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思ふにし死にするものに…

彼女の姿を想うだけで、
彼女の声を想うだけで
彼女の温もりを想うだけで

暖かくて、
幸せで、
切なくて、
苦しい。

・・・どうしようもなく、苦しい。


もし恋の病で死ぬことがあるのなら、
きっと俺はもう
千回以上死んでいる。


キミニ コロサレテイル



ふにし死にするものにあらませば 千遍そわれは死にかへらまし
(万葉集 笠郎女)


「うそ・・・だろう?」

心に浮かんだ疑念が、思わず声に出る。
そのまま言葉を失い、俺はその場に立ち尽くした。

ふと目を向けた半透明のガラス壁の向こうで、君が見知らぬ男と肩を並べ、寄り添うように立っていた。
それはもう楽しそうに談笑しながら。


―――ソイツハダレ?



このテレビ局の玄関フロアのガラス壁には、マジックミラーフィルムが貼られている。
昼も夜も、中から外の景色はよく見えるけれど、外から中の様子はわからない。
だから、君はきっと俺がここにいることにまったく気づいていないんだろう。

反対側から俺がこうして、ひたすらに君を見つめていることなんて・・・これっぽっちも。
そんな何でもないことに、ちくりと胸が痛んだ。

向けられればあれほど幸せに感じる君の笑顔が、俺でない誰かに向けられている。
それだけで、心がこんなにも軋む。


クルシイ
クルシイ
クルシクテタマラナイ

息が止まるほど苦しくて・・・それでも君から、視線が外せない。


常緑の植え込みを従え、淡いピンク色のワンピースが浮き上がる。
最近は例のつなぎ姿ばかりだった君の、女性らしい姿に目を奪われた。

まるでひと足先に花開いた桜の花の化身のようだ。

ハイウエストになっているせいか、風が吹くたびに翻るスカートの裾からすらりと伸びる細い足。
大きめに開いた襟ぐりから覗く、壊れてしまいそうに繊細な鎖骨のライン。
夕暮れの穏やかな光が君の瞳をよりいっそう輝かせ、吹き抜ける春風が、柔らかな髪をゆるやかに揺らす。
右に左に、好き勝手に飛び跳ねる髪を、困ったように目を細めながら片手でおさえる。

そんな仕草も、たまらなく可愛くて。
可愛くて、愛しくて。
愛しくて・・・胸が痛い。

君の視線を独り占めするソイツは―――


イッタイダレ?
キミノナニ?


その男は、年恰好も背格好も、素の君とよくバランスがとれていて、みているだけでむかむかと不快な気分が沸き上がる。
幼馴染のアイツといるときの、ピリピリと、それでいてどうにも割り込めない雰囲気はどこにもないけれど。
代わりに、2人の間に穏やかでやさしい空気が漂っているのがよくわかる。
そう・・・。
悔しいけれど、今の君が花の精のように見えるのは、きっとその空気がもたらす何かもひと役買っているんだろう。


・・・ソノコトガ、コンナニモ、ニクイ


時折小首を傾げ、君はソイツに微笑みかける。
そのたびにソイツは照れたように微笑み返す。
そんな様子から目を離すこともできず、俺は嫌な気持ちを抱えながら、ふたりの姿を追い続けた。

俺がここで見ていることを知ったら、君はどうする?
そんなやつは捨て去って、すぐ俺のもとに駆け寄ってきてくれるんだろうか。
今浮かべているその笑顔より、もっとずっとやわらかい笑みを俺だけにまっすぐ向けてくれるんだろうか。

不安が心に突き刺さる。

そうして、気づけば周囲の喧騒が姿を消し、俺と君とその男、3人だけが隔離された世界にいるような、そんな気持ちに囚われていた。
3人しかいないのに、俺だけが明らかに部外者になっているその世界。
春の木漏れ日のようにやさしい光に包まれながら、俺だけ一人、全身を凍えさせている。

