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ツユマヂカ 後編

ようやく後編を書き終えました(遅すぎですね)。
にしても、前編に比べて長すぎる・・・(ー_ー)!!
一瞬、中・後編に分けようかとも思ったのですが、内容的に切り難く・・・。
一気に載せさせていただきます。

前編はコチラ

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はっとして振り向けば、思いがけぬほど間近にその人は立っていた。
薄暗い室内に舞う僅かな光をすべて身に引き寄せたかのように、長身を際立たせて。

「な、なんでもありませんっ!」
突然のことに頬が一気にカッと熱くなっていくのに気づき、キョーコはひどくうろたえた。

(なんでこの人が今、ここに。)
いや、そんなことより、振り向きざまに後ろ手で拭ったガラス面には、もう何も残っていないだろうか。

焦りに身を捩らせながら、必死に窓を背で隠す。
それなのに・・・。

「何か書いていたよね?」
蓮はあっさりそう言うと、キョーコの肩越しにひょいと頭を伸ばしかけた。
「そんなに慌てるなんて、何を書いていたのか気になるな。」
まさか俺の悪口じゃないよね、などと面白がるように瞳を煌めかせて。

「た、ただの落書きです!わ、わたし絵が下手だから見られたくなくて・・・」

(一体いつから見られてたんだろう。どこまで見られてたんだろう。)

ふくれ上がる動揺を必死に押し隠し、覗き込もうとする身体を両手でぐうっと押し返す。
そこまですれば不自然さに拍車がかかるのは自覚していたけれど、構わず腕が伸びていた。

「・・・下手?でも、ただの落書きなんだろう?なのにどうしてそんなに嫌がるの?」
訝しげにみつめられ、どきりとしても今さら後には引けない。
「え?あ、あの・・・その・・・。」
冷房もろくに効いていないはずなのにイヤな冷気が背を走り、キョーコは言葉に詰まった。

(どうしよう・・・。)

何て答えたらいい?
ううん、それよりも―――。

もし、消えていなかったら。
そしてもし、何か気づかれてしまったら。
そんなことになったら、もうどこかへ消えてしまいたい。

唇を強く噛みしめたその瞬間、
「消えて・・・」
耳元を掠めた聞こえたその声に、キョーコはびくりと肩を揺らした。
「・・しまってるじゃないか、もうすっかり。なんだ、残念。」

届いた言葉に落としかけた安堵の息。
それを何とか押さえつけ、
(よかった・・・。)
心の中だけで息をつく。
でも、懸念はまだ完全には払いきれていない。

(ぱっと見は何もないように思えても、もしかしてよく見たら何かそれらしきものが残っているかもしれない。)
ほんのわずかなヒントでも、蓮ならきっと何かを探り出す。
だから必死に水を向けた。

「そ、それより、どうしたんですか?こんな時間に、こんな場所へ。」
話しかけられて相手に視線を向けない人じゃない。
こうやって話しかけることでせめて視線を窓から逸らせたら・・・。
そんな決死の覚悟とともに。



一方、いつになく落ち着かないキョーコの様子に、蓮はひどく驚いていた。
自分に向いた瞳の中に、不安とも恐れともつかぬ不安定な光が走っていったことにも。
そのうえよくみれば、窓ガラスにうつる後姿は小刻みに震えてまでいるようで。

だからあっさり身を引いた。

そして、誘われるがまま話に乗ってみる。
「ああ、実はこの雨で撮影が急遽中止になったんだ。」
ゆっくりと身体を戻し、いつもの距離から視線を合わせれば、それだけで紅潮した頬が安堵の緩みをみせる。
そのことに、なぜか蓮もほっと力がぬけた。

「なんだかこれからさらに雷雨がひどくなるらしくてね。それじゃ機材にまで被害が及びかねないと、撤収が決まったんだよ。まあ、神様がくれた休日、って感じかな。」
言いながら、キョーコの心を解すようににこり微笑むのも忘れない。
「それで事務所に戻ってきたわけなんだけど・・・。」
そうして頭の中では、先ほど視界に映った景色を反芻していた。

―――窓ガラスにたしかに残っていたものを。


「ああ、そうだ。」
キョーコにまだ残る緊張の糸を一気に断ち切るように、蓮はぱちんと指を鳴らした。
「君もそろそろ出る頃だろうし、よかったら俺の車に乗っていかないか?この降りじゃ、自転車ってわけにもいかないだろう?」
突然の申し出に、戸惑ったようにキョーコは目を上げた。

「それでもし君の時間さえよければ、ついでに食事を作ってもらえるとうれしいな、って・・・。」
向けられた視線をまっすぐ見つめ返し、蓮は柔和な笑顔をキョーコに降りそそぐ。
いかにも恐縮そうに、少し頭をかいたりしてさえみせながら。
「このところ撮影が忙しくて、ずいぶん不規則な食生活をしていたからね。そのせいか・・・」
・・・少し体重が落ちたんだよね、とダメ押しのようにそう加えた。

「それはいけませんっ!」

とにかくこの場から今すぐ立ち去りたい。
いや、この人を去らせたい。

そんな想いが心の中に燻っていたせいだろうか。
キョーコは蓮の言葉に飛びつくように声を上げた。
「わかりました。今夜は思い切り腕を揮わせていただきます!」

勢い込むキョーコに蓮の笑みが深くなる。
「ありがとう。じゃあ・・・そうと決まったら急ごうか。」
もうキョーコに有無は言わせない。
そうして、さりげなく言葉を続けた。

