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下野の安蘇の河原よ石踏まず…

思ふにし死にするものに・・・」(side R)、「忘るやと物語してこころやり・・・」(side K)の続きになります。三話めは再び蓮視点となります。


君を捕まえるためなら
君を捕まえられるなら

俺は空だって飛んでみせる
君がそばにいてくれるなら
君が隣で笑ってくれるなら

俺は何を引き換えにしても後悔しない

だから・・・
だから・・・


野の安蘇の河原よ石踏まず 空ゆと来ぬよ汝が心の告れ
(万葉集 東歌)


「あ、あのさ・・・キョーコちゃん。もし、このあと時間があるなら・・・あの・・・。」

並んで会話に興じる2人に後ろから近づいた俺は、聞こえてきた言葉に足を止めた。
デジャブのような感覚に突き動かされ、勢いのまま声をかける。

「やあ、最上さん。ひさしぶり。」

途端にびくりと震えた彼女の肩の揺れに、勢い込んだ気持ちが一気に萎えていくのを感じた。

「・・・・敦賀さん?」

怪訝そうな声とともに振り返ったその顔が、俺を認めるとすぐ花のように綻んだのをみてほっとする。

「こんにちは。お仕事・・・ですか?」

俺だけに向けられた視線。
俺だけに向けられた笑顔。

ただそれだけで、心がすぐに軽くなり、バカみたいに余裕ができる。

「さっきまで、ここで次のドラマの顔合わせがあったんだ。今、終わったところなんだけどね。」
「そうなんですね。こんなところでお会いするなんてびっくりです。私もちょうど収録を終えたところなんですよ。」

にっこりと笑う彼女の隣でぽかんと口を開けていた男は、俺がわざと訝しげな視線を投げると慌てたように目を伏せた。

「こちらはどなた、かな?」
こんな言い方をしたら、まるで問い詰めてるみたいに聞こえるだろうか。

けれど、彼女は気にするそぶりも見せず、
「あ、こちらはブリッジ・ロックの石橋光さんです。同じ事務所の方ですけど・・・敦賀さんご存知ないですか?」
言いながら、俺に向けていた笑顔をそのまま隣へと向けた。

「私、番組でごいっしょして以来、ずっと仲良くしていただいてるんですよ。ね、光さん。」

(光・・・さん・・・?)

その呼び名を聞いた瞬間、心のどこかがピシリと裂けた。

名前?
どうして名前で呼んでるの?
俺のことはいつまでたっても苗字でしか呼んでくれないのに。
彼のことは、どうして名前で呼ぶの?

彼女の唇がソイツの名前を象る、ただそれだけのことに心の奥が一気にドロドロとした感情で埋め尽くされてしまう。
彼女のたったひと言に、心が大きく上下する。

「光さんとも偶然ここでお会いして、おしゃべりしてたんですよ。ね?」
「ど、どうもブリッジ・ロックの石橋光です。えっと、あの・・・」

名前を呼んでるだけじゃない。
やけに親しげな口ぶりも、癇に障ってしかたない。

「ああ、改まった挨拶はいいよ。石橋・・・くん?よろしく、敦賀です。」

笑顔で手を差し出しておいて、わざと力いっぱい握り締めれば、不穏ななにかを感じとったのだろう。
ソイツは少し驚いたように俺を仰ぎ見た。

『・・・まさか。』
『そういうこと。』

わずかな視線の交差で疎通する意志。
見かけに寄らず、カンは悪くないらしい。


「2人ともどうしたんですか?男同士、手を握り合って黙っちゃうなんて、アヤシイですよ。」

どこまでも無邪気で、悲しいほど鈍感な君に、ほんの少し苛立つけれど。
小首を傾げながら俺に向かい、悪戯っぽく笑う仕草をみれば、そんな気持ちもすぐ忘れる。

(それにしても・・・。)

サングラスを少しずらし、彼女の姿を直視する。

「そのワンピース、すごく似合ってる。まるで・・・人を惑わす桜の花の精みたいだね。」

遠目ではわからなかった小花柄のワンピースは、間近に見ればますます彼女を魅力的に引き立てて見えた。
可愛いだけじゃない。
ほんの少し大人びた表情の狭間には色気すら感じさせる。

「え。な、な、なにをおっしゃってるんですか!そ、そんなこと、ないですっ!」

ぱーっと頬を赤く染め、焦ったように早口になる彼女。
その表情があまりに可愛らしくて、思わず緩む口許を隠す。

「そんなこと、あるよ。ね、石橋君もそう思うだろう?」

あらぬことを口走ってしまいそうで、慌てて視線を逸らした。
その先で、こくこくとうなずくソイツの表情にハッと我に返る。

なんだろう。
このいらつきは。

「そういえば、光さん。さっき何を・・・」

彼女のほうも話を逸らすように、話題を変えた。
横を向いたせいで、先まで朱に染まった耳がよく見える。
そんなに赤くなって・・・もしかして、俺のせい?

