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Afferrare la fortuna per i capelli 1

「お、久し振りの青空だな。」

思わず、といった調子で隣からこぼれてきた声につられて空を見上げれば、たしかにそこには突き抜けるようなアジュールブルーが広がっていた。
スタジオに入るまでどんよりと曇っていた空は、今はどこにもなく。
ただ、空気に残る僅かな湿り気ばかりが、今が梅雨の真っただ中であることを思い起こさせる。
「すっかり晴れましたね。」

視線を上に据えたまま呟き返すと、見上げる頬を慈しむように、柔らかな風が肌を撫でた。
さわさわと切れ間なく続くそれは、まるで滑らかな髪先に撫でられるようなやさしい感触で。

『Afferrare la fortuna per i capelli.(幸運の女神には前髪しかない)』

ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。

それはたぶん、微かに頬を掠り続けるその気配が、まるで・・・。
まるでそう、わざわざ立ち止まってくれた幸運の女神が、「さあ、つかみなさい」とその前髪を摺り寄せてきてくれているかのように思えたから。


だから、俺は思わず頬に手を伸ばし、何もないはずのその場所でぎゅっと掌を握り締めた。



* * *



「・・・というわけで、2ヶ月ほど日本を離れることになったんです。」

「え?2カ月?」

事務所に連絡してくるといって社さんが席を外してまもなく、彼女がさりげなく投げてよこした言葉。
社さんの依頼とはいえ、わざわざお弁当を作ってここまで持ってきてくれた彼女に、せめてのお礼にと買ってきた缶コーヒーを握りつぶしそうになりながら、思わず真顔で問い返した。

「はい。」
「ずっと?」

重ねて尋ねた俺に、彼女は少し驚いた顔を見せた。
クルクルッとした瞳が深みを増して、まっすぐ俺を見据える。

「あの、何か私に急ぎのご用事でもありましたか?」

そう返す表情からは、相変わらず俺のことなんて単なる先輩としか思っていないのがありありと伝わってきて・・・。
やりきれない現実が心にズンとのしかかる。

「いや、またしばらく会えないのかと思って。」

立て続けに2本の映画を撮影し、3ヶ月ぶりにようやくゆっくり君に会えた。
それなのに喜びをかみしめる間もなく、そんな宣言をされて。
思わずショックが口に出たんだ。

・・・なんて、本音を口にできるはずもなく。

「淋しいよ。」
ただ、それだけを呟いて首を振った。


こうやって眼中にない態度をとられてばかりいると、正直男としての自信もすっかりなくなってくる。
これでも俺は抱かれたい男NO.1とかなんとか、世間ではそんな風に言われている気がするんだけど。
彼女の様子を見ているかぎり、そんなの気のせいだとしか思えない。

そう考えながら、小さく嘆息を漏らした。


抱かれたい男NO.1、か・・・。
それよりむしろ、君をこの手に抱きたい男NO.1、なんだけど。




「本当に?」

突然、俺を現実に引き戻すように、彼女が声を上げた。
不用意に発した言葉に対する、思いのほか大きな反応。

目の前の細い首が僅かに右へと傾いて、黒の眸が一層大きく広がっていく。
そうして、きょとんと上目遣いの目力爆弾が、まっすぐ俺に放たれた。

「・・・・・・。」 

破壊力の大きさに、思わず無言になってしまう。
そんな俺を見て、君の表情がわずかに翳った。


「本当だよ。」

翳りが妙に気になり、つい顔を繕い言葉を重ねてみる。

「だって、君は会うたびにいつだって俺に元気をくれるからね。」


―――爆弾には爆弾を。


「だから、とても大事な存在なんだ。」



(どうせしばらく会えないなら・・・これくらい言ったって、いいだろう?)

意味が分からないといった体で、ぽかん顔のまま動かなくなった彼女を眺めながら、俺は心の中で嘯いた。



*



「にしても・・・。」

あまりにも長く続く沈黙に、せっかく会えた時間がこのまま終わってしまうのではないかと怖くなり、話を変えるように声をかけた。

「準主役だっけ?おめでとう。すごいじゃないか。」

他意なく手を伸ばし、がんばったねというつもりでぽんぽん頭を叩いたら、彼女の身体がはじけるように飛び上がった。

(そんなに驚かなくてもいいのに・・・。)

行き場を失った指先に、未練がましく残る滑らかな髪の感触。
なんだか大事な物を取り逃したような口惜しさを感じて、空っぽの手にぼんやり目を遣る。



・・・と、外した視線の向こうから、ためらいがちな小声が流れてきた。


「元気を・・・。」
「ん?」
「元気をくださるのは、敦賀さんの方なんです。敦賀さんが思うよりずっと・・・私にとって敦賀さんは大事な存在なんです。」

(・・・え?)

聞こえた言葉に、一瞬息を呑む。

(どういう・・・こと?)

彼女の口から聞くには、それはあまりにも思いがけない言葉で、驚いた気持ちをしっかり顔に出してしまったらしい。
それをどう解釈したのか、急に彼女はわたわたと焦り出した。

「え?いえ、ごめんなさい。あの、その・・・違うんですっ!ここしばらく、ずっとお会いできずにいて、それで私、気付いたんです!」

(気付いた?何に?)

「いえ、あの・・ほら、演技の事で悩んだり、困ったときはいつもこうして敦賀さんに相談にのっていただいていて・・・。それだけじゃなく、ダメだと落ち込んだときは励ましてくださるし、無理だと投げ出しそうになればしっかり叱咤しても下さる。それがあったから、私いろんな困難をあっさり乗り越えられてきたんだなって・・・。」

勢い込んで話す姿に、挟む言葉が見つからない。

「だから、元気をくださるのは敦賀さんの方だし、私が今までどうにかこの世界に生き残ってこられたのは敦賀さんのおかげで、それで大事な存在だって・・・!」

そこまで一気に口にして、はあはあと肩で息をするのをただじっと見つめていた。
ほんのわずかな期待とともに。

「だから、だから・・・。またしばらく、何かあってもなかなかご相談できない状況が続くのかと思うと・・・本当はすごく、すごく・・・」

突然言葉が途切れる。
ハッとした顔で、口を閉じるのも忘れ、俺を見つめる彼女。


「続けて。」

だから思わず有無を言わさぬ口調で、そう促した。

「・・・・」

それでも沈黙が続いたけれど。

「す・・・ご・・・・・・く・・・」

でも俺は、彼女から視線を逸らさなかった。
やがて、困ったように俯いた彼女は、

「・・・すごく、不安でたまらないんです」と消え入るような声で呟いた。





(続く)

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