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遠くあれば姿は見えず…

隠り沼の下ゆ恋ふれば・・・」(side K)の続き、side蓮になります。未成立&少し未来のイメージで書いています。

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「蓮、お前まさかそれが昼食のつもりじゃないだろうな。」

あきれたような声に振り向くと、社さんが眉間に皺を寄せ立っていた。
俺が手にしていたのは、デミタスサイズの紙コップ。

「え?」
とぼけてみたが通用するわけもない。
軽く頭を叩かれて、
「そんな食事ばかりしていたら、帰ったあとキョーコちゃんに言いつけるぞ。」
言われれば、ふっと心が日本に飛んだ。

『敦賀さん、ちゃんとご飯を食べないと元気に1日を過ごせませんよ。』
両手を腰に当て、口を尖らせる君が瞬く間に浮かび―――。

ふっと笑いがこみ上げた。


くあれば姿は見えず常のごと妹が笑まひは面影にして
(万葉集 詠み人知らず)


ロンドン郊外、午前11時。
うっすらと霞みがかった11月の空は、晴れていても突き刺さるほどの冷気を周囲にまき散らしている。
慣れているとはいえ、この時季のロンドンで春夏服の撮影は、長時間に及ぶとさすがに辛い。
身を切るような夜気が地表に張り付いたままでいる午前の撮影なら、なおさらだ。
しかもここは、焦げかけた緑がどこまでも続く森の中。
暖を取るものといえば、コーヒーと呼ぶには香りも味も物足りない黒い液体ぐらいだった。

「ここでの撮影はまだかかりそうだし、サンドイッチ一切れくらいは腹に入れておけ。」
そう言って差し出された紙皿に乗っていたのは、しなびたキュウリとぺちゃっとしたトマト、それに薄いハムがパサパサのパンに挟まれた、サンドイッチ“らしき”もの。
「こんなのしかなくて悪いが。」
それを見た瞬間、思わず出たため息を聞き逃してくれるほど社さんは甘くなく、
「キョーコちゃんの弁当とは雲泥の差だよな。すまん。」
頭を下げられてしまった。

(確かに彼女の作るものとは、比べるのも申し訳ないひどさだな。)
彼のせいでもないのに頭を下げる社さんに気が引けて、必死にコーヒーでそれ流し込みながら、もう何日も食べていない、彼女の料理を思った。
そして、キッチンに立つ彼女自身を。

「・・・そういえば、例の映画の件なんだが」
サンドイッチから気を逸らそうとでも考えたのか、社さんがいきなり言い出した。

例の、というのはおそらく先日決まった映画のことだろう。
源氏物語の「宇治十帖」を元に、出生の秘密を背負う優柔不断な堅物だけれど一途な薫の君と、軽佻浮薄で多情ながら華やかで社交的な美貌の貴公子匂宮、その二人の愛の板挟みになって苦しむ薄幸の美女浮舟の姿を三者三様の苦悩とともに煌びやかに描いた王朝絵巻。50年以上も前に製作された作品のリメイクだという。

主役の薫の君を演じるのは、時代劇界の大御所、敦賀新太郎。
俺が演じるのは、その恋のライバルと言うべき匂宮役だった。
製作側に、当時話題となった長谷川一夫と市川雷蔵の新旧スター対決を、ダブル敦賀で再現したい意向があったと聞いている。

社さんはぐっと身を乗り出して、声を潜めた。
「浮船にキョーコちゃんが内定したそうだ。」
「え?」
驚きが思わず口に出る。
そんな俺の顔をみて、社さんがふっと笑った。
「驚くことか?たしかに大抜擢だが、彼女の実力なら別におかしくないだろ。」

たしかにここ最近の彼女の成長はめざましいものだった。
1年遅れで通っていた高校も無事卒業し、今は女優の仕事に専念しているせいだろうか。
出演作品も一気に増え、今や若手ではトップクラスと囁かれている。
幼い少女時代から演じる必要のある浮船役だから、若手筆頭の彼女に話が来てもちっともおかしくはなかった。

「お前も嬉しいだろ?ばっちり相手役だし。」
にやりと笑うその顔から目を背け
「そうですね。彼女にとっては大きなチャンスだと思いますし。先輩として鼻が高いです。」
まだそんなことを言うのか、と聞こえてきた声は無視し、すっかり冷めた残りのコーヒーを飲み干した。

