スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雪と桜と、月夜と君と 前編

満開を過ぎようとする、桜並木の片隅。

木々の間から差し込むオレンジ色の光を浴びて、細く長く影が伸びる。
その影に重ねるように足を踏み出し、蓮は目の前に佇む華奢な背中にそっと声をかけた。

「こんなところにいたんだね。探したよ。」
ぴくりと肩が震えたかと思うと、肩まで伸びた茶色い髪を振り払うように、小さな頭が振り返る。

「敦賀さん・・・。私がいなくなったこと、気が付いてたんですか?」
数歩先で揺れる少し驚いた表情に、蓮は包み込むような柔らかい笑顔を向けた。
「ああ、もちろん。」

いつだって君のことばかり、気になっているから・・・そう続けたかったけれど、はっきり口にするのはさすがに躊躇われて。
ただ、まなざしばかりに気持ちを込めた。



* * *



天候の移り変わりが激しい北の国での撮影は、ずいぶん早い時間から始まった。

いつになく桜の開花が早かった今年。
都内の桜はもうすっかり散ってしまい、桜並木の下での撮影、そのためだけにこの地でのロケが決まった。
久し振りの共演。
たとえそれがほんの数シーンに過ぎなくても、こうして一緒にいられる時間を与えられたことに、蓮は何よりの幸せを感じる。

「こんな役じゃなければ、もっとよかったのに・・・。」
つい愚痴りたくなるのは、与えられた役回りがあまりに演じにくいものだから。

今回キョーコは、蓮が新進弁護士役で主演する1話完結型の連続ドラマに、1話限りのゲスト出演をすることになった。
演じるのは、主人公の学生時代の後輩。
ある事件の関係者として登場し、憧れていた先輩と行動するうちに再燃した想いを、事件解決後に告白する。
もっともその恋は実ることなく、最後は蓮の演じる弁護士にあっさり振られて去っていく。
ヒロインとの恋模様に彩りを添えるための狂言回し的なその役に、台本を読んだ蓮は思わず嘆息した。

「好き、です。初めて会ったときからすっと好きだったんです・・・。ただの後輩としか思われていないのはよくわかっています。でも・・・。」

ラストシーンのセリフをキョーコがどんな風に演じるのか、正直少し怖かった。
相変わらず先輩後輩から抜け出せない今の自分たちと、どこか重なる2人の立場。
それなのに、目の前でこんなセリフを吐かれたら、自分はつい現実をそこに重ねてしまいやしないか。
そんなことないと言い切れる自信がまったくなかった。


*


「第4話ラストシーンのカメリハ行きます。敦賀さん、京子さんスタンバイお願いします。」

ADの掛け声に従い、2人は指示された立ち位置をとる。
「スタート!」
桜並木の下、立ち去っていく蓮を呼び止めるキョーコ。
振り向いた蓮に向かって、台本通りのセリフが発せられる。

切なげに。
苦しげに。
想いを込めて。
最初からすべてをあきらめている、でも抑えきれない、そんな表情とともに吐き出されるセリフ。
切々と捧げられる言葉に、蓮の役はやさしくそして冷たい言葉を返さなければならない。

「・・・ごめん。でも、俺は君の気持ちに応えることはできない。」
その瞬間、蓮の元へ走り寄り、腰にしがみつくように縋りつくキョーコ。

薄手のシャツ越しに、身体の震えと染み出す涙を感じ、役の中の素の蓮がひどく動揺する。
まだリハーサルだというのに。
これは演技だと、自分に言い聞かせなければ、思わず抱き寄せてしまいそうになる。
それほど、迫真の演技だった。

「俺にはもう心に決めた人がいるんだ。今も、そしてこれからも、俺は彼女以外考えられない。」

決められたセリフ。
決められた演技。
続ければ、腰に回した腕にさらに一層力がこもり、いやいやと首を振り続けるキョーコがゆっくりと顔を上げる。

(最上さん・・・。)

まっすぐに自分をみつめる視線のどこかに、“キョーコ”を感じて。
だからこそ、希うような視線が胸に痛すぎて。
演技だと頭では分かっていても、蓮は危うく水粒の光る眦に手を伸ばしそうになった。

「せめて、君にもそんな相手が現れるよう祈っているよ。」

それでも、くっと自制を取り戻し、役を自分に貼りつける。
本当は、たとえ演技でも口にしたくないセリフを言うために。

「じゃあ・・・さよなら。」

抱き締めたいほどに震える肩を強く押し戻し、蓮は縋る身体に背を向けた。
背後から聞こえる嗚咽が、食い込むように蓮の心を締めつけた。

「はい、カット!リハOKです。」
掛かった声に、ほっとする。
役が離れ、現実が蘇れば、すぐにキョーコのことが気になった。

(最上さんは?)

