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ただいまの時間

「おかえりなさい。」

そう言って微笑む彼女に早く会いたくて。
撮影が終わるや、身一つで空港へ向かった。

―――もう限界、だ。

髪を金髪に戻し、黒瞳のコンタクトを外し、めったにしないラフなジーンズスタイルに身を包む。
くしゃくしゃに髪をかき混ぜてカウンターに行き、そしらぬ顔でキャンセル待ちをした。
そうしてようやく手に入れた、たった一席だけの空席チケットを手に、日本行きの飛行機に飛び乗る。

サングラスをかけて英文雑誌を片手に狭い座席に身体を押し込めば、それが敦賀蓮だと気づく者は誰もいない。

(これで、予定より半日早く会える。)

ずいぶん久しぶりに乗るエコノミーの座席は、記憶よりずっと狭く、前の座席に膝が当たって落ち着かない。
1時間も乗っていると足も腰も痛くなり、思わず通路に足先を投げ出した。
いらいらと急く気持ちを抑えるように、胸元を手で押さえつける。
すると薄い布を通して、ポケットに入れた携帯の冷たさが指先に伝わってきた。

(そう、だ。)

思い立って携帯を取り出し、電源をオンにする。
そのまま録音機能を呼び出し、耳にあてた。

すぐに聞こえてくる彼女とのやりとり。

『俺がいなくて淋しくない?』
『大丈夫・・・です。』
『淋しく、ないの?』
『淋しいけど。でも・・・。でも・・・大丈夫、なんです。』

大丈夫と答える声が少し震えているのが、こうして聞くとよくわかる。
そうやって声を聞きながら、旅立った日の朝を思った。

何度も思い返した、あのときの彼女。

あのとき・・・彼女は初めて素直に甘えてくれた。
少し拗ねて、少し我儘な、そんな態度を見せてくれたことが嬉しくてならなくて、たまには離れてみるのもいいかもしれないな、とさえ思った。
もっともそんな余裕を持てたのは、ほんの数日だけのこと。

限界は、すぐにきた。


電話で声を聞くたび。
メールの文字を追うたび。
添付された写真を見るたび。

あの日の温もりが身体に蘇り、『淋しくないわけがないです』という囁きが耳にさざめいて、心のすべてが彼女に向かい駆り立てられた。

(早く・・・逢いたい。)

あっという間に抑えきれないほど高まった感情は、演技への集中力すら脅かしかけた。
それでも少しでも早く撮影を終わらせたかったから、必死に仕事をこなしたけれど。

―――君の温もりがなければ、俺はもう生きていけない。

つくづくそう、悟った。

(絶対に、離さないから。)

いや、離せない、の間違いか。

そう思いながら、もう一度音声再生を繰り返し、数時間後の自分を思う。
彼女の温もりを、この腕に取り返した自分を。


予定より早く帰れるのは秘密だ。
いきなり帰って、驚く顔をみたいから。


*


到着が遅れたこともあり、マンションへ辿りついたのは深夜に近い時刻になった。
音を立てないように静かに扉を開け、そっと玄関に入る。
懐かしい、この場所。

(一か月・・・ぶり、か。)

あの時と違い、光も音も、もちろん温もりもない静まり返った空間。

(まだ、帰っていない?)
そう思い足元に目を遣れば、脱ぎっぱなしの彼女の靴が三和土の隅にちょこんと並んでいる。

(珍しいな。こんなに乱雑にしたままで。)
それでも家にいるのは間違いないと知り、それだけで自然に笑みが零れた。

(寝室・・・かな?)
足音を忍ばせながら廊下を進み、寝室に向かった。

キィッ

鈍く音を立てたドアにどきりとしながら、室内をそっと覗きこむ。
見ればベッドの端で、猫のように背中を丸め、すやすやと眠っている彼女がいた。

(服もそのまま・・・?)

よほど疲れているんだろうか。
確かに明日のオフをもぎとるため、ここしばらくのスケジュールは相当詰まっているらしかったけれど。

せっかく熟睡している彼女を起こしたくなくて、静かに静かに近づいた。
久し振りに見る彼女の寝顔は、記憶にあるものよりずっと幼げで可愛くて。
つい、しげしげと眺めてしまう。

よく見れば、少しぽかんと口を開けた様子は、どこか間抜けにも見えて。
(そんな顔しちゃ、百年の恋も冷めるよ。)
なんて心にもないことを考えた。

すると、まるで聞こえたように彼女が顔をしかめて見せる。
慌てて耳元に口を寄せ、「いや、俺はぜったいに冷めないけどね」と囁いた。
その言葉に呼応するように、小さな口がもぞもぞと動く。


「・・・声だけじゃ、いや。」

漏れ聞こえた言葉に、身体が固まる。


「早く・・・帰ってきて。」

(・・・え?)

思わず彼女を凝視する。
すると、小さな小さな水滴が、ぎゅっと閉じられた瞼から一本の薄い線を描くように、すうーっと流れ落ちていった。

(キョーコ・・・。)

締めつけられるような愛しさに、身体中を支配されるようだった。
そのまま何かに引き寄せられるように、ただいまの音を唇に載せて、そっと瞼に口付ける。

微かな塩味が、唇を掠めた。

気配を察したのか、ふいに彼女が目を閉じたままにっこりと微笑んだ。
この1カ月の間、早く逢いたいと、ずっと希っていたそのままの笑顔。

瞬きもできずそれを見つめ、ふうーっと大きく息を吐く。

「ただいま。」

音に出さずに囁きかけた。
すると、たしかに眠っているはずなのに、まるで起きているみたいに彼女が応えた。

「おかえり・・・な・・さい・・・」


そこでようやく我に返り、胸ポケットに手を入れた。
探りあてた革袋の中から取り出したのは、内緒で買ったひと粒石のリング。

シンプルなそれを手にとり、彼女の左薬指にそっとはめる。
吸い込まれるように、その場所にすぽりとおさまったリング。


彼女はまだ、目を覚まさない。


握ったままの手のひらから伝わる温もりは、あの日の朝感じた温もりと同じ。
彼女だけが与えられる幸福に満ちている。


艶やかな頬に手を伸ばし、より鮮明な温もりを辿る。


君の目が覚めたら、最初に何と言おう。


『愛してる。』?
『結婚しよう。』?
『淋しかった。』?


いや、まずは・・・そう―――。



『ただいま。』


だね。





Fin

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