「本人にもう伝わっているかどうかわからないが・・・とりあえず、おめでとうって言ってやれば?」
「しかし・・・」
「事務所はすでにOKを出しているらしいから、お前が彼女に直接話してももう問題ないと思うぞ。」
外部に漏れるのは困るがそういうわけじゃないしな、と社さんは笑う。
相手役になるわけだし、エールを送ってやれよ、とも言われ、つい携帯に目を走らせた。
それを察したんだろうか。
「じゃ、俺は向こうでちょっとスケジュール確認してくる。休憩時間はあと30分あるからな。」
肩をぽんと叩き、社さんはあっさりと去っていった。

後ろ姿を見送りながら、さりげなく時計をのぞく。
日本は今・・・午後8時過ぎ。

ヒロインに選ばれたと知ったら、がんばってきた君はどんなに喜ぶことだろう。
目を真ん丸に見開いたあと、照れくさそうに小首を傾げながら、顔をほころばせる君が目に浮かぶ。
そんな君が見たい。
弾む君の声を。
聞きたい。

気が付いたら、もう指がボタンを押していた。

RR・・・・・RR・・・・・RR・・・・・RR・・・・・

いつになく長い呼び出し音。
だが、留守番電話にも切り替わらない。
もしかして、まだ仕事中だったのだろうか。
そうなら、いい加減切らないと・・・と思ったその時。

プツッ
ようやく呼び出し音が途切れた。

「もしもし?最上さん?」
問いかけたが、いつもの元気な挨拶が聞こえてこない。
番号を間違えた?・・・はずはないけれど・・・。

「・・・敦賀さ・・ん?」
戸惑うように問いかける声がして、ほっとする。
「そうだけど。突然ごめんね。もしかして何か邪魔しちゃったかな?」
「い、いえ。大丈夫です。ちょうど今帰ってきたところで、ばたばたしていたものですから。」
何だかやけに焦っている様子に、自分のタイミングの悪さを舌打ちした。
「ほんとにごめん。どうしても、ひとことだけ言いたくて。」
「え?」
「おめでとう。」
「おめでとう?いったい何の話ですか。」
「やっぱりまだ聞いていなかったんだね。君に決まったそうだよ。」
「決まった?何が?」
「映画のヒロイン。」
「ヒロイン?私が?映画の?」
「そうなんだ。ちょうどさっき俺も聞いたところなんだけど。『源氏物語』の浮船役が君に決まったって。」
「私が・・・ヒロイン・・・ほんとに?本当ですか!?」
「ああ。本当だよ。おめでとう、最上さん。」

「嬉しい・・・。」
言葉とともに零れ出る吐息。
その気配からひしひしと伝わる、大きな驚きと少しの戸惑い、そして謙虚な喜び。
今、君が目の前にいたら・・・。
俺は君のどんな顔を見ることができたんだろうか。

―――会いたい。

もっと喜んでいる気配を感じたくて、重ねて言った。

「君の実力、だよ。」

少し息を呑み、それからふぅっと息を吐く気配がした。
「ありがとう・・・ございます。」
与えた言葉を噛み締めるように返された声。

―――会いたい。今、君に会いたい。

込み上げる想いを押し殺し、話を続けた。

「それと・・・僭越ながら相手役を務めさせていただくので、どうぞよろしく。」
「あ・・・、敦賀さんが主役をなさるんですね?」
訝るような口ぶりがほんの少し気にかかる。

