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Hike out

「わあ!」

バスから降りた瞬間目に入ったのは、眩いほどの陽光を受け、キラキラと水面を輝かせる水平線。
弾むような光のさざめきに、キョーコは思わず目を細めた。

突き抜けるような空の青と透けるような海の青。
ぶつかり合う直線に並ぶ白い点々は、きっとこの付近から出航したヨットだろう。
強い日差しの中で、初夏を楽しむように船影が揺れる。

少し視線をずらせば、そこには色濃い緑と深い茶を放つ海崖がそそり立っている。
あらゆる色彩が鮮烈なこの場所では、ラブミー部のドピンクのつなぎも違和感がないように思えて。
爽やかな開放感を噛みしめながら、キョーコは持っていたバスケットを足元に置き、大きく伸びをした。

髪を揺らす潮風はほんの少し湿り気を帯びていて、吹き抜けるたびに独特の匂いを撒き散らすけれど。
それすらも今は心地いい。

「さっ、早く行かなきゃ!」

声に出してそう言うと、キョーコはバスケットを再び手に取り、目の前のマリーナへと足を向けた。



* * *



(すごい・・・。)

門を抜け、クラブハウスを抜け、入江に出たキョーコは、目の前に広がる光景に息をのんだ。

白を基調に、色とりどりの差し色を放つヨットやクルーザーがずらりと停泊する壮観な眺め。
間近で見るソレは、たった一隻でも、浜辺から景色の一部として眺めるよりずっと大きく、迫力に満ちていて。
思わず目を瞠ってしまう。

(まるで外国の高級リゾートみたい・・・)

憧れのお嬢様な世界を垣間見たような気がして、また少し気持ちが浮き立った。

(それにもうすぐ・・・うううん。)

心がどんどん浮き立つ本当の理由には、見て見ぬふりをした。



「キョーコちゃん!こっちこっち!」

覚えのある声がキョーコの耳に響く。

きょろきょろと辺りを見回せば、少し離れた桟橋に集まる人の群れの中に、大きく手を振る影が見えた。
どうやらラブミー部のピンクは、青空の下で一層強くその色を見せつけていたらしい。
社はひと目でキョーコに気付いたようだった。
慌てて持っていたバスケットを抱え直し、そちらへ走り寄る。

「こんにちは、社さん。お待たせしてすみません。」

ちょこりと頭を下げたキョーコに、笑顔で社は答えた。

「ううん。時間ぴったり。それより、こんな遠くまでごめんね。助かるよ。今日の撮影は運動量が多いし、どうしても蓮にちゃんとしたものを食べさせたかったんだ。」
「運動?」
「そう。あ、言ってなかったっけ?今、アレに乗ってるんだよ。蓮。」

社が伸ばした指の先に見えるのは、先ほどみえた白い点。

「ディンギーっていうらしいんだけどね。2人用の小型ヨットなんだ。蓮のやつ、初めてとかいいながらあっという間に乗りこなしてて、びっくりだったよ。」
「相変わらず万能、なんですね。」
「ほんと、すごいよね。まったく、あいつには苦手なものとか弱点とか、ダメなとこはないのかなあ。」

と、2人で顔を見合わせて同時に声に出す。

「「・・・食事。」」
揃ってぷっと吹き出した。


「あ、これお弁当です。ちゃんとしているかどうかは自信がないですが、一生懸命作ってきたので、社さんもよかったら召し上がってくださいね。」

にこにこと微笑みながら、キョーコは手にした大きめのバスケットを掲げてみせた。

「うわあ、俺の分まで作ってきてくれたの!?すっごく嬉しいよー。キョーコちゃんのお手製なら、ちゃんとしてるどころか絶品間違いなしだもん。楽しみ!」

社の歓声に、照れくさそうに微笑み返す。
その笑顔が、あまりに愛らしく華やかで、社は思わず口元を緩めた。

「あっ、それでね。そろそろ蓮が沖から戻ってくるんだけど。岸についたら、このタオルを渡してあげてくれないかな?俺、今から軽く打ち合わせしなきゃいけなくて。」

差し出したのは大きな紙袋。

「これにタオルが2枚とバスタオルが1枚入ってるから。たぶん、けっこうぐっしょり濡れてると思うんだよね、アイツ。何だかかんだいっても、最初のうちは海に落ちてたりもしてたし。」
「海に?」
「うん。キョーコちゃんにも見せたかったよ。アイツが海に落ちるとこ。」

そう言ってにやりと笑う。

「私も見たかったです。そんな敦賀さん。」
「まあ、すぐに乗りこなしちゃうとこが、アイツのほんとに可愛くないところなんだけどさ。」
「可愛くない、なんて。敦賀さんにそんなこと言えるの、社さんと社長くらいです。」
「俺と社長!?まずい人と同列になっちゃったな。」

