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卒業の日 後編

もうすぐ3月も終わりですね。
年を取るごとに時間の過ぎるのがどんどん早くなるような気がしますが、花ゆめの発売日だけはやたら間が長く感じるのはなぜなんでしょう。にしても今回の本誌。ここからまた大きく変わっていきそうな二人の今後の関係が気になって仕方ありません!

さて、こちらは「卒業の日(前編)」の続きとなります。


「あれ?キョーコちゃん?」

勢いでスタジオに来てしまったものの、どうしたものかと玄関先でうろうろしていたキョーコに掛けられた声。
「社さん!よかった。お会いできて。あの・・・。」
「こっちこそよかった。ちょうど今、電話しようと思ってたんだ。」
「え?」

開口一番そう言われて、キョーコはきょとんと社を見遣った。
見れば、いつも一緒にいるはずの蓮がいない。
一瞬不安がよぎったけれど、にこにこと笑う社を見て、悪い話ではないのだとほっとした。

「おっ、その恰好!立派な卒業生だね。なんだか懐かしいなあ。俺も昔は・・・。
いやいや、まずは卒業本当におめでとう!答辞は無事読めた?
なんて、聞くまでもないか。キョーコちゃんならしっかりこなしたよね。」
「ありがとうございます。おかげさまで、答辞も何とか無事終えることができました。・・・それであの、電話って?」
「ああ。いやあ、予定よりずっと早く撮影が終わっちゃってさ。ちょうど今から事務所に戻ろうとしてて・・・。」
「え?そうだったんですか。すみません。私ったら、こんなところにまでお邪魔して・・・。」

恐縮するキョーコに、社が慌てて手を左右に振る。
「ううん。とんでもない。
でね、もしキョーコちゃんさえよければこのあと時間をもらえないかと思って。それを電話しようとしてたんだ。」
「あの・・・」
「ほら、蓮が言ってたでしょ?お祝いを、って。」
「でも、それは・・・。」

少し困ったように眉を下げるキョーコを気にもせず、社はにっこり笑った。
「それで時間は大丈夫?」
「え、あ、はい。でも・・・。」
「なら、よかった。そうしたらあそこで蓮が休んでいるから、呼んできてもらってもいいかな?」

押し切るように言って社が指差したのは、玄関脇の休憩スペースだった。
外部からの視線を遮断するような、やや高めの植え込みの向こうには、ベンチも据えられ小さな公園のようになっている。
(桜?)
どうやら早咲きの木が植えられているらしい。
小さくぽっかりピンク色に染まっていた。
そのピンク色に向かい、キョーコは小走りに近づいた。
緑の隙間から見えてきたのは、覚えのある黒髪。
ずいぶん低い位置なのは、ベンチに座っているせいだろうか。
近づくにつれ、その姿が次第に露わになっていく。

まるで、誰かが精巧な人形をそこに置いたかのようだった。
視線の先で、キラキラと木漏れ日が髪にあたるのが見える。
黒真珠のように艶やかな髪は、そのたび光を透過させ、やわらかい光の中でなおいっそう輝きを増してみえた。
雪がちらつくほど寒かった空も、その場所にだけは温かい眼差しを向けているように思えたのは、ピンク色の花のせいばかりでなく、そこにいた人のせいもあったのかもしれない。

そのとき、下がっていた右手が、ふと何かに呼ばれたように髪をかき上げた。
絹のような黒髪がさらさらと指の合間をすべり落ち、横顔がのぞく。
こんなに距離があるのに、長い睫毛が存在をはっきりと主張していた。
揺れては消える木漏れ日の中で、その姿は切なくなるほど美しくて。

ドクンと痛んだ心臓を思わず右手でおさえた瞬間。

カサッ
意図せず踏み込んだ足元が冬の名残の枯草を踏み、小さく音を立てた。
その音に目の前の肩がぴくりと震える。
やがて後ろ姿は立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
顔を向けるなり、そこにあったキョーコの姿に、瞳が驚いたように大きく開かれていく。
けれどそれはすぐに満面の笑顔へと変わり、
「最上さん。わざわざ来てくれたの?」
穏やかな声が名を呼んだ。