「いや、主演は敦賀さんなんだ。」
「敦賀さん?敦賀さんですよね。」
「ううん、俺じゃなくて、別の敦賀さん。敦賀新太郎さんだよ。」
「ああ!そちらの敦賀さんだったんですね。じゃあ、敦賀さんが主役で、敦賀さんは・・・?」
「俺も敦賀さんも、君の相手役を務めることになる・・・って、どちらも敦賀ってなんだかややこしいな。」
「でも敦賀さんも、敦賀さんも、敦賀さんですし。」
「ほら、すごくややこしい。」
「・・・ほかに呼びようがありませんから。」
「呼びよう、か。それもそうだけど・・・でもこれじゃ、現場でもややこしいことになるよね。君はどちらの相手役もこなす予定だから、呼ぶ方も呼ばれるほうも混乱するかもしれないな。」
「だ、大丈夫です。きっと雰囲気で何とかなります。」
「こういう場合、たいていの人は俺のこと敦賀くんって呼んでくれるけれど。といって、最上さんは俺のこと・・・「無理です!」」
かぶせるように強く否定され、何だか少し凹んでしまう。
そりゃ、最上さんが俺をクンづけで呼べるはずはないけれど。
「そんな風に呼べるのは敦賀さんより年長の方だけです!敦賀さんは私にとって、大大大先輩なんですよ。くんづけなんてとんでもありません!」
「じゃあ・・・。」

異国の空の下。
遠く離れているせいで、距離を見失っていたのかもしれない。
あるいは、久しぶりに君の声を間近に聞けて、気持ちがすっかり緩んでいたのかもしれない。

ふと、思いついた戯れ。

「下の名前にさんづけ、っていうのはどうかな?」
「え?」

そう言えばきっと、君は困ったように眉を顰めて上目遣いに俺を見つめるんだろうな、と。
そんな君の姿を思ったら、なぜかクスクスと笑いが零れてきて。
つい、口にしてしまった。

冗談になるはずだった。
すぐに君は、怒った口調で「それだって無理に決まってるじゃないですか!」と返してくる、そう思っていた。

あるいは、俺のおふざけに怒ったようにわざとそう呼んでみせるかもしれない。
それもいい。
もし、一度でも。
冗談でも。
そんな風に呼んでもらえたら。
一体どんな気持ちになるんだろう、と。
だからつい、言ってしまった。

でも君は、思いのほか真面目に反応してきて。
漂う沈黙と凍りついた空気に耐え切れず。
困った俺は、全部冗談にしてしまおうと。
そう思って。
よく考えもせず、口にした。

「まあ俺は、社さんみたいに君から呼び捨てにされてもかまわないけど?」




遠くあれば姿は見えず常のごと妹が笑まひは面影にして
(遠く離れたところにいるので姿こそ見えないけれど、愛しい君が微笑んでいる様子はいつものように目の前に浮かんでくる。)




忘れなむと思ふ心の…」に、続きます。
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コメント

  • 2014/03/17 (Mon)
    23:14
    面白かったです。

    こんばんは。初めてコメントを書かせて頂いています。お話、面白かったです。ロンドンから、距離も時差もある東京の片思いの相手に電話する、その果てしない寂しさと、声だけつながった僅かな安堵感。留学していた頃を思い出しながら拝読しました。続きがあるようなので楽しみにしています。どうもありがとうございました。

    genki #- | URL | 編集
  • 2014/03/18 (Tue)
    20:46
    Re: 面白かったです。

    > genkiさん

    初コメありがとうございます(o^-^o)
    距離が離れていればいるほど、電話を通すとやけに近く感じる相手の声が不思議にほっとするものですよね。でも、切ったあとにさらに寂しくなったり・・・。
    続きのUPは少し時間がかかると思いますが。またぜひ読みにいらしていただけたら嬉しいです^^

    ちなぞ #- | URL | 編集
  • 2014/05/06 (Tue)
    16:21
    一気読みしてしまいました

    本日は両方の承認をしていただきありがとうございました。

    コトノハグサシリーズもったいないと思いながらも全部読んでしまいました。
    どのお話も切なく和歌の雰囲気と相俟って胸キュンです。このお話も続きが楽しみです。素敵な作品をありがとうございます

    ponkichibay #- | URL | 編集
  • 2014/08/27 (Wed)
    22:49
    Re: 一気読みしてしまいました

    > ponkichibay さま

    コメントありがとうございました。
    キュンとしていただけてよかった!

    わずか31文字のなかに心のありたけを描いている和歌って、本当にすごいなあってお話を書くたびに思っています。
    その独特の切なさ、胸苦しさがうまくお話にできているといいけれど…と書くたびに自問自答しているので、コトノハグサシリーズを気に入っていただけて本当に嬉しいです。
    ありがとうございました!

    ちなぞ #- | URL | 編集

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