2人は再びぷっと吹き出した。


「じゃあ、そういうわけでよろしく頼むね。蓮は、あそこに見える白地に緑のラインが入った帆のディンギーに乗ってるから。」

沖に目を向ければ、言われたとおりの帆がどんどん姿を大きくしていくのがわかる。

「あと10分くらいで戻ってくると思う。あ、お弁当は俺がクラブハウスに持っていっておくから。蓮が上がったら、クラブハウスの控室にいっしょに来てくれる?そこで待ち合わせ、ってことで。」

抱えていたバスケットを奪われ、代わりに紙袋を渡される。
渡されたはずみに紙袋がカサリと小さく音を立て、袋の中から湿った潮風を払うように優しい香りがふわりと一瞬立ち上った。


*


邪魔にならないよう、スタッフの群れから少し離れた場所で海を見つめるキョーコの頬を、強い潮の香りが吹き抜けていく。
視線の先にあるのは一隻のディンギー。

風を切り陸へと向かう船体からは、大きな人影がのけぞるように身をせり出し、バランスをとりながら帆を操っている。

遠目にもはっきりと分かる、無駄なく引き締まった体つき。
ピタリと張り付くウェットスーツがしなやかで美しいボディラインを強調し、見事な隆起をはっきりと見せつけてくる。
見間違えようがない。

(敦賀さん、だ・・・。)

風をはらんで大きくふくらんだ帆はずいぶん重そうに見えるけれど、軽々とあしらっている様はさすがとしかいいようがない。
その背に、時折白い波飛沫が勢いよく散るのが見えた。

(わぁ・・・。)

会うときはいつも洗練された装いばかりで、汗ひとつかかないような涼やかな姿ばかりみていた。
だからこうして、潮風に濡れ髪を晒しながら波間を滑っていく様子に、いつにない男くささと力強さを感じてしまう。

そのことに―――ひどく、どきりとした。

抑えていたはずの気持ちがじわじわと粟立ち、高鳴る心臓が勢いを増していく。
(ダメ!)
必死に自分に言い聞かせたけれど、どうしても目を背けることはできなかった。

それどころか、相手から自分が見えないのをいいことに、ただひたすらにその姿を目で追い続けていた。


*


やがて、ディンギーはその姿をくっきりと現わした。
瞬く間に船は近づき、操舵する蓮の表情の機微までもはっきりわかるほどになった。

帆を見つめ、風を見る、ひどく真剣な顔。

それがこちらを見たかと思うと、ふっと和らいだ。
まっすぐにキョーコに視線を送り、軽く手をあげる。

額にはりつく濡れた髪。
海水なのか、それとも汗なのか。
滴がこめかみを伝い落ちていく。
それが太陽の光を乱反射して、艶やかな黒髪に一層の美しさを湛えていた。


とびきりの笑顔が、緩やかな風にのり、さざ波を立てながらゆっくりと近づいてくる。
もう声も届く距離。

「やあ、最上さん。」

向けられた微笑みが、光の反射のせいだけでなく、ひどく輝いて見えて。
・・・思わず目を逸らしたくなった。


「こ、こんにちは」

照りつける日差しのせいなのか、それとも違う理由なのか。
妙に熱くなった頬が気になって、何だかいてもたってもいられない。
それでも必死に平静を保ち、挨拶を返した。


・・・と。

額に張り付いた髪が煩かったのか、流れ落ちる滴が気になったのか、蓮が何気なくばさりと頭を振った。
その拍子に髪から無数の滴が四方に飛び散り、太陽の光を七色に瞬かせながら宙に舞う。

「きれい・・・。」

キョーコの口から、思わず言葉が零れ落ちた。

「ん?なに?」

呟きが蓮の耳を掠め、2人の視線がまともにぶつかる。
絡み合う眼差し。

胸がキュッと苦しくなる。

「いいえ。何でもないです。」

ほんの一瞬、言い知れぬ何かが2人の心を結び付け・・・そして駆け抜けて、消えた。



「わざわざ来てくれて、ありがとう。」

やさしさに満ちた笑顔は、苦しくなった胸をさらに痛いほど高鳴らせる。
その痛みから逃げるように、キョーコは言葉を絞り出した。

「敦賀さん、髪・・・。」
濡れてます、と続けようとして、胸の痛みと強すぎる心音に息が詰まり、言葉が途切れる。

「ああ、慣れるまでに何度か沈(チン)しちゃったから。波もけっこう浴びたしね。」
にこりと笑いかける蓮の表情が無垢な少年のように眩しくて、つい視線を逸らした。

「あ、あのこれ。」

受ける動揺をなんとかごまかそうと慌ててタオルを取り出し、キョーコは船上の蓮に差し出せば・・・。
逸らしたままの視線の先で、ウェットスーツの胸元ジッパーがちらちら揺れるのが見える。

右に。
左に。

目を合わせるのが怖くて、キョーコはその動きに集中した。
揺れに合わせるように小さく頭を振っていることにも、ましてや自分が耳先まで赤く色付いていることにも、まったく気付かぬまま。


そんなキョーコの様子を、蓮はじっと見つめていた。

「ありがとう。」

片手をキョーコに伸ばしながらそう声をかけると、蓮はいきなり空いていた手で着ていたウェットスーツのジッパーを下げた。
全開になった胸もとから両肩をすいっと抜き、スーツの上半身を一気に腰の位置まで下ろす。