振り向けば、キョーコはまだ俯き加減で放心したように立ち尽くしている。
すぐに近寄って言葉を交わしたいと思った。
さっさと役を捨て去って、いつも通りの2人に戻りたい。

(いつも通り・・・?)

それでいいのかと、ふと思う。
いつも通りの先輩後輩で、それで自分は本当にいいのか、と。

さっきまでキョーコの両腕に抱き締められ温められていた腰の辺りがひどく軽く冷たく感じ、思わずその場所を手で探った。


*


「それじゃあ、本番は月待ちになります。2時間ほど休憩になりますので、みなさんその間に夕食を摂って下さい。お弁当とお茶が用意してありますので、あちらで受け取って下さい。」

蓮の思考を断ち切るようにADの声が響いた。

予想外に長くなった待ち時間。
その間に食事を摂ることになるならなおさら、その時間をどうしても共に過ごしたくて、蓮はキョーコに声をかけようとした。

「あ、敦賀さん、ちょっといいですか。」
そんなときに限って、監督が蓮を呼ぶ。
頼りになるはずの社は、席を外してここにはいない。
そしてようやく話が終わったとき、キョーコの姿はもうどこにもなかった。

ただ、“京子”に用意された弁当とお茶だけが残されていて。
ひどく心配になり、蓮は2人分のお弁当とお茶を手に、キョーコが行きそうな場所を探して必死に歩き回った。

(最上さん・・・。)

どうしても今、顔がみたい。
どうしても今、声を聞きたい。
そうしないと後悔する気がする。

さっきの演技の残り香か。
自分でも不思議なほど強く、そんな気持ちに支配されていた。



* * *



「誰も気づいていないと思ったのに。」
困ったように俯いたキョーコがぽつりと零した。


オレンジ色をしていた光は分刻みで赤みを増し、次第に燃えるような茜色に変わる。
そうして斜めに差し込んでくる光は、2人が向き合った僅かな間にもどんどん、どんどん色濃く周囲を満たし、強く影を落としていった。

北国の日没は、想像するよりずっと早い。
忍び寄る夜の気配に溶け、間近にあるはずの相手の表情すら霞んで消えそうに思えた。

「役が抜けていなかった・・・せい?」
何も言わず、姿を消したのは?
さりげない口調でそう問いかける蓮に、キョーコは少し遠い目をして答えた。

「そう、ですね。そうかも。なんだか気持が落ち着かなくて・・・。勝手をして、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

不自然なほど丁寧なお辞儀。
少し他人行儀な口調。
なぜか逸らされる視線。

そのうえ、ひと言ひと言、噛み締めるように答える姿は、なぜかひどく苦しげで。
こんな風に追いかけたのは間違いだったのかと、不安になる。
だから・・・。

「迷惑だなんて、そんなことはないのに。」
「でも・・・」
「君のことで俺が迷惑に感じることなんて・・・何もない。」

せめて彼女の懸念を晴らしたくてそう言った。
すると、言葉の端に滲む蓮の不安を読み取ったかのように、すぐにキョーコは満面の微笑みを浮かべて見せるから、

「本当、ですか?」
「本当に、ない。」

いつものキョーコとは少し違うそんな態度も、きっとさっき演じた役のせいだったんだと、蓮は思う。
そういう役だったせいだ、それがまだ彼女の中に残っているんだ、と。

だから――――言った。

「それにしても、熱演だったね。役柄をしっかり掴んでいて、びっくりしたよ。1話限りの出演なんてもったいない、そう思うくらいだった。本番も、君の演技を楽しみにしてる。」

褒めているつもりだったのに、返事がない。

さっきの演技に納得がいかなかったのか?
それともなにか違う理由でも?

思わずまじまじとキョーコを見たけれど、どんどん傾きを増す夕暮れの逆光が眩しすぎて、表情が窺えない。
それがもどかしくてならなかった。

やがてその輪郭から、
「あんなの・・・演技じゃないです。」
ぽつりと言葉が漏れ落ちた。

「そんなことない。いい演技だったと思うよ。」
元気づけたくて、会話を続ける。

「そう、ですか?敦賀さんにはそう見えましたか?」
「ああ、迫真の演技だと思った。本当に上手くなったね。思わず俺も、引き摺られそうになったくらい。」
「引き摺られる?」
「うん。危うく・・・」

危うく君を、衝動のまま本気で抱き締めそうになったと、言いかけて口を閉じる。

「・・・危うく、セリフを飛ばすところだった。」

君の演技に呑まれて、ね。
代わりにそういって冗談のように笑って見せた。
つられたようにキョーコも声を出して笑う。
そのキョーコの表情は相変わらず蓮の目にはよく見えず、ただ笑い声だけが重なって響いた。





(後編に続く)

スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。