ぶるりと大きく身体が震え、俺はバカみたいに頭をばさばさと何度も振り、瞬きを繰り返し続けた。
そうすれば、君を取り戻せるかのように。

無意識に握り締めた拳の中で、爪先が手のひらに食い込む。
噛み締めた唇が、募る苛立ちを感じ取る。

それほど俺は・・・。
俺は君が好きでたまらない。
この気持ちは、誰にも何にも変えられない。


不意に男の手が、不器用な動きで君の髪へと伸ばされた。
遠すぎてよく見えないはずなのに、その指先に君のやわらかな髪がくるりと絡まったのがよくわかる。

照れたように上目使いに見上げる君。
男の顔がその笑顔に重なるように動いたのを見て―――俺は思わず息を呑み、目を閉じた。


ムネガ・・・イタイ
イキガ・・・トマル
クルシイ

クルシイ

シニソウニ・・・ツライ・・・


* * *


「おいっ、蓮。どうした?」

社さんの声が間近に聞こえ、俺は慌てて目を開けた。
いつの間に唇を噛んでいたのか、舌先に僅かに血の味を感じる。

「大丈夫です。ちょっと光が目に染みただけで。それとも花粉・・・かな?」

そう言って薄く笑ってみせた俺を、社さんは眉間にしわを寄せじっと見つめてきた。
訝しげに、心の奥を探るような強い目線。

「顔が白いぞ。真っ青なんてもんじゃない。どうしたんだ。調子でも悪いか?」

慌ててスケジュール表を取り出そうとするその手を、俺は静かに制した。


「なんでもありません。大丈夫です。」

「どう見ても大丈夫じゃないぞ。たしかに最近スケジュールが詰まっていたが・・・。体調が悪いのに気付いてやれなくてすまん。この後は取材が1件と、事務所で軽く打ち合わせするだけだし、取材は日程をずらすことが可能だから今日はもうこれで・・・「いや、本当に大丈夫ですから。」」

かぶせるように答えながら、視線はつい奥に広がる外景に向いた。
まだ談笑を続けている2人。

はっと気付いたときにはもう遅く、そんな俺の視線を追うように、社さんがゆっくりと振り返っていた。



「あ、石橋くん・・・。」
「石橋・・・?」

はじけるように声が漏れる。

「ああ。うちの事務所の子だよ。ブリッジ・ロックっていう3人組のリーダー。見たまんまの気のいいやさしい子でさ。芸能界でやっていくには、ちょっとやさしすぎるんじゃないかって言われてたんだけど、一緒に組んだやつらがしっかりというか、ちゃっかりというか、とにかくいい組み合わせでね。冠番組の視聴率も悪くないし、最近人気もぐんぐん上がってきてるって、椹さんが喜んでたよ。・・・あ、れ?」

どうやらそれまで、人影が重なって彼といっしょにいるのが誰か社さんには見えていなかったらしい。

「あれって、キョーコちゃんじゃないか?そういえば何かで共演しているとは聞いたけど・・・。へえ。ずいぶん仲がいいんだな。・・・・・・あ。」

気付かれたくない。
いや、気付かれたとしても、それを指摘されたくはない。
だからあえて、何でもないように笑って見せた。


「さ、急がないと。地下駐車場に下りましょう。」

それなのに、社さんは動こうともせず、真顔でじっと俺を見返してくる。
まるで何もかも見抜いているかのような、らしからぬ強い視線で。

「蓮・・・。お前さ。」
「・・・え?」
「俺を何だと思ってるんだ?」
「は?」
「もっと、素直になれよ。」
「何が・・・ですか?」

「バカ。俺にまで繕うな。」
社さんは呆れたように大きく息をつく。
すぐ脇を、スタッフらしき集団が楽しげに談笑しながら通り過ぎていき、社さんは一瞬言葉を止める。
その隙に踵を返そうとした俺の腕が、ぱっと掴まれた。

「この際だから言うけどさ。もう、男の査定をしてやるとか言ってる場合じゃないんじゃないか?」

ぐさりと胸に突き刺さる言葉。

「本気であの子をほしいなら、さっさと行動してさっさと捕まえろよ。いつまでもただ黙って見守ってたって、あの子が気がつくわけがない。黙ってても気持ちが伝わる相手なんかじゃないって、そんなことお前だって、よくわかってるんだろ?」

わかってる。そんなこと。
もうずいぶん前から・・・。
でも、だからってどうしろっていうんだ。

言えない叫びが心の中を突き抜ける。

「昔は、お前に何かそうせざるをえない事情があるんだと思ってたけど・・・。今のお前は、ただ怖がってるだけだよな。まあ、それだけ・・・」

素直に頷くこともできず、俺は木偶の坊のように俯き、立ち尽くしていた。

「本気ってことなんだろうけど。」



「うっ・・」

声を詰まらせた俺に、社さんはいいよいいよと左手を振る。

「あの子の心の傷が、まだ癒されていないのはよくわかる。お前が、そんな彼女を黙って見守っていてやりたいって思う気持ちもな。でも・・・最近、俺は思うんだよ。あの子に必要なのは、もしかしたら見守る人間じゃなく分かち合う人間なんじゃないかって。」

