方っていうか、自分の中の演技の位置づけっていうか・・・。」
グラスを持ち上げ、まあ何となくだけどな、と呟きまた一口啜る。

「演技力云々じゃないんだ。そうじゃなくて、傍から見てるとまるで演技だけが自分にとって唯一の拠り所だと思っているようなところがね。
・・・だからかな。圧倒的なんだよ。演技への自分の傾け方が。むちゃくちゃだけど真摯で、冷静なようで熱い。引いているときも内心は津々と闘志に燃えている。時には鬼気迫るほどにな。そうさせる何かを2人とも心の中に抱えている気がした。
・・・ああ、そういえばあのとき俺は瑠璃に、お前ら二人、どちらの演技にも誇りを感じるって言い方をしたっけ。」

遠い目をしながらそう語ると、新開はゆっくり蓮へと視線を戻した。
「今考えると、そんな単純な言葉で片付けられるものじゃないって思うがな。」

長い長い間があり、新開はふうーっと大きく息を吐き出した。

「お前はいつのまにかそういう剥き出しの泥臭さをキレイに隠すようになって、それに比例するように大スターへの階段を駆け上っていった。今のあの子を見ていると、それとよく似た同じ道を進むんじゃないかって気がするよ。」

まあ、演技力って面を考えりゃまだまだお前に到底かなわないだろうけどな、と笑う。
その表情は穏やかで、蓮に対する信頼と親愛に満ちていた。

「演技に関しては、初めて仕事をしたときのお前には、本当に驚かされたからな。あの子とは比べものにならないくらいに。」

それは素直な感嘆の声だった。

「まだ新人に近いと聞いていたのに、アレだろ。本当にやられたよ。役者に惚れこむっていう言葉を俺はあのとき初めて体感したね。お前の演技を見ているだけで、悔しいぐらい次から次へと演出のアイデアが浮かんでくる。そして俺自身が、自分の撮ってる映画にのめりこんでいくのがわかるんだ。あれはお前に出会えたからこそ撮れた作品だった。
あの作品が俺を押し上げたし、今この年で名監督と言われるのも、あのときお前と組めたからだと思っている。」

そういうと、少し照れくさそうに短く礼を述べ、新開は勢いよくグラスを煽った。
ごくりと喉を鳴らし、ん、と満足そうに頷く。

「いや、俺こそ監督には本当にお世話になりました。俺が今あるのも、あのとき監督に鍛えていただいたからです。あの頃の俺は・・・。」
「今の姿からは想像できないくらい尖がっていたよな。」
言葉を途中から引き取り、冷やかすように新開が言う。
瞬間きゅっと身を縮めた蓮の大仰な様子に、新開は思わずぷっと噴出した。

「ま、俺も相当突っ張ってるほうだったけどさ。お前には負けたわ。」
困ったように項垂れる蓮に柔和な笑みを向ける。
それからまじまじと蓮を見つめ、言った。

「それにしても昔を思うと、お前はすっかり落ち着いたな。いや、芯が入った、というべきか。」


*

監督の言葉が胸を突く。
あの頃の俺はたしかにひどかった。

完璧な人間。
完璧な男。
完璧な俳優。

それを目指して作られた“敦賀蓮”という外套を思うように着こなしきれず、心の中で自分に苛立ち、周囲を威嚇し、時には大事であるはずの演技、そのものにまで毛を逆立てていた。
当時の自分はそんな内心を外にはキレイに隠し果しているつもりでいたが、この聡い監督がそれに気付かなかった訳がない。