―――まるで、目に前にいるキョーコを挑発でもするかのように。

熱い布地に隠されていた肢体がギラギラとさんざめく陽ざしの中にこれでもかと晒された。

しなやかで強靭な筋肉に覆われた、彫像のように滑らかで端正なボディ。
その身体を伝い、次々と滴り落ちていく水滴。

再び視線を逸らす間もなく、見せつけられたその様にキョーコは言葉を失った。
いつもだったら「破廉恥!」と叫ぶだろうに、言葉がでない。

それほど、目が、心が、釘付けになっていた。

目の前の景色が、まるでスローモーションのようで。
もう、どうしても目が・・・離せない。


「最上さん?」

不意に名前を呼ばれ、慌てて目を上げる。
何か言いたげな蓮の目線を辿り手元を見て、渡そうとしたタオルがあと少しの距離で届かずにいたことに気付いた。

「あ、ごめんなさいっ!」
焦ったように手を伸ばし、タオルを蓮に渡そうとした―――途端。
桟橋の端でぎりぎりのバランスを保っていた足先が、かくんと外れた。

「きゃあっ!」

一気に身体が海へと傾き、そのまま蓮に向かって飛び込むように落ちていく。

「危ない!」

落ちてきた身体を、伸ばされた蓮の両腕ががしりと受けとめた。
船体の重心がずれ、衝撃がぐらりと船を揺らす。

足を滑らせた勢いと大きな揺れの衝撃に、キョーコは思わず目の前の逞しい肩にしがみついた。
その動きに応えるように、蓮もキョーコの身体を強く強く抱き締める。

埋めた鼻先に、強く立ち上る潮の香り。
蓮の肩も腕も、潮水を受けたせいか少しべたついていて、それが吸い付くようにキョーコの手のひらに張り付いてきた。

―――離れ難い感触。

はずみで蓮の額から滴り落ちた滴が、キョーコの睫毛をパシャリと揺らす。
とっさに目を閉じたすぐ横の耳元に、艶やかな囁きが響いた。

「大丈夫?」

震えながらこくんと頷くキョーコを、なんとか落ちつかせたくて。
蓮は、もう一度その身体をやさしく抱き締めた。

「もう、大丈夫だから。落ちついて。」
ぽんぽんと背中を叩き、髪を擦る。

「きゃっ!ごめんなさいっ。私ったら何てことを・・・!」
ようやく我に返り、キョーコは慌てて離れようと身を捩ったが、背中に回された腕がそれを許さない。

それどころか
「だめだ!」
少し強い口調でそう言われ、そのうえ身体をぐいと抱き締め直されて、キョーコはびくりと固まった。

「あ、いや。ごめん。暴れると船が揺れて危ないから。」

真ん丸な目をして自分を見つめるキョーコに、蓮が言い訳のように言った。
一方で、回された腕は緩むことなく、むしろどんどん力を増していく。
それに比例するように、キョーコの心臓が早鐘を打ち始めた。

「敦賀・・・さん?」

戸惑いを隠せぬまま腕の中から見上げれば、驚くほど真剣な眼差しがキョーコに降りかかった。
潮の匂いに混じり、蓮自身の香りがふっと鼻にぬけたような気がして。
キョーコは、こくりと唾を呑んだ。

気が付けば、自分の手のひらも、手のひらが触れている素肌も、ほんのり熱を帯びていて。
昂りつづける心臓に涙さえ出そうになり・・・。
どうしたらいいかわからず、ただ目を伏せるしかなかった。



「大丈夫だった?」
「危なく海に落ちるところだったね。」
「さすが敦賀君。見事なキャッチぶり!」

二人の元に、スタッフの声が近づいてくる。
喧騒はもう間近で、キョーコは慌てて身体を離そうともがいた。
その耳にひどく掠れた声が飛び込んでくる。

不意打ちのように。


―――だめだよ
―――俺から離れちゃ
―――ちゃんとしっかりつかまっていて


そこに意味なんてないとわかっていても、向けられた言葉が心の底から嬉しくて。
でも、なぜか少し淋しくて。
逞しい腕を掴んだままの指先に、一瞬ぎゅっと力が籠った。

・・・そのとき。
触れていた胸元が大きく息を吸うように動いた。

(・・・え?)

どくんどくんと響く心音が、ひとつだけではないことに気付きハッとする。


―――そのまま、俺の手を離さないで

心音に重なるように告げられた言葉。
いつになく震えた声に、見知らぬ色を感じる。


そして・・・。


『ずっと、ずっとね。』

最後に小さく、幻のような言葉が、でも確かに聞こえた。


(・・・え?)

(今、何て・・・?)


驚いたキョーコが顔を上げると―――。


目が眩むほどまぶしい笑顔の中で。
この上なく真摯な瞳が、ひたすらにキョーコを見つめていた。


心の底まで射抜くような、強い意志の光とともに。





抱き締める腕に再び力がこもる。
ありえないほど、強く。

そして・・・。




Fin

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