「ありがとう。そして、卒業おめでとう。今まで本当によくがんばったね。おつかれさま。」


*


一番褒めてもらいたかった人に褒められて、気が緩んだ。
鼻の奥がつんとして、視界がどんどん滲んでくる。

式の最中も一度だってこんな風にはならなかったのに。
どうしてこの人の前だとこうなってしまうのか。
自分でもよくわからなかった。

わからないまま、
「あ、ありがとうござい、ま、す。」
頭を下げた。
かろうじて涙こそ零さないけれど、湿った鼻を何度もすすりあげてしまう。
そんなキョーコを落ち着かせるように、蓮はそっと彼女の頭に手を伸ばした。
大きく温かい手で、ぽんぽんと何度もやさしく撫でる。
やわらかな髪に少し指先を絡ませながら。

・・・と、その手が止まった。

「最上さん、上着のボタンがとれてる。」
突然言われて、キョーコはぽかんと口を開けた。
「え?あ、これはとれたんじゃなくて、後輩に・・・」
「もしかして第二ボタンってやつ?」
「あ、はい。そうなんです。記念にほしいって言われて・・・。」
でも敦賀さん、第二ボタンなんてよく御存じですね、と続けながらキョーコはボタンのあった場所をつまんだ。
瞬間、冷気をはらんだ微風が頬を掠め、ぶるりと肩が震える。
(もうすぐ日が落ちるせいかしら。少し冷えてきたみたい。)
そんなキョーコを蓮は上からじっと見つめていた。

「第二ボタンって女の子が男の子にねだるものって聞いたんだけど?」
「最近はいろいろなんですよ。男の子が女の子にもらったり、友達同士で交換したり・・・。」
「ふうん。・・・じゃあ、それは?」
「は?」
「そのボタンは誰にあげたの?」
きょとんとした表情で見上げてきたキョーコに、蓮はなおも続けた。
「後輩ってもしかして男の子?」
一瞬の間を置いて、キョーコはぷはっと噴き出した。

「やだ。女の子に決まってるじゃないですか!
ドラマをみてファンになったって言ってくれた子なんですよ。私なんかにもファンがいるんだなあって思ったら嬉しくてつい、記念にほしいって言われた第二ボタンをあげちゃいました。
こんなんでも喜んでもらってくれる子がいるなんて、幸せですよね、私。
・・・それにしても男子なんて、そんなありえませんよ。私がやる役って、美緒やナツにはじまって何だかちょっと怖い人ばっかりですもん。そんな私のボタンをほしがる後輩男子なんて、いないです。」
「そうかな。」
「そうです!でも敦賀さん、なんだってそんなこと・・・。」
「だって、最上さん。可愛いから。」

さらりと言われて、キョーコは言葉を失ったままぱくぱくと口を動かした。
「だから、きっと学校でももてるんだろうな、って。」
「な、・・な、なにを突然・・・」

言葉にならない。
そんなキョーコを見て蓮がくすくす笑い出し、ようやくからかわれたのだと気づいた。

「ひどいですっ。そうやってからかって!」
「あはは、ごめんごめん。」
我慢しきれなくなったように吹き出した蓮に向かってぷうと唇を尖らせながら、キョーコは心のどこかでほっとしていた。


「ところで最上さん、このあと時間は大丈夫?約束していたお祝い、できたら今日したいんだけど?」
さりげなく話を切り出され、ドキリとする。
「はい。でも・・・。」
素直に頷けない。

「でも、なに?」
「お祝いだなんて、申し訳ないです。」
「どうして?」
「だって私、いつも敦賀さんからいろいろしていただくばかりでちっとも返せてない・・・。」
その言葉に蓮がふっと笑った。