「じつはこの天気のせいか下の駐車場が満車でね。今日は少し離れた場所に車を停めているんだ。」
だから今車を回してくるよ、と言いかけたのにキョーコは慌てて首を振った。
「いえ、そんな敦賀さんにお手間を取らせるわけにはいきません!」
「じゃあ・・・」
ドアに手をかけ、蓮が言う。
「いっしょに行こう。」

「は、はいっ。」
急かされたわけでもないのに、キョーコはばたばたと書類をまとめ、置いてあった鞄を手に取った。



「あ、そうそう・・・」
ドアを閉め、揃って廊下に出た途端、蓮が思い出したように口を開いた。
「最上さん、傘は持ってる?」
「はい。折りたたみをひとつ・・・。」
「よかった。じつは俺、車だからと気を抜いていて傘をもってきていなくてね。」
え?と見上げたキョーコの瞳を蓮の視線が即座に捕まえる。
「悪いけど、駐車場まですぐだから、君の傘に入れてくれないか?」

一瞬のうちに自分の身体がコチリと固まるのをキョーコは感じた。
けれどこちらをのぞき込む蓮の瞳があまりにも優しく、それでいていつになく妖しくも感じられて。
キョーコはただただ俯き頷くことしかできなかった。
―――ドクドクと波打ちはじめた心臓を何とか鎮めようと、細く深く長い息を吐きながら。


*


ピシャンピシャンピシャッピシャッピシャッ

次第に強くなる雨脚は、2人の周りに外界からそこだけを遮断する水の壁を作り出す。

「大丈夫?濡れちゃうだろう?もっとこっちに寄って。」
肩と肩が触れ合うどころか、気が付けば身体の片側すべてが触れ合っていて。
「いいえ、敦賀さんこそ。あの、私は本当に傘なんてなくても大丈夫なくらいですから。」
どうしたって、全身が逃げ腰になった。
でも、逃げても逃げても蓮の身体は追いかけるように寄り添ってくる。

(どうしよう・・・)
ついさっきまで、窓の落書きを気づかれなくてよかったと、安堵していたはずなのに。
これじゃ・・・

―――今の方が、もっと堪らない。

傘の縁からぽつりと垂れた雫が、肘を這い手首へと流れ落ちていく。
つぅと流れる冷たい感覚が、まるで熱に浮かされかかった自分を戒めているかのように感じて。
キョーコは必死にその感覚だけを辿ろうとした。
けれど・・・。

(ああ、また・・・)

ぶつかる肩。
伝わる熱。
触れる指先。

それを無視するなんて・・・できるはずがない。
気が付けばそればかりに気を取られて。

嫌でも伝わる温もりが、怖いくらいやさしくて、怖いくらい愛しくてたまらなかった。


『相合傘、だ・・・。』
一歩進むごとにキョーコは現実を噛み締める。

(あとどれくらいこのままでいなければならないの?)
―――このままでいられるの?

苦しくて。
でも、幸せで。

不意にこみあげてきた行き場のない強い想いとともに、キョーコはふと蓮を見上げた。





『相合傘、か・・・。』
音もなく、唇だけで蓮が呟く。

(そう、たしかにあれは相合傘、だった・・・。)

右側に書かれていたのはたぶんK。
そして左側は・・・。

(戯れだとしても、彼女がなぜ相合傘を?)

気になることは多くある。
不安に思うことも。
でも―――

もうひとつの文字がなんだったのかはわからないけれど
ただ、消えかけた欠片からSでないことはわかった。
(それだけで、今はいい。)
蓮は僅かに首を振る。

(まあ、彼女のことだから、自分と琴南さんって可能性もあるしな。)
言い聞かせるように自分に囁いて。
それでいて自分の中にふつふつと沸くやりきれない感情も捨てきれず。

(でも・・・。)
蓮は再びキョーコを見遣った。


*


遮断された小さな世界の中、期せずして視線を合わせてしまった2人。

無防備に投げかけられたキョーコの面持ちと。
不用意に曝け出された蓮の顔色と。

突然の邂逅に時間が凍りつく。

―――と。
らしくもなく傘を持つ手をぐらりと震わせた蓮は、こくりと小さく息をのみ、それからゆっくりとキョーコに囁きかけた。

「ねえ、最上さん。今日は少し、ゆっくりしていける?」

逃れる術も頷くすべも忘れ、キョーコはただじっと蓮を見返した。
ただ、じっと。





昨日の雨が嘘のように晴れ渡った翌朝。

ラブミー部室に入った奏江は、いきなり眉を顰めた。
「なにこれ。」
外から差す強い日差しををまっすぐ浴びた窓の片隅に、うっすらと浮かび上がる小さな落書きの残り滓。

こんなところに何か書くなんて、あの子しかいないわよね。
にしても、これ・・・

「相合傘のように見えるけど。」

片方はまちがいなくK。
もう片方は縦の線しか残っていないけど・・・。

まさか―――。

眉間の皺が、一瞬ひときわ深くなる。

奏江のK、の縦線じゃないでしょうね。
まさか。ね。
ううん、でも・・・。

(あの子ならやりかねないわ。)

はあーーーっと大きく息をはき、奏江はごしごしと一気に窓を拭き切った。





Fin
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