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行ってきますの時間

「それじゃ、行ってきます。」

挨拶の言葉ととともに、玄関ドアに手をかけたのは蓮。
一段高い位置からそれを見送るのはキョーコ。
大抵の仕事はばらばらで、一緒に家を出ることはめったにないから、いつもどちらかがどちらかをこうして見送る。
それが一緒に住み始めた二人の毎日の習慣。

――そして、今日は蓮が見送られている。


「1ヶ月、か。」

鞄を手に玄関に立った蓮は、ぽつりと呟きながら、片手でキョーコの身体を自分へと引き寄せた。
今日から1ヶ月、今とりかかっている映画の撮影が海外で集中的に行われることになっている。
・・・1ヶ月。
ようやく想いが通じ、一緒に暮らし始めたばかりの今、1ヶ月もキョーコと離れて過ごすのは蓮にとって何よりも辛い。

「長いな・・・。」
片手で簡単に抱え込めるほど細身の肢体は、まるでそこにあるのが当然のように蓮の胸の中にすっぽりと隙間なくおさまった。
とたんにふわりと立ち上ったキョーコの香りを胸いっぱいに吸いこみ、蓮は満たされる幸せを噛みしめる。

「・・・はい。」
蓮の言葉に呼応するように聞こえてきた、淋しそうにくぐもった声。
幸せが淋しさへと切り替わり、どうしようもなく離れ難い気持ちが蓮の胸に押し寄せてくる。

思わず一度手にした鞄を足元に落とし、蓮は両手でぐっとキョーコを抱き締めた。
そのまま甘えるように細い首筋に顔を埋めれば、自分と同じ香りが鼻をくすぐり、再び幸せを感じてしまう。

「きりがないな。」
思わず呟いた言葉に、強く抱き締めた腕の中の身体が小さく身動ぎした。
「もう・・・行かないとダメ・・・です。」
絞り出された声。
「わかってる。でも・・・。」

あと少しだけ、の思いをどうしても消せない。

「毎日、電話するから。」
「はい。」
「メールもする。」
「はい。」
「できるだけ、早く終わるよう努力するから。」

そう言えば、キョーコがゆっくりと顔を上げた。
少し困ったような表情で、じっと蓮の瞳をみつめてくる。

「・・・嬉しいですけど、でも無理はなさらないでくださいね。それに、共演者の皆さんにも無理はさせないでくださいね。私なら・・・。」

大丈夫ですから、と続けられた最後の言葉は掠れたように薄いものだったけれど、蓮の耳にはそれがやけに強く残り、聞きわけのよさに苛立ちすら感じてしまう。

「何だか、俺ばっかり淋しがってるみたいだな。」
だからつい、音にならないほどの声で吐き捨てるように呟いた。

「お帰りの日は、私、オフの予定なので、美味しいものを作ってお待ちしてますね。」
それでも、何も聞こえなかったように続けられる言葉。

(タイムアウト、か・・・な。)
名残惜しさに胸を疼かせながら、蓮はゆっくりと身体を引き離した。

「・・・うん、ありがとう。楽しみにしてる。それを励みにがんばるよ。」

そう告げて、唇に軽くキスを落とす。
それはいつも通りの、行ってきますの挨拶。

「はい。」
素直に受けとめたキョーコのはにかんだ笑顔も、いつも通りのいってらっしゃいの挨拶。

「じゃあ・・・、行くね。」
向けられた笑顔を刻みつけるようにじっとみつめ、ようやく蓮が身体を反転させたそのとき。

とすんっ

突然、背中にぶつかるような重みと温もりを感じ、ドアを開けようとしていた蓮の手が止まった。

精一杯伸ばされた腕が、蓮の腰を震えながら包みこむ。
押し当てられた場所から、とくとくと早い鼓動が伝わってくる。

「蓮さん・・・。」
ひどく細い声が、蓮の鼓膜を揺らした。

「私も・・・。私だって、淋しいです。すごく、すごく淋しいです。淋しくないわけがないです。」
蚊の泣くような小さな声。
でもそれは、はっきりと蓮の耳に伝わった。

さらにもっと小さく、もっと微かに続いた「だから、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ、貯金させてください。」という言葉まで。

顔がみえないからこそ余計にまっすぐ伝わってくる、素直な愛情。
蓮の脳裏を電気が走ったように、甘い痺れが駆け抜ける。
はじかれるように振り向きかけた身体の動きを、けれどキョーコの両手が阻むように押さえこんだ。
縋るように希う声が響く。

「振り向かないで。もう・・・振り向いちゃ、ダメです。」

少しずつ、緩んでいく両腕。
少しずつ、離れていく温もり。

「このままドアを開けて出ていってくださいね。でないと・・・。」


((離れられなくなってしまうから。))


――シンクロする想い。


黙ってこくりとうなずくと、蓮はゆっくりドアに手をかけた。


たった1ヶ月。
されど1ヶ月。

ようやく重なって、共に歩み始めたばかりの2人の愛情は、どちらからの想いも超重量級。





Fin

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