「そんなこと気にしなくていいのに。君が気づいていないだけで、俺は君からたくさんのものをもらってるんだから。」
「え?」
言われた意味がよくわからなくて思わず相手を凝視すると、
「そうだな。でも君が気にするなら・・・。」
蓮がもう一度ぽんと頭をたたいた。
「代わりにそれを頂戴。胡蝶蘭、だっけ?」
蓮が指差したのは、キョーコが胸元に差していたミニコチョウランのコサージュ。

「これ、ですか?」
聞き返した瞬間、強い風がびゅぅーっと音を立てて吹き抜けた。
巻き上がる砂塵に思わず目を伏せる、その耳を激しい風音とともに通り抜けていく微かな声。

―――だって第二ボタンよりも君の心臓に近い場所にあるから。

「え?」
思わず顔を上げてしまう。
けれどキョーコの目に映った蓮は、ただいつものように柔らかく微笑んでいるだけで。
(気のせい?)
ざわめく風が招いた幻聴のようにしか思えなかった。

(やっぱり勘違い・・・よね。)
さらりと一度、振り払うように頭を振ると、キョーコは蓮を見つめ直した。
変わらない、笑顔。
「これ、ですか?」
もう一度尋ねた。
「うん、それがほしいんだ。きれいだな、って思って。」

(ほら、やっぱり・・・幻。)

「こんなものでよかったら。」
キョーコは慌てて胸元からコサージュを外した。

「本物、なんだ。」
「ええ、下級生が作ってくれたんです。」
「ふうん・・・。なんだかはなむけ、って言葉を思い出すな。」
「あ、はなむけの語源は花、ではないんですよ。でも・・・そうかもしれないって気持ちになりますよね。これを見ていると。あ、そういえば・・・」
思いついたようにキョーコが小さく呟いた。

「ん?」
「あの、胡蝶蘭の花言葉ってご存知ですか?」
「なんだろう?」
小首を傾げる蓮にトクリと鳴った心臓を抑え、キョーコはにっこり微笑んだ。
「“幸せが飛んでくる”っていうんです。はなむけ、って言葉にどこか似ているなって思って。」
そして、手にしたコサージュを蓮の胸ポケットにそっと差した。
「この花とともに、敦賀さんにもっともっとたくさんの幸せが訪れますように。」

「ありがとう。似合う?」
くしゃりと微笑む蓮の胸元におさまると、その花はなお一層高貴に見えた。
「なんだかヘンな感じですけど・・・でも、私よりずっとお似合いです。」

―――敦賀さん。

心の内で、キョーコはそっと蓮に話しかけた。
(胡蝶蘭の花言葉。本当はほかにもあるんです。)
薄紫の花弁が、キョーコの心の震えのように頼りなく揺れる。

(“あなたを愛します”って・・・いうんです。)
蓮の指先が、花びらを指先でやさしく辿るのが見えた。
慈しむように、やさしく。
それはそれはやさしく。


「最上さん、どうかした?」
ぼんやりと花を見つめていたキョーコは、その声にはっと我にかえった。
「いいえ。何でもないです。ちょっと卒業式を思い出していて。」
そう言って、今自分にできる一番の笑顔を作って蓮に向ける。
「社さんがお待ちですよ。」
そして何かを振り切るように踵を返すと、キョーコはそのまま先導するように歩きはじめた。

きっと少し赤らんでいるであろう今の顔を見られないように。
しっかり前を向いて、少し早足で。
(平常心。平常心。)
必死にそう唱えつつ。

風花によく似た薄桃色の花びらが1枚、風に煽られキョーコの鼻先をすりぬけていく。

「待って。最上さん」
花びらと入れ違いに、穏やかな声が背から追いかけてきた。
まるでキョーコを後ろから抱き締めるように、やさしく包み込むようなその声。

「一緒に行こう。」

言われて、キョーコの足が少しだけ速度を緩めた。
息を整え、心を静め、背中に届く気配に気持ちを集めて。

「はい。」

少し顔を上げて、その声に応える。

――― 一緒に行こう。


届いた言葉を胸にひしと抱きしめながら。




Fin
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