込み上げた喜びは、けれど次の瞬間すぐ消えた。

「キョーコちゃん、あ、あのね、俺・・・。」

割り込んできた男声。

キョーコちゃん、だって?
名前で呼び合う仲ってことなのか?

「さっきの話だけど・・・。」

唇を噛みながら視線を強くし、一瞬俺に目を走らせるソイツ。
大人しい顔をして、案外骨のある、面倒なヤツらしい。

いや、それとも・・・。
単に俺と同じように、“限界”を感じているだけなのか。
だったらなおさら・・・引けないな。

『根性も行動力もあるやつに目の前でかっさらわれるのがオチだぞ』
社さんに言われた言葉が、脳裏にこだまする。

(負けられないんだよ。俺も。この勝負だけは・・・ね。)

「もしかして、彼と約束でもあった?邪魔してごめん。あ、もしかしてデートとか?」

かぶせるように声をかけ、『できるものならやってみろ。』、そう視線を投げれば、彼がごくりと唾を呑むこむのが分かった。
もっともこんなセリフを言えるのは、彼女から否定の言葉がでるとわかっているからだけど。

「そんなこと、あるわけないじゃないですか。」

案の定、君は否定する。
目をまん丸に見開いて。

そして、何度も何度も大きく瞬きを繰り返し、困ったように眉毛でハノ字を作ってみせた。
ともすれば、淋しく悲しげにさえ見えるその表情に、つまらない対抗心から口走った心にもないひとことを、悔やむ気持ちが湧き上がる。
そんな俺の心の動きを察したように、君は淡く微笑んだ。

「また、からかってるんですね。そんな冗談、光さんに失礼ですよ。ただのお友達、いえ先輩なんですから。ましてやデートなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。そうですよね。」

同意を求めて彼に投げる笑顔の残酷さに、君はこれっぽっちも気づいていない。
そしてそれを喜ぶ俺の心の狭さにも。


「そうなの?それなら、これからいっしょに食事はどうかな。久し振りに会ったら、君の料理が食べたくなっちゃったんだけど・・・。」

彼に対する直球の牽制と、彼女に対する分かりやすいアプローチ。

とにかくここから、彼女を今すぐ連れ出したかった。
俺のテリトリーへ。

「本当ですか!敦賀さんが何かを“食べたい”っておっしゃるなんてめずらしい。しかも、それが私の料理だなんて・・・嬉しいです。」

彼女の顔がぱあーっと輝くのを確認し、しめしめと思う。

「ああ。最上さんの作ってくれる料理はいつも本当に美味しいからね。」

『いつも』の部分を、ソイツに言い聞かせるようにわざとゆっくり言ってみれば、思惑通りに血の気を失っていくその顔。

「じゃあ、決定っていうことでいいかい?そういえば、この間食べさせてもらった、あの魚の煮込みも美味しかったな・・・。」

とどめを刺すつもりでそう告げた。
どうせ、これが彼に対する牽制以外の何モノでもないことに、君が気付くはずがない。
だから俺は、安心して好きな事を言い続けられた。
もっとも・・・。
気付いてもらえないことに、本当は何よりも頭を悩ませているわけだけど。


「・・・はい。わかりました。」

今流れた一瞬の空白は何だったんだろう。

迷い・・・?
躊躇い・・・?
それとも・・・。

僅かに生まれた不安には目を瞑り、俺は満面の笑みで彼女に微笑みかけた。

「じゃあ、行こうか。悪いね。石橋くん。」

何も言えず立ち尽くす彼に見せつけるように、さりげなく彼女の背中に手を回す。
が、次の瞬間彼女の残酷さは、あっさり俺にも向けられた。

「光さん、なんだかばたばたとすみません。そういうわけで失礼しますね。あの・・・、敦賀さんへのお食事作りはラブミー部の仕事みたいなものなんです。だから・・・また今度ゆっくりお話してください。」

光さんと話すのは楽しいから、と彼女は最後に言い残し、彼に対して根拠のない優越感を持っていた俺を嘲笑うかのように、強い風が土ぼこりを立たせながら、2人の隙間を吹きぬけていった。


*


「ずいぶん、彼と親しいんだね。」

地下駐車場へ向かうエレベーターの中で、俺はさりげない口調で彼女に訊ねた。
2人だけの空間が、一瞬にして重苦しい空気に包まれる。

「光さんですか?」
「そう。」
「敦賀さんと同じ。ただのやさしい先輩です」

伏し目がちに答えた、その言葉にかちんときた。

「ふうん。同じ・・・ね。気に入らないな。」

つい口に出た言葉に、君はさっと顔を上げた。
つぶらな瞳に、どうして?という疑問が浮かんでいる。
しまった、と思ったけれどもう遅い。

「“ただの先輩”とか“同じ”だなんて言われ方、ちょっとショックだね。俺は、事務所でも・・・いやそうじゃなくても、君にとってごく近しい存在だと思っていたっていうのに。君の方はちっともそう思っていなかったなんて、なんだかすごく淋しいよ。」

