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桜と雪と、貴方と月と 前編

雪と桜と、月夜と君と」 のsideキョーコになります。


北国へ向かう早朝の飛行機は、思った以上に空いていた。
フライト時間はごく僅か。
とはいえがらんとした機内は、前も後ろも右も左もほとんど人影がなく、思いきり気が緩む。
ぽつんと座席についたキョーコは、ふうと大きく息をつき、外へと目を向けた。

小さく仕切られた窓から見えるのは、どこまでも青く広がる澄み切った空。
その下には、山々が幾重にも連なり、山頂に残る雪が、時折光を反射し、白く目に突き刺さる。

(綺麗すぎて、何だか怖いくらい。)

頭に浮かんだ感想が、いつも蓮を見たとき感じるものに重なることに気付き、ついくすりと笑いが零れた。

(もうすぐ会える・・・。)

そう思うだけで何だか心が浮き立ってくる。
でもそれは決して表に出してはいけない感情で・・・。
必死に心の奥に押し込めようとするけれど。
そうすればするほど、期待とも恐れともつかぬ矛盾した感情が胸の奥からどんどんせり上がってきて、思わずこつんと窓に額をあてた。
そのままじっとしていると、ガラスを通して驚くほどの冷気が伝わってくる。
その冷たさが、言いしれぬ感情に湧く自分の頭を冷やしてくれるような気がして。

キョーコは思い切りぺたんと、窓におでこを張り付けた。



* * *



「さむっ!」

空港から一歩外に出れば、東京の暖かさが嘘のように、突き刺すような冷気がキョーコを襲った。
慌てて上着を羽織り、タクシーを捕まえる。
仕事の関係でキョーコは後から合流することになったけれど、主要キャストの撮影はもうはじまっている。
とにかく1分でも早く現場へ、そう気持ちが急いていた。

窓の外を流れる景色のところどころに、薄紅色に染まっている箇所が見えてほっとする。
どうやら、先週は今日よりずっと暖かい日が続いていたらしい。
だから、今はこんなに寒くても桜はもうすっかり開花しているんだと、タクシーの運転手が教えてくれた。

おしゃべりな運転手は、そのまま途切れなく世間話を続ける。
その話にぼんやりと耳を傾けながら、キョーコはこのあと演じなければならないシーンに思いを馳せていた。


*


『敦賀蓮主演ドラマ第4話へのゲスト出演。演じるのは主人公の学生時代の後輩役』

その依頼が届いたとき、キョーコは一も二もなく飛びついた。
久し振りの蓮との共演。
女優として伸び盛りのキョーコにとって、その演技を間近で見られることは何よりも勉強になり、得るものは大きい。

(それに・・・)

胸の奥が熱く震える。
震えているのは、一度自覚してしまえば、あとは加速するだけだったこの想い。
それが、蓮に会えると思うだけで、一段と強く熱を持つのが、自分でもよくわかった。

(でも・・・絶対に隠し通してみせる。)

でないときっと、今までみたいに傍にいることすらできなくなってしまうから。
会えなくなるくらいなら。
傍にいられなくなるくらいなら。
それならずっと物わかりのいい可愛い後輩のふりを続けよう。

閉じ込めた想いが飛び出そうともがくたび、キョーコは強くそう思う。

(自分の心に嘘をつくなんて、簡単。)

そう嘯いてみせながら。

(もう一度箱に納めて、心の奥底深くに埋めてしまえばいい。敦賀さんを見るたび高鳴る胸も。震える心も。ぜんぶ、ぜんぶ・・・。)。

唇を噛みしめながらそう思うのは、もう何度目になるだろう。

(でも・・・。)

