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おかえりなさいの時間

「ただいま。」

小さく呟いた自分の声が、薄暗い玄関で空しく響く。
電気のついていないそこは、妙にがらんと寂しくて。
数日前まで、たしかにそこにいた人の残像をつい探してしまう。

玄関の片隅に置かれた靴べらを目にしても。
靴箱にしまわれた靴クリームを見ても。
踏み台を使わないと届かないほど高い位置にある、戸棚の持ち手を眺めても。


「もうっ。ずるいです。こんな気持ちにさせて。」

誰ともなく零れ出るため息とぼやき。

いってらっしゃいと見送ってから、1日が長すぎる。
たった数日が、何週間にも感じる。

毎日電話で声を聞いているのに。
毎日メールで様子を教えてもらっているのに。

それでも全然足りなくて。
塵が積もるように、じわじわと淋しさが募っていくのが自分でもよくわかる。

(重、症・・・。)

心の奥にしまっていた箱の、鍵が全部壊れたときから、自分がそうなるとわかってた。
だからずっと、恋愛なんてバカげたことは二度としない。
あんなバカな自分には二度と戻りたくない。
って、そう思ってた。

でも・・・。

あの人を知って、あの人に恋をして、こうして2人、いっしょに過ごせるようになって。
溺れていい恋愛もあるのだと知った。

重すぎる愛情もちゃんと受け止めてちゃんと返してくれる恋。
一緒にいることで、自分をどんどん高めていくことができる恋。
私らしくいられて、それでいて自分に自信や価値を見出せる恋。

そんな恋もちゃんとあるのだと、あの人が教えてくれた。


そう。きっと、これが・・・本当の愛。


*


細かった月がだんだんと丸くなり、そしてまた細くなっていく間。
1人の夜はあまりにも長くて。
仕事で忙しくしていても、ふと気が付けば淋しさが頭を掠めた。

(早く・・・会いたい。)


その気持ちにつきまとわれるように過ごした1ヶ月。
今夜もようやく辿りついた玄関で、ふうと息を吐き、電気もつけぬまままっすぐ寝室へ向かう。

行儀が悪いのはよく分かっているけれど、ついそのままぱたんとベッドに倒れ込んだ。
いつも自分が寝るのとは反対側のその場所。
置かれた枕を抱き締めて、広いベッドに1人ごろんと転がれば、ふと別れた朝のことが思い出される。


『何だか、俺ばっかり淋しがってるみたいだな。』

そう言われたときの、拗ねたような横顔。
いつも大人な顔ばかりしているくせに、ときどき隙をつくようにそんな表情(かお)を見せられる。

(ほんと、ずるいんだから。)

あんな顔されて。
あんなこと言われて。

心を動かされないわけがない。
それに何より、あんな姿を最後に旅立たれたら・・・。

(あっという間に会いたくてたまらなくなるに決まってるじゃない!淋しくなるに、決まってるじゃない!)

抱えた枕を抱き潰し、ベッドの上をごろごろ転がり回る。

(・・・足りないんだもん。)

足りない・・・。足りない。足りない。足りない!
あの人の温もりが足りない!

「・・・声だけじゃイヤなの。」

想いが思わず口に出る。
毎晩電話で話すたび、ついぶつけたくなるこの我がままを、もう何度呑みこんだことだろう。

(だって、困らせたくないから。)

だからいつだって電話では、大丈夫と笑ってみせた。

(・・・嘘ばっかり。)

枕をぎゅっと抱え込んだまま、ぱたりと動きを止める。

(もう・・・限界。)

区切られた期限の終わりはもう明日。
でも、その“あとちょっと”が危うい。
あとちょっとで会えるのにという思いが、会いたくて会えないしんどさを、最高位に引き上げる。

(もう明日・・・なのに。)

その明日が遠すぎる。

(・・・ちょっと、だもの。あとちょっと、だけだもの。)

必死に自分に言い聞かせた。

時計の針がどんなにゆっくり見えても。
まるで動いていないかのように思えても。

(明日はちゃんとくるんだから。明日になれば・・・会えるんだから。)

それでも頭にこびりつくやるせない想いをどうにかしたくて、ぎゅっと目をつぶった。

(いっそこのまま寝ちゃえば、あっという間に明日になるよね。)

そんな風に思いながら。


(羊が一匹、羊が二匹・・・・・)

化粧も落とさず、着替えもせず、眠ってしまおうなんて、普段ならぜったいにしないこと。
だからほんとに寝てしまうつもりはなかったのに。
明日の休暇のために詰められたスケジュールが予想以上にハードだったせいなのか。
閉じた瞼の奥にふと浮かんだ大好きな影を追いかけようと意識を探っているうちに、次第に夢の世界が近づいてきた。


(もうすぐ・・・会える。)

ぼんやりと溶けていく意識の中で、今はまだ遠い人を思う。

(もうすぐ・・・言える。)

この一ヶ月、一刻も早く言いたかった言葉を。
言いたくて、早く言いたくて。
言える瞬間をずっと待ちわびていた言葉を。

(やっと・・・言える・・・。)



「おかえりなさい。」を、あなたに。





Fin

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