それでも監督は俺を役者として、一人の人間として認め、全力でぶつかってくれた。

それは俺にとって、括目すべき事実だった。
ここでなら、俺は役者として生きていける。
ようやくそう思えたのだから。


肩の力が抜ければ、外套も難なく着こなせるようになる。
それからの俺は敦賀蓮として、自由にこの世界を泳げるようになった。

もっともどんなに上手く外套を着こなせるようになっても、本質はちっとも変わらなかったけれど。
いや、変われずにいた、のか。

―――あの子に会うまでは。


それにしても久しぶりに会ったとたん、いきなり芯が入った、か。
やっぱりこの人は鋭すぎる。


*


「話は戻るが・・・。」

新開の声の変化に、蓮はちらと目を上げた。
「あの子は今もラブミー部なんだよな?」

それのどこが“話が戻った”ことになるのか、よくわからないまま蓮は答えた。

「そのはずですが・・・それがなにか?」
「いや、ちょっと疑問に思ったんだ。」

含みのある言い方が気にかかる。
その疑念が表情に出たのだろう。
新開が、ゆっくりと口を開いた。

「あの子が今、少女から女へと変わりつつあるからさ。」
「・・・女?」

これほどキョーコに似つかわしくない言葉もない、と蓮は思った。
そう思うのが、自分以外の男に彼女を女として意識させたくないという子供じみた独占欲を孕んでのものだとは欠片ほども気付かずに。

「まさか。あの子に限って、“女”だなんて。まあ、たしかに年齢的にはどんどん女性らしくなってくる頃ですし、大人になるという意味では当たり前といえば当たり前ですが。」
わざとくすくす笑いながら否定する。
「いや、お前。その言い方はさすがに失礼だぞ。」
言いながら新開も同じように笑い返してきたのを見て、心のどこかがほっと息をついた。

(いったいどういう意味なんだ。冗談にもほどがある。)

反面、小さな苛立ちはおさまらない。
そんな蓮の気持ちを断ち切るように、新開の表情がすっと真顔に戻った。

「でもな。」
即座に続く否定の言葉。
その声色に、蓮の身体を言いしれぬ悪寒が走り抜け、胸のあたりがザワザワと怖気出した。

「本当なんだ。ああ、そうか。女へ、って言い方がよくなかったかもしれないな。あれはたぶん・・・恋をしている。それも本気の恋を、な。」

―――一瞬息が止まった。

若くして名監督といわれる新開の観察眼は侮れない。
その勘の鋭さに感服もしている。
だからといって、あっさり受け入れられる言葉ではなかった。

「・・・恋、ですか?」

息を整えるのに必死になっているのが自分でもよくわかる。

聞きたくない。
でも―――。

「あの子に限って、まさか。」
そう言って先ほどと同じように笑っても、新開の顔はもう同じようには緩まなかった。

「お前がそういうのも無理はないよ。やけにうまくごまかしてるからな。」
「でも、彼女はあのラブミー部員、ですし。恋なんて、そんな。」

食い下がる蓮に、新開が一瞬おや?という顔をする。

「たしかに、な。あの悪名高きラブミー部・・・愛を決して信じない、愛の欠落者しか入れないというラブミー部の、あの子が大ボスだってのは俺もよく知っている。だが、なあ・・・。」

一旦言葉を切り、思い出すように宙を見つめる。
「だとしたらどこであんな表情を覚えたんだ?」
まるでひとり言のような呟きだった。

「信じ・・・られませんね。あの子が恋、なんて。あのラブミー部の猛者が。」

もう一度わざと大仰に笑ってみせた。
下手なことをして勘のいい新開に余計なことを探られたくないと思いつつ、口が止まらない。
笑いにむせたふりをして顔を背け、必死に動揺を押し隠したが、吐き出した自分の声が妙に遠く霞んで聞こえ、ぶるりと震えた。



(続く)
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コメント

  • 2014/08/31 (Sun)
    12:59
    凄い

    読みごたえのあるお話を二話連続、ありがとうございます。
    もう、夢中で文字を、情景を追いかける感じです。
    一体どんな映画を新開監督が撮られたのでしょう!

    moka #- | URL | 編集
  • 2014/09/29 (Mon)
    00:42
    Re: 凄い

    お返事遅くてごめんなさいー。
    いつも感想コメありがとうございます♪
    新開監督の映画・・・実は書いていていろんなストーリーを考えたのですが
    考えれば考えるほど内容紹介に文字を大量に割いてしまうことに気付き…
    結局、あっさり終わらせちゃいました^^;

    ちなぞ #- | URL | 編集

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