恋ひ死ねとするわざならし…

「いとせめて恋しきときは…」の蓮sideとなります。

―――――――――――――――――――――
「敦賀さん!」
背後から聞こえた君の声に、思わず笑みが零れる。

ただ、名前を呼ばれただけだというのにこのざまだ。
まったく自分で自分が情けないったらありゃしない。

苦笑しながら、ゆっくりと振り向いた。

とたんに飛び込んでくる笑顔に、崩れかけた口許を必死で繕う。
「敦賀さん、聞いて下さい!私、好きな人が出来たんです!ようやく社長のおっしゃる愛が・・・わかったんです!」

(・・・え?)

茫然とする俺の前で真っ赤な顔で目を潤ませる彼女。
照れた顔で見上げるその表情に、愛しさを抑えきれない。

「それで・・・その人とお付き合いすることになりました!」

告げられた言葉に全身が凍った。
ジグソーパズルのピースが外れてバラバラに崩れていくように、世界がガラガラと音を立てて壊れていく気がする。

(俺はいったい、今まで何をしてきたんだ。)

身体中を支配する、どうしようもない喪失感と、ふがいない自分への怒り。
世界が白く霧澱み・・・そして、俺はようやく目覚めた。


ひ死ねとするわざならしむばたまの 夜はすがらに夢に見えつつ
(古今集)


こんな夢をもう何度みたことだろう。
俺の傍から、無邪気で残酷な笑顔とともに君が離れていく。
・・・いつか本当にくるかもしれない日の夢を。

せめて夢の中でくらい、俺のものになってくれてもいいのに。
そんな刹那な願いも叶えられないほど、俺はこの恋に自信をもてない。
何度考えても、どう考えても、君のこととなると、とんだ弱気ばかりが顔を出す。

頑なな君の心を、俺ごときがどうにかできるとは思えず。
かといって諦めることもできず。
ただただ、気に入らない馬の骨退治ばかりに精を出す日々。
そんな自分のばかばかしさに、頭を抱えてばかりいる。

だからきっと、毎晩こんな夢ばかりみてしまうんだろう。
心をひどく痛めつける残酷な夢ばかりを。

それでも―――。

会えない時間が長く続いたときはとくに、
こんな残酷な夢の中でさえ、君に会えたことを嬉しく思ってしまう自分がいる。
君の笑顔を見れさえすれば、
得られる幸福感に縋る自分がいる。

みっともないほどに、君に恋している・・・俺。

そう。
そうやって、ほんのわずかな夢の間にさえ、君は俺を翻弄し続けているんだ。


*


―― ・・・なるほどね。つまり、昔出会った妖精の王子様?に再会して抱きついたら、いつの間にか別人に変わっていて、しかもその人にキスされた、と。

ラブミー部室のドアをノックしようとして、中から聞こえてきた会話に足が止まった。

(キス・・・?)

その単語に身体がすばやく反応する。
漏れ聞こえた会話から、君が見た夢の話だとは分かったけれど、それでも顔が強張った。

妖精の王子様というのは、まちがいなくコーン、つまり俺のことだ。
それはいい。
だが、別人だって・・・?
しかもキス!?

最近よく見る悪夢が蘇り、もやもやと嫌な固まりが胸の奥からせり上がる。

だからつい、ドアノブに手をかけたまま、じっと耳をそばだてた。
この聞き捨てならない話の主役が、他でもない『君』だから。
わかるかい?
外での立ち聞きなんて浅ましい真似さえ、こうして平気でやってのけてしまう。
それくらい、俺は君に参ってる。

――キ、キ、キスとか、そ、そ、そんな大きな声で言わないで、千織さん。なんだかヘンな夢でしょ?いい夢がみられるって聞いたのにそんな夢。しかも妙にリアルで・・・飛び起きちゃったくらいなの。
――ヘンっていうか・・・それって深層心・・・ううん。それより・・・
――その別人って誰?わざわざ名前を伏せるくらいだから、きっと私の知ってる人よね。

続く会話を聞き逃したくなくて、必死に身を寄せる。

(そう、いったい誰なんだ。最上さん。君の唇を奪うなんて、そんな奴・・・たとえ夢でも許せない。)

いらいらと拳を握りながら、天宮さんの追及を心の中で加勢した。
おさまらない苛立ちを示すように、靴音が細かいリズムを刻む。

(誰でもいい。分かり次第、この手で蹴散らしてやる。)

俺の夢に出てきて俺を惑わせるのが常に君であるように、君の夢に出てきて君を惑わせる男は俺だけでいい。

(・・・だろう?)