絶対に誰にも言えない。
だからこそ心のどこかに、人知れず取り戻したこの感情をそっと大切に守っていきたい気持ちがはっきりとあった。


―――どんなにそれが難しくても。


*


「まさかこんな役だったなんて・・・。」

台本を読んですぐ、後悔した。
想うだけならいいはず、なんて自分を甘やかしたつけがきたんだと思った。

思っていた以上に、蓮との絡みの多い役。
いや、それはいい。
問題は・・・。

ラストシーンのセリフとト書きが、キョーコの心にずしりと重くのしかかっていた。


<シーン24> 
月に照らされた夜の桜並木。まっすぐに続く薄暗い道を、立ち去ろうとする祐一の後ろ姿。

沙 織 「好き、です。初めて会ったときからすっと好きだったんです。」

背後から彼を呼びとめる沙織の声。
その声に祐一、振り向く。
駆け寄った沙織がその前に立つ。

沙 織 「ただの後輩としか思われていないのはよくわかっています。でも・・・。」
祐 一 「・・・ごめん。でも、俺は君の気持ちに応えることはできない。」

沙織、祐一に勢いよく抱き付く。
しっかりと抱き付き、思いつめた顔で祐一を見上げる沙織。

沙 織 「言わないで。」

沙織の身体を押しのけようとする祐一。が、沙織は離れない。

祐 一 「俺にはもう心に決めた人がいるんだ。今も、そしてこれからも、俺は彼女以外考えられない。」

沈黙。首を振っていた沙織の動きがゆっくりと止まる。

祐 一 「せめて、君にもそんな相手が現れるよう祈っているよ。」

沙織の身体を押し戻し、再び背を向ける。祐一。再び沈黙。
祐 一 「じゃあ・・・さよなら。」


(これを・・・私が演じる・・・。)

それは今の自分自身を重ねずにいられないシーン。

(ただの後輩役だと思っていたのに・・・)

蓮に気持ちを告白する。
現実では、天地がひっくりかえっても有り得ない、出来るはずのないこと。
それを、当の本人を相手に“演じ”なければならない。
真実を演技に隠したまま。

それがどんなに辛くて。残酷で。苦しいことか。
読んだ瞬間に分かった。
それでも、今さらやめるともいえない。

かつて、クーに言われた言葉がふと頭を過る。
『本物の役者になるためにお前に一番必要なのは、“芝居の中で生きる喜び”を知ることだ。』

(芝居の中で生きる喜び・・・。)

自分ではない別の人生だと割り切ることができたならよかった。
でも、そこに逸らせない現実が重なってしまったら・・・。

(沙織の喜びも、沙織の悲しみも、沙織の辛さも、それに沙織の恋も、今の私にはよく分かる。でも・・・。)
キョーコは大きくため息をつく。
(私は・・・ちゃんと“別人”になれるんだろうか。沙織に、なれるんだろうか・・・。)

それでも、心を決めるしか、なかった。



到着してまず全員にいつも通りの丁寧な挨拶をすませると、キョーコはすぐ撮影の準備に入った。
だから、蓮と余計な話はまったくしていない。
いや、できなかった。
言葉を交わせば、その分だけ“沙織”と自分の境界線がみえなくなっていきそうで、無意識に身体が避けていたのかもしれない。

本番は、日没後。
しかし、それは月の出との関係上ほぼ一発撮りになるため、その前に入念なリハーサルが行われる予定になっている。


「それでは第4話ラストシーンのカメリハ行きます。敦賀さん、京子さんスタンバイお願いします。」

声がかかると同時に、キョーコは数メートル先に立つ蓮の後ろ姿をまっすぐに見つめた。
空はすでに夕暮れの空気を纏い、うっすら赤みがかった日差しが蓮の広い背を柔らかく照らす。
するとそこだけ、不思議なほどくっきりとくりぬかれたように際立って見えた。

(大きい・・・背中。そして、なんて存在感・・・。)

さわさわと吹く風に、シャツの裾がわずかにふくらみ、それが今度は逆に身体へ張り付いていく。
引きしまった筋肉に象られた肢体がふっと露わになり、視線のすべてが吸い寄せられた。
演技、ではなく。
キョーコ、自身が。

(ダメ・・・。あれは敦賀さんじゃない・・・。祐一先輩・・・せん・・・ぱい。)

慌てて何度も自分に言い聞かせる。
そうでなければ、沙織の心にキョーコ自身が紛れこんでしまいそうだったから。
それでも、性懲りもなく昂る感情を押し流すように、風がサアーっとキョーコを包んだ。
舞い立つ砂ぼこりに思わずぎゅっと目を瞑る。

――――瞼に残る残像が消えない。

(こわい。)

本気でそう思った。
でもそれが、単に蓮の相手役を演じることへの恐怖なのか、それとも蓮への想いが加速し続けること自体への恐怖なのか、明確な理由は自分でもよくわからなかった。


