優しい香り

「敦賀さん、お久しぶりですね。お仕事大変でしたか?」

アルマンディのスチール撮影で、1週間ほど日本を離れていた蓮。
たかが1週間というが、恋する男にとっては、されど1週間。
久しぶりの想い人との逢瀬に思わず顔も綻んでくる。

「お会いできてうれしいです。」

キュッと心をつかまれるようなセリフと花のような微笑みに誘われるように、蓮はキョーコの傍らへと大きく足を進めた。
途端にふわりと蓮を包む甘く優しい香り。

「あれ?最上さん、シャンプー変えた?でもどこかで嗅いだことがあるような・・・?」

いぶかしげな蓮の瞳に、ちょっと慌てたように頭を振り眼を伏せるキョーコ。
その耳先が心なしかほんのり赤く色づいている。

(いったいどうしたんだ?・・・恋をすると香りが変わるともいうけれど、まさか・・・!)

さらに恥ずかしげにもじもじとしているキョーコに、あらぬ不安が湧き上がる。

「あ、気づかれちゃいましたか?あの・・・わたし、敦賀さんの香りが大好きで・・・いっつもいい匂いだな、癒されるなあって思ってて・・・」

(・・・え?)

キョーコの言葉が腑に落ちた瞬間、向けられた言葉の“大好き”というフレーズにハッとした蓮の顔が無表情に固まる。

(そうか・・・。俺の香りに似てたんだ。だから、どこかで嗅いだことがあると・・・。)

考えれば考えるほど頬が熱くなり、思わずそこを手で隠したくなる。
しかし、俯いたまましゃべり続けるキョーコは、それにまったく気づいていない。

「でも、以前お聞きしたとき、香水なんかは使っていないっておっしゃってたじゃないですか。だから、きっとあの香りはシャンプーやボディソープなんだろうなって思って。それで、同じシリーズのシャンプーを買おうと思って探したんですけど見つからなくて・・・。それでよく似た香りのものを探して使いはじめたんです。」

「あ、ああ・・・あれアルマンディが顧客へのプレゼント用で作った非売品だから」

無邪気に返すキョーコにとまどいつつ、慌てて言葉を返した。


(彼女が俺の香りになりたい、と思った?)

もしかして、まさか・・・、でも・・・。
さまざまな想いとほんのわずかな希望が心の中を駆け巡る。

(いや、どうせ君のことだ。俺が使ってるシャンプーにアロマテラピー効果があるとかなんとかいうんだろう。変な期待をしちゃだめだ。)

「あの・・・。真似なんかして、ご迷惑でしたか?」

瞳を潤ませ、上目遣いにおずおずと縋るような視線を向けたキョーコに、蓮はくらりと眩暈を覚えた。

(か、可愛すぎる・・・。)

「でも、なんか敦賀セラピーを毎日受けてるみたいで幸せだなって・・・」

まさか聞こえていると思っていないのか、ぼそぼそと小声で呟くキョーコ。

(聞こえてる、聞こえてるから、最上さん。というか、これはわざとか?それとも俺を煽っているのか?)


落とされた爆弾が大きすぎて、手を当てるだけではもはや動揺を隠しきれない。

(俺と同じ香りになることが・・・君にとって幸せなこと・・・だって?)

そう思うだけで想いがどんどん溢れ出し、理性のヒモがブチ切れそうになって、そんな自分を必死に戒める。


(ちがう。そういう意味で言ったんじゃない。落ち着け、俺・・・。)


抱きしめかけた両腕が宙に浮いた。


「ぜ、ぜんぜん迷惑じゃない。むしろすごく嬉しいよ。最上さんが好きだって言ってくれて。」


本当は意味が少し違うけれど。
さりげなく希望が言葉ににじみ出る。

「よかった、です。」


目の前に立つ男の心の葛藤などどこへやら。
そういってほにゃんと笑うキョーコは間違いなく可愛らしく、ようやく落ち着きを取り戻した蓮は、ほかの誰にも決して向けることのない甘やかな微笑みを浮かべ彼女を見つめるのだった。


(香りだけじゃなく、いつか俺全部を大好きって言ってね。その日をずっと、ずっと待ってるから。)


そう、願いながら。





fin

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