見えない彼女に話しかけながら唇を噛んだ。
その俺の耳に、信じられない言葉が届いた。

――顔。
――顔?
――すごく赤くなってる。
――・・・え?

(赤・・・い・・・?彼女の、顔・・・が?)

うっすらと聴こえたやりとりに、ぎゅっと心臓が鷲掴みされる。
今朝見た夢が現実味を増し、痛む胸とともに頭の中が白濁していくように思えた。

聞こえてきた言葉の意味がわからない。
理解しようとする脳を心が拒否する。

じわじわと込み上げる恐怖。
息苦しいほどの緊迫。
硬直する身体。

それでも耳は、聴くのをやめない。

ただ――。

(誰・・・だ・・・?)
その二文字だけが、ぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

ぼんやりと霞む脳裏に、天宮さんが並べるいくつもの男の名前が現れ、通り過ぎていく。

(あいつでも・・・ないのか。)
安堵する傍らで浮かぶ静かな疑問。

どうして・・・、どうして、俺の名前が出てこないんだ?
真っ先に出されてもおかしくないはずなのに。
それとも、名前を出す必要もないほど、“論外”だとでもいうのか?

扉の向こうのやりとりに耳を傾けながら、必死に呼吸を重ね、なんとか自分を立て直そうとした。

――・・・やたらと顔を出す敦賀さん。

ようやく自分の名前が聴こえ、ほっとする。
その一方で、やけに協調された“やたらと”という言葉に苦笑いがこみあげた。

だよな。
最上さん以外はみんなきっとわかってる。
俺が彼女に、完全に“落ちている”ことを。

(分かってないのは・・・本人くらいだ。)

苦笑いが、自嘲へと変わり、思わず目を閉じた。



――やっぱり、敦賀さんのこと好きなの?夢に出てきたのって敦賀さん?

(やっぱり?やっぱり?ってどういう意味だ。)

不意にとびこんできた天宮さんの言葉が頭の中を駆け巡り、先ほどとは違う衝撃にドクドクと心臓が脈打つ。
頬が異様なほど勢いよく火照るのを感じ、思わず手のひらで覆った。

――そんなことあるわけないじゃないっ!!!

けれどすぐ、バンッという大きな音に混じり、君の叫びが響いた。
音にかき消され、途切れがちに聴こえた言葉だけでも、強く否定されたことは分かった。


だよな。
そう・・・だよな。
彼女・・・だもんな。
あるはず・・・ない。


がくりと崩れ落ちそうになる身体をなんとか支え、大きなため息を何度も漏らす。
(いっそ今日は・・・会わずに帰った方がいいかもしれない。)

この先の言葉を、今は聞きたくない。
安易に浮上した自分を諌めつつ、俺は力なく踵を返そうとした。
そのとき―――。


「だ、だ、だ、だからって、私が敦賀さんを好きだなんて、そ、そ、そんなことあるわけないじゃない!」

はっきりと聴こえてきた君の声色に、俺は目を瞠った。

(俺の勘違いでなければ・・・)
すぐに振り向き、ドアノブに再び手を掛ける。
ひんやりとした感触が、俺に今が現実であることを知らせる。

「ち、ちがうわ!ちがうの!そんなはず、ぜったいない!ないったら、ない!」

(その声の震えは・・・)
予感を確信に変えようと、一気にノブを回した。


「私が敦賀さんを好きだなんて、そんなことあるわけない!だって、私はラブミー部員1号なんだから!」


扉の向こうに現れた彼女の背中が、小刻みに震えているのが見えた。
今すぐ抱き寄せ、その震えをこの腕で封じ込めたい・・・そう思うほどに。
その背に俺はわざと告げる。

「それは・・・つまり、どういうことかな。」

(その言葉の奥にある気持ちを・・・君の本当の気持ちを・・・どうか見せてくれないか?)


顔は見えない。
けれど、揺れる髪の隙間から耳が見えた。
真っ赤に染まり、ぴくぴくと震える彼女の小さな耳が。

「ちゃんと説明してくれる?好きなはずがないってことはつまり俺を嫌いってこと?だとしたら・・・」

ただ注意を引きたい、それだけで続ける言葉。

(君は何を隠してる?この俺に・・・いったい何を隠してる?)

