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桜と雪と、貴方と月と 後編

頬が色づいているのは
・・・桜の薄紅色がただ映り込んだだけ。

焦ったように呼吸が乱れるのは
・・・雪が降るほど急に冷え込んだせい。

瞳が涙を浮かべたように潤んでいるのは
・・・月の光が差し込んでそう見せているだけ。

ぜんぶ、ただのまやかし。

桜と雪と月の魔法が、あらゆるものを惑わせる。


あなたも同じ。
ただ、惑わされ、迷わされて、視界をくゆらせているだけ。

だから。
だから・・・。

その気もないのに、やさしくしないで。
そのつもりもないのに、抱き締めないで。

もう・・・堪えきれないから。
もう・・・限界だから。



* * *



頬から伝わる温もりが、ものすごい勢いで心を突き抜け、涙腺を脅かす。
零れ落ちそうになった涙は、でも悲しいものではなくて、何かとてもやわらかでやさしい気持ちから溢れ出たものだった。
見知らぬ感情に覆い尽くされる感覚に・・・身体が震える。
でも、不快ではない。
むしろ、その逆。

それなのに・・・。


「ご、ごめん。」

うっすらと上向いた心を戒めるように返ってきた言葉。
温もっていたキョーコの身体を、冷水を浴びせられたような心地が襲う。

(どうして・・・謝るの?)

「謝らなくても・・・いいです。」
ひとときの温もりは去り、混乱する気持ちを抱えたキョーコは、そう返すのが精一杯だった。

戯れに踊らされて。
調子に乗って勘違いしかけて。

(バカみたい。)

心に冷気が吹き込み、全身を侵食していく。
それをどうにか振り払いたくて、キョーコはすっくと立ち上がった。

目の前の大木に近づけば、近づくほどに勢いを増していく花びらと雪片。
暮日の残り香に包まれ、どちらがどちらか触れなければ分からないほどに溶け込んだそれらが、幻のように舞い散り続ける。
その中に包まれながら・・・、

“桜なんて嫌い。”

そう嘯いてみた。

(でも・・・、自分のことはもっと嫌い。)

いつまでも、何とか敦賀さんのそばにいようとして。
もがいて、しがみついて、離れられなくて。
こんな私―――。

「見て下さい。ほら、雪が舞って花びらが舞って・・・すごくきれい。」

(さっさと散って。どんどん踏まれて。そしてそのまま朽ちてしまえばいい。)

空高く両手を突き上げながら、もう一度強くそう思う。
固く固く唇を噛みしめながら。


「桜もきれいだ。」

耳元で響く衣擦れの音とともに、思いもよらぬ近さから声がした。
同時に加わる両肩への重みに、自然と身体が逃げ腰になる。

「月も、きれい、です。」

どうにか返した言葉が終わるか終らないかの瞬間―――、

「・・・君も。」

吐息で耳を嬲るように言葉が耳を覆い、キョーコは蓮に抱き締められていた。

繰り返し見ていた夢の続きなのかと思った。
握りしめた手のひらに、役作りでつけていた付け爪が食い込んで痛い。
その痛みで、これが現実なのだとようやく悟る。

(・・・どういう・・・こと・・・?敦賀さんが、私を抱き締めてる・・・?)

強く強く、縛り付けるように抱き締められて、
「今・・・なんて?」
訳が分からぬまま、バカみたいに問い返してしまう。

「君も、きれいだ。」

(きれい・・・?)

混乱した頭に、その言葉は暗闇を照らすひと筋の光のように響いた。
その光は、振り切ったはずの心を、追いすがるように見つけ出し、その形を露わに照らす。
だから・・・。
キョーコはその光から顔を背けるようにしてひたすら唱えた。

(信じちゃダメ。そのまままともに受け取っちゃダメ。だってきっと・・・)

桜のせい
雪のせい
月明かりのせい

桜と雪と月の魔法が、きっと私をいつもとは違う姿に見せているんだろう。
3つの力が総出で敦賀さんの視界をくゆらせて、幻のように私を彩って見せているんだろう。

いつもより、ずっとずっときれいに。
ずっとずっと女らしく。
ずっとずっと大人に。

だからこれは・・・。

(今この瞬間だけのまやかし。)

けれどどんなにそう言い聞かせても、蓮の大きな身体に抱きこまれ、蕩けそうな温もりと眩暈がしそうな香りに包まれれば、違う気持ちでキョーコの胸は一杯になる。
だからこそ必死になった。

(敦賀さんはただ、こうやって恋の演技に落ち込んだ後輩を勇気づけようとしてくれているだけ。恋する気持ちを疑似的に味あわせようとでもしているだけ。でも・・・。)

でも・・・。

(まやかしでもいい。嘘でもいい。もし、敦賀さんが1人の女性として一度でも私のことを見てくれたというなら・・・。)

泣きそうに切ない心を抱え、キョーコは思う。

(私の恋はそれだけで、報われる。)


「きれいだと、そう言ったんだ。君が・・・最上さんが・・・すごく。すごく、きれいだと。」

耳元で重ねられた言葉と痛いほど抱かれた腕の感触が、キョーコの心にじわじわと沁みわたり、身体中を熱くした。
けれどその熱さが、逆にキョーコを冷静にさせる。

(・・・今だけ。)

