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箚青淋漓 2

※第2話は、一度UPした第1話の後半部分に文章追加したものです。

こちらは刺青師蓮さんと武家の娘キョコちゃんのパラレル黒桃です。読まれる際は、くれぐれもご注意ください。
タイトルは、泉鏡花の小説『義血侠血』内の一文、「渠(かれ)が雪の如き膚(はだ)には、箚青淋漓として(彼女の雪のように白い肌には、刺青が瑞々しく描かれ)」よりとっています。



月日はずいぶん遡る。
―――或る武家屋敷の簡素な一間。


「廓、でございますか?」

思わず聞き返したキョーコに母は頷き、にっこりと微笑み返した。


母、といっても血の繋がりはない。
キョーコの実母が病で亡くなった後、時を経ずして父の後妻におさまったのがこの女である。
元々は父の妾の一人に過ぎなかったはずが、正妻が娘一人しか産めなかった傍ら、男子を産んでいたことが女に幸いした。

「当主の長男であるこの子こそ、最上家を継ぐべき正当な後継ぎ。」

そう言って女は、キョーコには年子となる義弟松太郎を伴い、ぬけぬけと最上家に入りこんだ。
もっとも武家どころか出自も明らかでない女が、息子に武士として然るべき教育などできているはずもなく、松太郎は後継ぎと豪語するにはあまりにも未熟な不届者であったが。

この二人が不幸を呼び込んだのか。

彼らが家に入って間もなく、父が卒中に倒れた。
命こそながらえたものの、四肢の自由を失った父は御役を務められなくなり、収入源であった役料や足高は絶たれた。

一方で父に投じる高価な薬代が家計をひどく苦しめる。
それでいて贅沢な生活を改めぬ義家族の二人。
キョーコは一人、父の看病に追われ、金策に走リ回った。


けれど武家の姫様育ちであるキョーコに出来ることなど限られている。
蓄えは瞬く間に底を尽き、裕福であった家は困窮を極めるようになった。

武家の娘が誇りを捨て、質に足を運び、母の形見である着物を売り、簪や櫛を売り・・・。
そんなキョーコを二人は、金の工面もできぬ役立たずと罵り、嘲り、見下し、時には貶めるような言葉さえ容赦なく浴びせかけた。

そうして、金策にも万策尽きたころ。
キョーコがこの家を守る、唯一の支えにもなっていた父が枯葉が落ちるようにふっと命を落としたのだった。

「すまない・・・。」

ただそのひと言を残して。

「父上さま・・・。」

もはやキョーコの目からは涙の一滴すら落ちなかった。
内に籠る哀しみを吐き出す術すら知らず、茫然と言葉もなくただ読経のように父の冥福を祈る。

(・・・・・・安らかに・・・安らかにお眠りくださいませ・・・。)


*


そうして父を送ってから、まだ僅かだというのに。

「廓・・・?」

母が何を言っているのか理解できない。
いや、理解したくなかった。
箱入りで育ったキョーコとて、さすがにそれが意味することが分からぬほどおぼこではない。
だが、まさかという思いが強かった。


「そうじゃ。明日女衒がお前の値踏みに来やる。精々身形を整えておくがよい。」
目の前の白顔が、にやりと歪む。

「けれど・・・。」
言いかけたキョーコの言葉を遮るように、母は持っていた扇子をばさりと払った。

「御家再興のために自分の身体が役立つと思えば本望であろう?それにしても、まさかお前のような娘が金になるとはねえ。」

開いた扇子を無造作に振り、ばたばた音を立てる様は、まるでどこぞの姐御のような伝法な風情であった。

「こんなに地味で色香のない娘でも、女と名が付けば、それなりの値になるとは。ほんに有難いこと。のう、松太郎。」

言うなり松太郎に向き直り、ほほほと甲高く笑う。

「ですな、母上。まさか、義姉上が吉原にも上がれるほどの上玉と見繕われるとは、思いもしませんでした。いやもちろん、武家出身という物珍しさが大きいのでしょうが。」
隣に控えていた松太郎も、にやりと笑い返した。

「まあ、鬼も十八、と言うしな。しかし、姉とはいえ血もろくにつながっておらぬし。それなら売られる前に、私がひとつ味見を…」
「これ!松太郎!余計なことを言うでない。」

伸ばしかけた松太郎の手を、持っていた扇子でぺしりと叩く。

「それより、お前も武士のはしくれ。いや、これからは御家を背負って立つ身なのだから、吉原なぞへ足を運ぶのも加減せぬと・・・。第一、そんなところで、義理とはいえ姉弟が涙の再会など、笑い話にもならぬ。のう?キョーコ。」

顎を突き出し、見下すような目線を強調させながら、母は言った。


容赦ない会話にも、キョーコは逆らう術を知らない。
いや、逆らっても無駄だと承知していた。
だからただ、
「は・・・い・・・。」
目を伏せることでしか、心の内を示すことができなかった。



―――翌日。

外面だけは変わらず立派な屋敷の裏口に、一人の男が姿を見せた。
立縞木綿の着物に茶無地の木綿羽織。
兵児帯を斜に締め、羽二重の白襟巻で短い首をしっかりくるみ、いらいらと落ちつきなく足踏みする。


女衒だった。





(続く)
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