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隠り沼の下ゆ恋ふれば…

取り上げた和歌は男性⇒女性の歌ですが、キョコちゃん視点で書いてみました。
原作の状況はすっかり無視した、未成立&少し未来の設定です。

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「それでは次の問題です。」

点けっぱなしにしていたテレビから聞こえてきたのは、如才ない司会をこなすことで定評のあるお笑い芸人の声。
キッチンに立つキョーコの耳を、それはBGMのように何気なく通り過ぎていく。
「今年女性誌の抱かれたい男ランキングでまたもやNO.1に輝き、ついに殿堂入りを果たした・・・」

不意にはっきりと聞こえた声に、思わず唇が動いていた。


り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを
(万葉集 柿本人麻呂)


予定よりずいぶん早く終わった、その日のCM撮影。
キョーコはほっとしながら家路についた。
たどり着いたのは、待つ人のないマンションの一室。
いつも通りの流れで扉を開け、電気を点け、コートをかけ、そしてテレビを点ける。

卒業を機に一人暮らしをはじめた部屋は、まだどこか身体に馴染めていなくて。
がらんとして音もないままその場所にいると、うっすらと背を這うように淋しさがこみあげてくる。
だからだろうか。
このところすっかり、帰ってくるとまずテレビを点ける習慣がついてしまっていた。

その日やっていたのは、ありきたりのクイズ番組。
とはいえ回答者はすべて芸能人で問題もごく簡単なものばかりと、内容はむしろバラエティ番組に近いものだった。
とくに気にすることもなく、そのまま画面に背を向けキッチンへと足を向ける。

いつものようにテレビの音を頭の端で聞きながら、温かいココアを一杯。
大きめのカップにたっぷり淹れた。
ゆらゆらと湯気の立ち上る中にマシュマロをひとつぽとんと落とせば、すぐにほんのりと甘い香りが漂いはじめる。
すんと鼻を鳴らして、その優しい香りを一杯に吸い、キョーコはふうと大きく息をついた。
京子からキョーコに戻ったと実感できる瞬間。

と、そのとき―――。

「・・・実力派イケメン俳優といえば、誰でしょう?」

妙にはっきりとした声が耳に飛び込み、キョーコは思わず手を止めた。
点けっぱなしになっていたテレビに、引かれるように目を向ける。
パーンするカメラに合わせるように、次々と灯っていく回答ランプ。

「つるが・・れん・・・。」

けれど画面の中の誰よりも早く、キョーコの口から答えが零れ落ちた。
音に出しているつもりのなかった言葉がひどく大きく耳に響き、びっくりして全身がキュッと固くなる。

―――ただ、名前を口にしただけなのに。

それなのに、莫迦みたいに動悸が激しくなって。
どんどん頬が熱を持っていって。

(むぅ・・・。)

ため息をつきながら、額をごつんと拳で叩いた。
それから両手で挟むようにして頬をペチペチと叩く。
しっかりしろと、己を叱咤するように。
そのくせ、
「・・・・・つるがれん。」
気が付いたら、噛みしめるようにもう一度呟いていた。



名前を言い捨てられなくなったのは、もうずいぶん前のこと。
敦賀さんに会って、敦賀さんを知って、敦賀さんに惹かれて・・・。
吐き捨てるように名前を呼びつけにしていたあの頃の自分が、今ではもう信じられないほど遠い。

それでも―――。

そっと名前を口にするくらい何てことはないと思っていた。
呼び捨てにしたって、どうということはないと思っていた。

でも―――。

「・・・つるが・・・れん・・・・れん・・・・・・れ・・ん・・・・・」

口にすればそれだけで、胸の奥からドクドクと熱くて甘くて切なくて、それでいてひどく苦い、そんな何かがこみ上げてくる。
名前だけを切り離して呟けば、その何かはもっとずっと強くなる。

「・・・・れん・・・・・・さん・・・。」

―――ただ名前を呟いただけなのに。

それだけで、まるであの人が自分だけのものになったような気になって。

全身がぶるりと大きく震えた。
走馬灯のように、その姿が次々と脳裏を駆け抜けていく。

『最上さん。』

向けられた優しい笑顔。
呼びかけてくる穏やかな声。
記憶に刻みつけられた心地よい温もり。

想い出すほどにその何かは苦さを増し、震えが強くなる身体を両腕で抱き締めた。

―――名前、だけで・・・。

悔しい。
悔しい。
悔しいほど。

―――恋しい。


思わず手をついたシンクの角から、冷気がひんやりと肌を伝って上ってくる。
その冷たさにハッと我に返った。
大きく頭を左右に振り、顔を上げれば、画面の中はすでにCMに切り替わっている。

「しょうがないじゃない。」
わざと口に出して言ってみた。

あの人の隣に立ち、
声を聞き
微笑みかけられ、
そして、温もりを感じる歓びを知ってしまったら。

―――もう戻れない。戻れるはずがない。

「だって、好きになっちゃったんだもの。」

手元のマグカップを手に取り、早くもぬるくなりはじめたココアをごくりと一気に飲んだ。
甘い甘いココアは、いつもと同じに作ったはずなのに、なぜかほんの少し薄く感じる。
・・・と。



ブーブー・・・ブーブー・・・

不意に、近くに置いた鞄の中からくぐもった振動音が聞こえてきた。
マナーモードにしたままの携帯が凍えるように鳴らす音。

(誰?)

思いつつ、確信めいた予感を感じる。

こんなときに掛けてくるのは、きっと今一番声を聞きたくない人。
でも、いつだって一番声を聞きたい人。

鞄へと伸ばしかけた手が一瞬止まる。

「敦賀さんは敦賀さん。敦賀さん。敦賀さん・・・。」

それ以外の呼び名はないのだと、言い聞かせるように呟いて。
キョーコは左右に頭を振りながら、再び鞄に手を伸ばした。




隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを
(草に覆われた隠れ沼のように密かに想い慕っていたけれど、どうしようもなくついあなたの名前を口にしてしまいました。たとえ誰もいないところでも、その名を口にするのは憚るべきなのに)




遠くあれば姿は・・・」(side R)に続きます。
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コメント

  • 2014/03/06 (Thu)
    23:42
    No title

    おおお、コトノハグサシリーズ!
    つい口から出た蓮さんの名前にどんどん締め付けられるキョコさんの心情が切ないですね!
    なった電話にどう対応するんでしょう…?押し殺して、平静を保ったつもりでも『どうしたの?』なんて聞かれちゃったらまた心乱れちゃいますねー

    霜月さうら #- | URL | 編集
  • 2014/03/07 (Fri)
    16:13
    Re: No title

    > さうらさん

    ひさしぶりのコトノハです^^
    普段苗字呼びしている相手の名前を口に出すって、関係の変化を如実に示していて(たとえ相手が友達でも)けっこう勇気がいるんじゃないかなあと思いつつ、書いてみました。
    本当に、こうして気持ちが右往左往しているとき当の本人に「どうしたの?」なんて言われたら、キョコちゃんいったいどうなることやら。まさに「千々に乱れて」しまうんだろうなあ・・・。

    ちなぞ #- | URL | 編集

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