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雪と桜と、月夜と君と 後編

「桜が残っていてよかったね。」

ひとしきり2人で笑い声を上げた後、ふと宙を見上げ、蓮はそう口にした。
「今年は誰かと、お花見したの?」

不意の問いかけにキョーコは少し首を傾げる。
「そういえば、改めてのお花見はしていないかも。今年の東京は、咲くのも散るのも早かったですしね。」
「そう。俺もゆっくり桜を見るのは、今年は今日が初めてなんだ。」


本当は、桜を見る相手はキョーコと心に決めている。
去年も、一昨年も、その前も、理由をつけて、彼女を連れ出した。
そのたびに・・・いつも飲みこんでいた言葉。

『来年も再来年もその先も、ずっと桜をいっしょに見てくれる?こうしてずっと、傍にいてくれる?』

その言葉を今日も胸に繰り返す。
待つことに慣れた心には、はっきりとした答えをもたらす疑問は、投げることすら怖くて。
声には決して出せぬまま。
頭の中を、同じ言葉が何度も行き交った。

(まだ早い。きっと彼女の心はまだ固く凍りついたままだから。だからきっと・・・、まだ早い。)

そんな自分への言い訳とともに。



* * *



ふわり。

どこかぎこちない会話を繰り返す2人の間を、ぼんやりと柔く冷たい風が通りぬけた。
月は―――まだ低い。


「はい、これ。まだ少しあったかいよ。」

できるだけ冷めないようコートのポケットに入れていたお茶を、蓮はキョーコに向かって差し出した。
僅かな間を置き、キョーコが1歩、歩み寄る。
ようやく蓮の目にキョーコの表情がはっきりと映った。

「本当・・・あったかい。こうすると、すごく温まりますね。」

受け取った缶をそっと頬に当て、ありがとうございますの言葉とともに、キョーコはくしゃりと微笑んだ。
それはやっぱりいつもどおりの屈託のない笑顔で。
蓮はほっと息をつく。
力の抜けた耳に、寒さのせいかてっぺんがほんのり紅く染まった鼻が微かにスンと鳴るのが聞こえた。

その音にくすりと笑い、
「これからますます暗くなるのに、こんなところに1人でいるのはよくないよ。危ないし、それに寒い。心配だから・・・俺もいっしょにここにいるよ。」
蓮は、そう声をかけた。

「あと、お弁当ももらってきた。よかったらいっしょにどう?」

持っていた包みを掲げて見せながらそう言えば、すぐに、はい、ぜひ、と返事が返る。
だから2人、桜の古木に隠れるように置かれていた古びたベンチに並んで腰掛け、弁当を開いた。

「2人きりのお花見、ですね。」
「うん。2人きりの、お花見だ。」

微笑みあい、他愛ない会話を繰り返し、箸が進む。

「それにしても、お弁当が君の手作りじゃないのは、残念だったな。」
こうして過ごせるのが嬉しくて明るい口調でそう言えば、キョーコも揃えるように明るく笑い返す。
「嬉しい、です。いっしょにお花見ができるのも。私のお弁当じゃなくて残念って言ってくださるのも。」
「本当に、君のお弁当を食べられないのは何よりも心残りだよ。でも・・・」

君がこうして隣にいるだけで俺は満足だよ、と言いかけた言葉が、突然吹き下りた強い風に呑まれた。

いくつもの、いくつもの、言いかけて呑みこんだ言葉をのせて、冬の忘れ物のように冷たい風がぴゅうと唸りを上げながら、2人の隙間を掠めて抜ける。

その風に吹かれ―――、

ひらひらと
ひらひらと

耐えかねたように花びらが枝から手を離し、次々と2人の頭上に降り注いでいった。

いつのまにかすっかり暮れて、残照だけになった夕闇の中。
一層白く強調された1枚が、キョーコの睫毛に舞い落ちようとしているのを見て、蓮はそっと手を伸ばした。

「花びらが・・・。」
けれど、触れたと思った瞬間にそれはシュンと姿を消し、指先が瞼を浚った。

「え?雪?」
呟いた蓮の言葉に、キョーコが空に目を向ける。

「風花・・・ですね。」

伸ばした指の隙間から覗く、キョーコの頬の赤さと、吐き出した息の白さにハッとして、蓮は思わずそのまま掌でキョーコの頬を包みこんだ。

からん

キョーコの手にあった空き缶が、足元に転がり落ちていく。


(どうし・・・て?)