花びららしきものが幾たびも、宙に浮いたキョーコの指先を掠め、そして留まることなく地に落ちていった。
その感触を確かめながら、キョーコは一度拳を握り締め、そして何かを決意したようにゆっくりと緩める。

「本当に?」
「本当に。」

気が付けば、怖いほど心が凪いでいた。

「ありがとうございます。」
凪いだ心が言葉を紡ぐ。
「その言葉だけで、私・・・。」

もう何もいらない。
もうよそ見はしない。

(私は・・・この人と肩を並べる女優になるためにがんばろう。ただ、その道をひたすらにがんばろう。)

蓮の期待に応えるために。
蓮の信頼を裏切らないために。
蓮の傍に・・・いるために。

自分ができることはそれしかないのだと。

キョーコは心に強く、そう思った。


*


その時遠くから、ADが叫ぶ声がした。

「そろそろ時間ですね。」

緩んだ腕からするりと抜けだし、そう告げる。
温もりは瞬く間に温度を失い、香りは空に散っていったけれど、感じた心の動悸だけはひどくはっきりと残っていた。
それは思い出として手元に残すのに十分な記憶。

「本番、楽しみにしていてくださいね。私、全力を尽くしますから。」

もう、大丈夫。
もう、きっと大丈夫。
この恋は十分報われたから。

だから、もう止まらない。
もう、迷ったりしない。

もう・・・。

「きっと、きっと、今日は敦賀さんにも負けないくらいの演技ができるって、そんな気がするんです。」

精一杯の微笑みを浮かべそう言うと、キョーコはぱっと踵を返した。
落ちていた缶を拾い上げる手は、もう震えていない。

目の前には、薄く伸びる月明かりが、やさしく道を照らしている。
細くともまっすぐに続くその道の先に新しい自分を夢見て、キョーコは一歩を踏み出した。
踏みしめる足元には無数の花びら。
感じるはずのないその感触を、一歩一歩確かめるように、キョーコは歩みを進める。
遠のいていく気配に僅かに心を残しながら・・・。



「最上さん!待って。」

そのとき、蓮の声が背中に突き刺さった。
切実な色を帯びたまっすぐな声。

(・・・無理です!)

そう思う心とは裏腹に、キョーコの足は歩みを止める。
足元の土がまるでぬかるんでいるかのようにずぶりと沈み、身体が重くはまりこんだように感じた。
そんなこと、あるはずないのに。

「聞いてほしいことがあるんだ。」

訴えかけるような声音が再び投げられ、遠ざかりかけていた震えが蘇る。

(聞きたくない。聞いちゃいけない。)

今すぐ耳を塞いで駆け出してしまいたいのに、できなかった。
足首を誰かに掴まれでもしたように、身体が動かない。

「どうしても、君に言いたいことがある。」


なにかとてつもなく恐ろしいことが起こりそうな、そんな予感がした。

不確かな未来に向き合うことは、常に心に恐れを抱かせる。
その先にあるものに心惹かれれば惹かれるほど恐れが強くなることを、キョーコは今知った。


*


濃厚な気配が背後から忍び寄る。
押しつぶされそうに甘い誘惑の香りが近づいてくる。

ふと視線を上に向ければ、薄紅色の桜の向こうに月が大きく顔を覗かせていた。
ぼんやりと霞む光は、悲壮な決意を覆すのに十分なほどのやさしさに満ちている。

期待と恐れと願いと未来と。
揺れ動く心が、それでも僅かに残された希望を掴みたいとどこかで願っているのを、キョーコはようやく認め始めていた。

(・・・やっぱりどうしたって無理なんだ。)

桜色の花びらが、地に落ちたあともその色を失うことがないように。
彼を想う気持ちは、消して色あせない。

雪の結晶が、どんなに細かい粒になっても美しい文様を描き続けるように。
彼を想う気持ちは、決して崩れることがない。

月光が、燦然と照る町灯りの中でもその光を揺るぎなく注ぎ続けるように。
彼を想う気持ちが、輝きを失うことはない。

この気持ちを、丸ごと別の感情に挿げ替えることなんてできない。

尊敬にも。
信頼にも。
崇拝にも。

もう、キョーコにはどうすることもできないのだ。


「・・・最上さん。」

縋るように名前を呼ぶ声が身体の戒めを解きほぐす。
耳に愛おしい、その声。

この声に従って振り向けば、きっと何もかもすべてが変わる。
はっきりとそう感じた。

それが自分の望む未来なのか、そうでないのか。
分からない。

でも・・・。
でも・・・。


歩みを止めたキョーコのつま先が、柔らかい土をぐっと踏みしめた。

(・・・この想い。)

ようやく取り戻したこの想いが請う願いを、一度だけでいいから叶えてあげたい。

――― 一度だけ。


ためらいながら。
戸惑いながら。
キョーコは、ゆっくりゆっくりその身体を傾けた。


蓮の言葉に応えるために。
自分の想いに向き合うために。



・・・残された時間はあと僅か。




Fin

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