「スタート!」

その時、かけ声が響いた。
ぱっと目を開けば、ちらちらと舞い落ちる花びらに紛れ、先ほど何ら変わらぬ風情で佇む蓮の背が見える。

(私は・・・沙織。・・・沙織。)
自分に言い聞かせるように小さくそう呟いたあと、キョーコはセリフを言うために大きく口を開いた。


* * *


「はい、カット!リハOKです。」

掛かった声に、全身の力が抜け落ちる。
演じ切った、という気持ちからとは違う。
なにかもっと別な脱力感。

(今、私は沙織になれていたの?それとも・・・。)

自分でもよくわからない。
ただ・・・。
好きです、とそのセリフを口にした瞬間に胸を貫いた鋭い痛みばかりが今も強く残っていた。

この痛みは、沙織を演じきった名残なのだと、必死に自分を説き伏せる。
でも・・・。
そうすればするほど、喉の奥に刺さって抜けなくなった魚の小骨のように、ちりちりと燻ぶる想いが心を詰まらせた。

(わかっていたのに。)

現実では決して口にしないと誓ったはずのその言葉を。
たとえ演技でも、口に出したら自分がどうなるのか。

(わかっていたはずなのに。)

それでも。
・・・それでも。

気がつけば気持ちを重ねずにいられなかった。

心に残る痛みとともに、掌に、両腕に、頬に残る、蓮にしがみついたときの感覚がどうしても離れない。
薄いシャツ越しに感じた蓮の体温を思うだけで、心臓が激しく脈を打つ。

そのすべてを振り払いたくて、休憩の合図を聞いた瞬間、キョーコはその場から逃げ出した。


* * *


風が吹くたびにハサハサと枝が揺れ、桜の大木から薄紅色の花びらが舞い落ちる。
その様を眺めていると、なぜかひどく底冷えのする寒さを身体に感じ、キョーコは両手で肩を抱き締めた、

(どうしよう・・・。)

震えながら、不安を自分に投げかける。

(あれは、演技なんかじゃない。)

好きだと、口にした瞬間に噴き出した堪えきれぬ感情。
しがみついた瞬間に込み上げた抑えようのない感覚。

(演技なんかできてない・・・。)

いっしょにいるだけじゃ満足できない。
そばにいるだけじゃ我慢できない。

(あれは、私自身の本当の気持ち。敦賀さんを見ているだけで・・・。)

もっともっと、近い場所に行きたくなる。
もっともっと、自分だけをみてほしくなる。
もっともっと、向けられる笑顔をひとり占めしたくなる。
もっともっと、もっともっと・・・。

(ショータローのときはこんなじゃなかったのに。)

ちゃんと、見て見ぬふりもできた。
ちゃんと、気持ちをセーブすることもできた。
ちゃんと、幸せな感情だけに目を向けていられた。
ちゃんと、ちゃんと・・・。

それなのに―――。

(敦賀さんだと、それができない。)

締めつける想いに、強く肩を抱き締めた。

(こんなにも自分が、欲深で、貪欲で、我儘で、さもしいなんて・・・・・・知りたくなかった。)

恋しい気持ちとともに噴き出すドロドロとした感情に、キョーコの心はいいように振り回されてしまう。

(どうすればいいの?どうしたら、ラクになれるの?)

次々と花びらを落とす大木をぼんやりと眺めながら、キョーコはくっと唇を噛みしめる。
見れば、ゆらゆらとあちこちで揺れる散りかけの花々。
その一枚が、すっと目の前を通り過ぎていくのが視界に映り、キョーコの心に残酷な気持ちが過る。

(いつまでも、大木にしがみついていないで、潔くさっさと何もかも散ってしまえばいいのに。)

さっさと散って。
踏みしだかれて。
そのまま、朽ちてしまえばいい。

自分の恋もそうなればいいと思った。
そうなってほしいと願った。


だから・・・。

風よ吹け、と祈る。

強く強く。
もっと強く吹いて。
すべて散らしてしまえ。と。

そうして、この風と一緒に私の恋も吹き散らしてしまおうと。
ひたすらにそう思った。


―――そのとき。



「こんなところにいたんだね。」

聞こえるはずのない声が耳に届き、キョーコはびくりと肩を震わせた。





中編に続く)

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