キョーコの唇が微かにそう動いた。


*


闇はいよいよ迫り、半端な町灯りが、桜を薄く照らす。
その下で、2人は時間が止まったように動けずにいた。


「敦賀・・・さん?」

やがて掠れるほど震える声で名前を呼ばれ、蓮はようやく自分のしたことを知った。

「ご、ごめん。」

目を丸くしてこちらを覗く大きな瞳に映し出された自分の姿に、慌てて手を離すけれど、動揺の色を隠せない。
口をついて出たのは、ただ謝罪の言葉だけだった。

「謝らなくても・・・いいです。」

そう言われ困ったように目を泳がせる蓮。
そんな蓮の様子を、ほんの少しの間伺っていたかと思うと、キョーコはすっと立ち上がり、桜の木へと足を向けた。

上りはじめた月が放つ青白い光が、キョーコの身体を包み込む。
再び風が柔らかく通り過ぎ、氷の花弁と花の欠片が入り混じり、空を舞った。
その中で、キョーコが月明かりに照らされた横顔を空に向ける。

「・・・すごい。」

天に向けて、祈るように差し出された両手。
月明かりに照らされたその姿があまりにも儚げで、消えてしまいそうに悲しげで、蓮は思わず後を追って立ち上がる。
なぜかはわからないけれど、取り返しのないことをしたような、そんな気持ちにかられながら。

「見て下さい。ほら、雪が舞って花びらが舞って・・・すごくきれい。」

蓮に話しかけているはずなのに、キョーコは蓮を見ようとしない。
それが無性に怖かった。


お願いだから・・・

雪のように消えないで
桜のように散らないで
月のように時に姿を隠すこともなく

(ただずっと傍にいてほしいんだ。)

たったそれだけの言葉すら言えなくて。
音にならずに零れ出た吐息ばかりが空を切る。

それでも・・・。
せめてそこに、確かにキョーコがいることを確かめたくて、蓮はほっそりとした肩に手を伸ばし、そっと上着をかけようとした。

「桜もきれいだ。」

が、キョーコは、蓮の手から逃れるようにするりと身をかわす。

「月も、きれい、です。」

すぐに追いつき、蓮はその肩を今度こそしっかりと両手で捕えた。

「・・・君も。」

ようやく捕まえたか細い肩をジャケットでしっかりと包み、そのまま後ろから抱え込む。

「え?」

「君も、きれいだ。」


抱き締めた身体は、思うよりずっとずっと細くて華奢で折れそうで。
いつの間にか、キョーコがすっかり、少女から女性へと姿を変えていたことを今さらのように気付かされた。

「今・・・なんて?」

振り向きざまに問いかける視線が怖いくらい真剣で、その真剣な表情があまりにも美しすぎて、蓮は思わず息を呑む。

「きれいだと、そう言ったんだ。君が・・・最上さんが・・・すごく。すごく、きれいだと。」

「本当に?」
「本当に。」

絞り出すように言葉を発した蓮に、キョーコはにっこりと微笑んでみせた。

「ありがとうございます。」

(・・・え?)

いつかのように話をそらされることもなく、キョーコが素直に言葉を受け入れたことに、蓮は驚き、そして恐怖した。

(どうして?)

動揺するでもなく、当惑するでもなく、混乱するでもなく。
達観したように静まり返った瞳にじっと見つめられ、蓮の身体が戦慄き、硬直する。

(まさか・・・もしかして・・・)

目の前のキョーコが、完成された1人の女性のように、ひどく大人びて見えて。
蓮は茫然とキョーコを見つめていた。


「その言葉だけで、私・・・。」




その時遠くから、ADが叫ぶ声がした。

「そろそろ時間ですね。」

ハッとして緩んだ腕から身を捩るように抜け出すと、キョーコは薄く微笑みながらそう言った。

(君は・・・今何を言おうとしていた?)

「本番、楽しみにしていてくださいね。私、全力を尽くしますから。」
蓮に何も問わせないように、キョーコは切れ間なく言葉を続ける。

「きっと、きっと、今日は敦賀さんにも負けないくらいの演技ができるって、そんな気がするんです。」
そうして落ちていた空き缶を拾い上げ、弁当の空箱を手に取ると、キョーコはふりむきもせず歩き始めた。


その背に向かって、呼び止めるように蓮の手が伸びる。

広い手の甲に花びらが落ち、存在を主張するように揺れた。
月明かりが、そのひとひらを明るく照らす。

ゆるゆると躊躇うように指先が彷徨い、そして諦めたように握られる。
と、同時に、甲にあった花びらがひらひらと滑り落ちていった。

光から外れ、暗がりに溶けるように吸い込まれていくソレ。


・・・と、突然。

握られた拳が勢いよく振り払われ、その場に透明感のある迷いのない声が響いた。

「最上さん!待って。」


雪片に。
桜花に。
宵闇に。

紛れて消えようとしていた背中がびくりと反応し、歩みを止める。
動かない背中。


「聞いてほしいことがあるんだ。」

いつの間にかずいぶん高い位置まで上った月が白く輝きを増し、2人を見守るように冴え冴えと照らす。

「どうしても、君に言いたいことがある。」



残された時間はあと僅か。





fin

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