いっそかぶりつきたい気持ちを必死に抑え、彼女の耳朶ぎりぎりの場所に唇を寄せた。

「ちょっと聞き捨てならないな。」


*


現れた俺から逃げ出すように、天宮さんが姿を消した。

うん。賢明だな。
2人きりになれたことだし、さて俺はゆっくり君を追い詰めることにしよう。


先ほどまでの気弱な俺は姿を消し、ここしばらく身を潜めていた“オトコ”の俺が顔を出す。
みれば、ぷるぷると震えの止まらない君。
それがおかしくてたまらない。

だってそうだろう?

君に嫌われるかもしれないという恐怖
君が逃げ出すがもしれないという怯臆

さんざん振り回されていたそんなものも、この自惚れ切ったオトコの前ではもう塵と同じなんだから。

「じゃあ、続けようか。」

ゆっくりと言葉を交わしながら君の心を探る。
俺が願う答えを導きだすために。

「どうして俺のことを好きじゃないって話になったのか教えてくれる?」

次々と示される姿に、期待が確信に変わろうとするのを止められない。
どんどん前のめりになる気持ちに動かされ、自然に手が伸びた。

柔らかい頬。

(ねえ、もう・・・いいだろう?)


けれど君は、そんな俺にあっさりと不意打ちを食らわす。




「敦賀さんの瞳って・・・真っ黒じゃないんですね?」

突然、すべてを見透かすような眼差しが俺を貫いた。
潤みながらも揺るぎなく俺を見つめる真っ直ぐな眼差し。
その強さにたじろぎながら、けれど目が離せない。

このまま、俺のすべてが吸い込まれてしまいそうだ。
・・・ああ、それもいい。
いっそ吸い込まれて、そのままいつまでも君の瞳の中で生きていけたらどんなにか幸せだろう。


「・・・コーン?」

(・・・え?)

続けざまに放たれた言葉に、告げずにいた真実へ君が近づいたのを知った。
まるで、対価を差し出さなければ、君を追い詰めることなど許さないとでもいうように、君の瞳が答えを求める。
その眼差しの鋭敏さに、弱気の俺が身体を起こしかけたのを、無理やり押さえ付けた。
指先から伝わる君の頬の温もりが、それを可能にする。

それにしても・・・。

本当に君はなんて恐ろしい。
驚くほどまっすぐに、“俺”の中から真実を探り出し、そして捉える。
どんなに上手く隠しても、ほかの誰も気づかなくても、君だけは違う。
君だけが・・・そうやっていつも“本当の俺”を見つけ出す。

だから俺は、君に・・・こうして吸い寄せられてしまうんだ。
君だけに・・・惹かれてしまうんだ。


もう、お手上げだ。
どうしたって君にはかなわない。

いいかげん、逃げるのはやめよう。
目を逸らすのもやめよう。

すべてをちゃんと明かすから。
君にすべてを晒すから。
だから代わりに、俺のすべてを・・・。

俺のすべてを受け入れてほしい。


「ねえ、最上さん。君が見たっていう夢が、もし今正夢になったとしたらどうする?」
頬の感触を確かめながら、耳元で囁く。
漏らした声が、掠れて途切れるのがわかった。

「全部・・・全部、正夢だったら?」

頬にあてていた手を外し、触れるか触れないかのぎりぎりの距離で、彼女の身体を包みこむ。
やわらかい・・・檻のように。

腕の中で、俺を見上げる彼女の瞳に、告げた言葉への疑問が浮かぶのが見えた。

「俺はずっと昔から・・・君がツインテールにしていたころから・・・」

光が走り、瞬く瞳。
ああ、今、君の瞳は俺だけを映しているね。

「あのころからずっと・・・君だけを愛してる。」

びくんと震える身体から、隙間を縫ってほのかな温もりが伝わるような気がした。

「・・・キョーコちゃん。」


だめだよ。
もう・・・君はこの腕の中から逃げ出せない。
いや・・・逃がさない。


「毎晩、君の夢を見て焦がれ死にしそうになるくらいに・・・愛してる。」


力いっぱい抱き締めるのはもう少しあとでいい。

そう―――。

今、君がその瞳に宿しているものの意味を確信したあとでいい。


でも、その唇は・・・。
先に奪ってしまおう。


君に、君の気持ちを一刻も早く確信してもらうために・・・。



もう・・・いいだろう?






恋ひ死ねとするわざならし むばたまの夜はすがらに夢に見えつつ 
(焦がれ死にしろということだろうか。あなたが毎晩ずっと夢に出てくるというのは。)



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