いっそ本音を言ってしまえ、と思った。
どうせ君は、この言葉の裏の意味なんて考えもしないだろう。

案の定、俺の拗ねた口ぶりに君はふふっと他愛ない笑いを零した。

「敦賀さん、ヘンですよ。そんな言い方。なんだかまるで・・・そう、焼きもちでも妬いているみたい。」

(事実、そうなんだけど。)

彼女の漏らした言葉が、思いがけなく核心を突いていたことに驚いた。

「ヘンかな。」
「ヘン・・・です。」

さっきから、何度も感じる、不自然な“間”。
なぜか、妙に引っかかる。


チンッ


その時、エレベーターのドアが開いた。
薄暗い地下駐車場が、外とは異なる冷気とともに俺たちを迎え入れる。
そこに人の気配はまったく感じられず、そのことが俺の心のハードルを低くした。

『やるべきことが分かってて、それでも何もしないのは、一番の後悔になる』

あの言葉とともに。


「もうひとつ訊いていいかな。」

言うなり俺は、先を歩きかけた彼女の手首をぎゅっと掴んだ。
「なんですか?」
戸惑った面持ちで答える声が震えている。

「最上さんは、ただの仕事だと思っていたの?」
「は?」
「俺の食事を作ること。」
「え?」

「それも・・・俺だけが、嬉しく思ってたのかな。」

まるで、心のそこかしこに穴が開いてしまったかのようだった。
隠してきたはずの本音が、ぽろぽろ零れ落ちていく。

「俺だけが、特別に考えていたんだろうか。」

「そ、そ、そんなことないです!私も敦賀さんに召し上がって頂くのが、楽しくて。嬉しくて、すごく幸せで・・・。」
握られた手首に目を向け、ほどこうと身を捩る。
そうしながら、必死にしゃべる彼女の様子が、ひどくいつもと違って見えて、なんだか気が焦った。

「本当に・・・俺だけが喜んでいたわけじゃない?」

「もちろんです!だって敦賀さんは、私の作ったものをいつでも喜んで召し上がってくださるから。私の作ったものを、美味しいって言って下さるから。」

「そんな人、いくらでもいるでしょ?あの彼だって・・・」

「でも・・・敦賀さんに言われると、何だかすごくうれしくて。いっしょにお食事する時間も楽しくて。でも、そんな風に思ってるのはきっと自分だけだと思っていたから。だからこれは仕事なんだって思いこもうと・・・。」

「え?」

何気なく彼女が漏らした言葉に、思わず声が漏れた。
慌てて口を閉ざす彼女の様子が、その言葉の意味を都合よく俺に伝えてくる。

「ねえ、どうして仕事だと思いこもうとしたの?」

「あ、あの敦賀さんっ、痛いです!手!」

「え?ああ、ごめん。」

力は緩めるけど、手首は掴んだまま離さなかった。
離す気も、なかった。

そのまま膝を曲げ、背けるように俯いた彼女の顔を覗き込む。

「ねえ、どうして?」
「答えたくありません。」

押し殺すように吐き出された言葉に滲む彼女の動揺ぶりに、心が期待で浮き立った。

「言ってくれないと、勝手に都合よく解釈しちゃうよ?」
「都合よく?」
「そう、都合よく。そうしたら・・・どうする?」

期待に反し、返ってきたのは、言葉に詰まるほど大きなため息だった。
俺が、間違っていたんだろうか。
期待し過ぎたんだろうか。
ふくらんだ気持ちがゆるゆると萎み始める。

「手を・・・離していただけますか。」

ぽつりと落ちた言葉が吐き出す力ない響き。
その意図が掴めない。
それでも。
それでも、この手を離したくはなかった。
本当のところを聞き出すまでは。


「いやだ。」
「でも、人がきたらどうするんですか?」
「別にかまわない。」
「かまわなくないです。あなたは、人気NO俳優の賀蓮、なんですよ。こんなところで、私の手なんか掴んでいるところをみられたら、何を誤解されるかわからないです。」

振り払おうとする腕を押さえ付ける。

「誤解?」
「ええ、そうです。」

「誤解じゃないとしたら?」
感情を抑え、低い声でつぶやいた


不意にぷつんと会話が途切れる。
笑みもなくみつめる俺に、彼女はぎょっとしたように視線を落とした

「おっしゃってる意味がわかりません。誰がどうみたって・・・」
「そうだね。言葉でいくら説明したところで、君に意味が分かるわけ、ないよね。分かってくれるわけ、ないよね。」

かぶせるように話しかけ、俺はそのまま掴んでいた彼女の手をぐっと引いた。
転がり込んでくる小さな体。


「こういうこと。」


「は?」

きょとんとした唇を、俺はそのまま強引に奪った。






下野の安蘇の河原よ石踏まず 空ゆと来ぬよ汝が心の告れ 
(貴方に会いたくて、私は下野の安蘇の河原から石を踏まず空を飛んで来ました。だからあなたの気持ちを聞かせてください。)



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