社さんは言いながら振り向き、ガラス越しに揺れる彼女の姿を見遣った。
視線の先で、最上さんは相変わらず楽しげに微笑んでいる。
あの・・・石橋とかいう男といっしょに。

「だってあの子は・・・ずっと一人で傷つき苦しみ、たった一人でそれに耐えてきたんだぞ。それだけじゃない。楽しいことも、嬉しいことも、一緒に喜んでくれる人間はいなかったに等しいじゃないか。まあ、LMEにきてようやくそういう友人もできたみたいだけど・・・。」

この時刻にもかかわらず、人影はまばらだ。
彼女たちにも、そして深刻そうに話をつづける俺たちにも、気を留める者などいない。

「でも、あの子はまだ、求めても与えられないのを、嘆くどころか当たり前に思ってる。自分は愛されなくて当たり前だと思ってる。そんな子が・・・ただ黙って見守っているだけで、いつかそのおかしさに気付けるようになると思うか?仮に傷が癒えたとしても・・・その先に、進めると思うか?」

そして社さんは向き直り、俺の目を強く見つめた。

「彼女が抱えるどんな痛みも苦しみも、分かち合いたいと思ってる人間はちゃんといるってことを。あの子の求めなら、どんなことでもちゃんと返してあげたくなる人間がちゃんといるってことを。はっきり教えてやれよ。」

ふっと表情が和らぐ。

「蓮。・・・お前がさ。」

ぽんぽんと叩かれる背中。
その仕草に、ほんの少し肩の力が抜けていくような気がした。
俺はもしかしたら、こうして誰かに背中を押されるのを待っていたのかもしれない。

「辛くて涙を流している人がいて、黙って背中をさするやさしさもあるが、一緒に涙するやさしさもある。お前なら・・・そのどちらもあの子に与えてやれるだろう?
そうやって寄り添って、あの子が抱えてるものを全部包んで、癒して・・・行き場を失って彷徨ってる愛情の受け入れ先になってあげればいい。」

それが俺にできるんだろうか・・・。
それを彼女は認め、受け入れてくれるんだろうか・・・。

そんな不安を察したかのように、社さんはいう。

「お前なら、できるからさ。いや、お前にしかできないと俺は思うんだ。」

そこまでいうと、社さんはふっと彼らしい穏やかな笑顔を浮かべた。

「ま、いずれにせよ、だ。」

親指をぐっと上に立て、それで2人の方を指し示してみせる。

「あの子の心がいつ溶けるかなんて、誰にも・・・たぶん本人にもわからないんだ。
もたもたしてたら、根性も行動力も、それから愛情もあるやつに、目の前でかっさらわれるのがオチだぞ。」

そして、にやりと笑い、さりげなくつけたしてくる。

「今すぐにも、な。」

ぎくりとした。
それを見透かしたように、笑いをふくらませ、社さんは続けた。

「だから、行けよ。」
「は?」
「今すぐ、キョーコちゃんのところへ行けって言ってるんだ。」
「でも、次の仕事が・・・。」
「いいから、行け。そんな顔のまま行っったって、どうせいい仕事なんかできやしない。スケジュールの調整はしとくから、さっさとその顔の整理をつけてこい。」

「すみません・・・。」

ただ、うなだれた。
何も言えなかった。

そんな俺にもう一度小さくため息をつくと、社さんは諭すような口ぶりで告げた。

「あのな、蓮。覚えとけよな。やるべきことが分かってて、それでも何もしないのは、一番の後悔になるんだ。」

およそマネージャーらしからぬアドバイス。
けれど、だからこそそこにはタレントとマネージャーという枠を超えた思いやりが溢れていて、胸に染みた。

「まあでも、写真誌だけには気をつけてくれよな。あと・・・気持ちが先走りしすぎてキョーコちゃんを傷つけるような真似だけはするなよ。」

茶化すようにつけくわえられた、その言葉にも滲みでるやさしさ。



「・・・わかりました。」

向けられた好意に応える方法は、ただ素直になることだけ。
そして、言われた通り後悔のないよう、行動するだけ。


「ありがとうございます。行ってきます。」


頷き、そして俺はその場から駈け出した。





思ふにし死にするものにあらませば 千遍そわれは死にかへらまし 
(もし恋い焦がれて死んでしまうことがあるなら、私はもう千度も死を繰り返していることでしょう。)



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