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桜と雪と、貴方と月と 中編

許されると思った。

台詞に隠れて恋を語るのも
演技に紛れて愛を晒すのも
そうやって気持ちを吐き出してしまえば
いっそラクになるんじゃないかとさえ思った。

でも・・・。

そんなことなかった。
私の中にいつしか生まれ、どんどん育っていったこの想いは、それを許してくれなかった。
そんなに簡単にラクになれるはずがなかった。

どうして?

触れている箇所を通して流れ込んでくる温もりに、涙が零れ落ちそうになる。
だから、唇を噛んで必死に耐えた。


―――――あなたに、真実を見抜かれないように。



* * *



「探したよ。」


そう言われただけで、キョーコの胸にえもいわれぬ喜びが舞う。
「敦賀さん。私がいなくなったこと、気が付いてたんですか?」

だからつい答えてしまった。
振り向いて、まともにその人を見てしまった。

すぐに後悔したけれど、もう遅い。
まばゆいばかりの残照に照らされ、端正な顔立ちが余計に際立って見えて・・・キョーコは息を呑んだ。

「ああ、もちろん。」
即座に返ってきた言葉に、心臓が大きく跳ねる。

その何でもないたったひと言が自分の心に与える感情に、危うく全身を支配されそうになったのを、キョーコは必死に抑えた。
それなのに、向けられる視線はあまりに温かくて、やさしくて。
このままでは、抱え込んでいた気持ちがぜんぶ曝け出してしまうかもしれない、と怖くなる。

キョーコにはそれが耐えきれなくて。
そっと視線を外した。

「誰も気づいていないと思ったのに。」
感情を押し隠すようにそう呟きながら。


*


葉風立つ耳元を、聞こえるはずのない吐息が掠める。
オレンジ色の光に包まれた指先に、届くはずのない熱が伝わる。

たとえ一瞬でも、ひどく間近にあったそれが心に焼き付き過ぎて、逸らした視線の先で何度も反芻した。
噛み締めすぎた唇が痛い。

(いっそ、ここから逃げ出してしまいたい。)
心の底から、そう思った。

「役が抜けていなかった・・・せい?」

沈黙を破るように、穏やかな声が響く。
途端に、すっと気持ちが冷えた。

(そう・・・だよね。役が抜けていなかったせいとしか、思うはずがないよね。全部演技だと思われて、当然、よね。)

スキャンダルめいたことにはことさら厳しい人なのに、こんなに無防備にやさしく接してくれるのは・・・。
こうしてわざわざ追いかけてくれたのは・・・。
きっと大事な共演者だから。
心配してくれたのだって、きっと普段から可愛がってる同じ事務所の後輩だから。

―――ただそれだけ。全部・・・私の中にある気持ちを知らないから出来ること。

視線を遠く外したまま、キョーコは強くそう思う。

(私がこんな想いを抱いているなんて、敦賀さんはきっと夢にも思ってない。だから安心しきっているんだわ。)

それはキョーコにとっても、安堵する現実のはず。
それなのに・・・。

決して知られたくない想いでも、何の迷いもなく切り捨てられると、何だかひどく淋しくなる。
いつまでも、愛を否定し続ける自分のままだと、そう思われている事実に不思議と哀しくなる。
自分の中を渦巻く矛盾した感情。

(もうっ、もうっ!私ったら何を考えているの!何を思っているの!)

こんなの恋愛にうつつをぬかしてるバカ女そのものじゃない、と自分で自分に憤る。
演技の道に生きると断言しておきながら、今さら恋愛にうつつを抜かしていると知られたら・・・。

(きっとあきれられる。軽蔑される。失望される。)

それだけは耐えられなかった。


「そう・・・ですね。そう・・・かも。なんだか気持が落ち着かなくて。勝手をして、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
耐えがたい気持ちを投げ捨てるように、少し自棄に呟いた。

「迷惑だなんて、そんなことはないのに。」
(・・・うそ。)
「君のことで俺が迷惑に感じることなんて・・・何もない。」
(うそ、うそ、うそ。)

心の中で否定を繰り返しながら、それとは裏腹の言葉が口をついて出る。
期待とも希望ともつかぬほんの小さな想いとともに。

「本当、ですか?」
「本当に、ない。」

揺れる気持ちにやさしい言葉は、辛い想いを加速させるだけ。
わかっていても、それでも喜びが身を走る。

(・・・どこまでも、出来た人。欲しい言葉をこうして簡単に放ってよこす。その気も・・・ないくせに。)

向けられたやさしさが、憎かった。
心のない言葉に、一喜一憂してしまう自分が悔しかった。

頬を掠める風が、なぜかさっきよりずっと冷たく感じた。


「それにしても、熱演だったね。役柄をしっかり掴んでいて、びっくりしたよ。1話限りの出演なんてもったいない、そう思うくらいだった。本番も、君の演技を楽しみにしてる。」

(熱演・・・か。)

蓮がさらりと発した言葉が、さらに心に突き刺さる。
次第に赤みを増していく陽光を背に受けて、まぶしそうに目を細め何度も瞬きしながら、向けられる笑顔。
逆光で自分の表情が相手によく見えていないのをいいことに、キョーコは黙ってその顔を見つめた。
欲しくて欲しくてたまらない、けれど決して手に入れることのできないその姿を。

愛しくて。
憎くて。
憎くて。
でも、やっぱり愛しくて。

「あんなの・・・演技じゃないです。」

つい本音が出た。

「そんなことない。いい演技だったと思うよ。」

(ほらね。やっぱり。)

私を見つめるその視線は、いつだって、“演技”といフィルターを通したものなんだ。
勘違いしちゃいけない。
どんなにやさしくされても。
どんなに親しくされても。
どんなに心が近づいたと思っても。

(・・・全部私にとっては、まやかしに過ぎないのだから。)


だから――――。
笑うしかなかった。


* * *


ひらひらと
ひらひらと

開いた弁当箱の上にまで、次々と舞い降りていく薄紅色の欠片たち。

暮れた日差しの中、作りモノの紙吹雪のように散らばるそれは、キョーコにとって自分の想いそのもののようだった。
蓮からやさしい言葉をかけられるたび、それが自分の求めるものではないと感じるたび、傷つき、ばらばらと切り刻まれていく恋心。

この恋がどういう形で幕を閉じるのか自分でもよくわからないけれど・・・。

(それでもやっぱり・・・。私はその時が来るまで、この人のそばにいたい。)

蓮が放つ気配ひとつに安易に心揺らされる自分をひしひしと感じながら、キョーコは思う。

隣から伝わる温もりは、渡されたコーヒーの温かさに似てやさしくて。
でももっと切なく、もっと幸せで、そして痛いほど苦しい。


「花びらが・・・。」

気配がふいに濃度を増し、え?と思ったときにはもう、蓮の手が伸びてきていた。
瞼を掠める指先の感触が、心を強く震わせる。
ただそれだけで、なぜか目の前が滲んできて、キョーコは慌てて宙を見た。
視界に映ったのは、花びらに交じって、天から舞い落ちる白い断片。

「風花ですね・・・。」
呟いたとたん、息を呑んだ。

蓮の大きな手のひらが突然ふわりと自分の頬を包み込んだから。

(どうし・・・て?)

指先から力が抜け、持っていた缶がからんと地面に落ちていく。
頬の、触れている箇所を通して流れ込んでくる温もりに、つい涙が零れ落ちそうになり、浮かんだ気持ちそのままに唇が動いた。
身体が、縛られたように動かない。
それでも、真意を確かめたくて・・・。

「敦賀・・・さん?」

やっとの思いで名前を呼んだ。
心の奥のずっと奥で、さもしい期待がゆっくりと身を起こす。
掠れて、震えの止まらない声が、まるで自分のものではないように、遠くに聞こえた。





(後編に続く)

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