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いとせめて恋しきときは…

「キョーコちゃん!」
記憶の片隅に微かに残っている、あの声が聞こえる。

(コーン!)
込み上げる歓びと懐かしさに、胸を躍らせながら振り向いた。
目の端に映ったキラキラ輝く金色の髪に、鼓動が激しさを増す。

(また、会えたんだ・・・。)
視線がその人に重なる、その瞬間差し込む逆光に目が眩んだ。
慣れない明るさに直視できず、一瞬目をつぶる。
目を開けても眩光のせいで輪郭しか見えない。
その姿が記憶よりずっと大きく見えて一瞬首を傾げたけれど・・・。
私は広げられた両手に迷いもなく飛び込んだ。

(・・・え?)
その腕に抱かれたとたん異なる記憶が重なり、驚いて顔を上げる。
そこには、金色の髪を靡かせ碧色の瞳を瞬かせる―――敦賀さんがいた。

「う、そ・・・。」

小さく呟いた私に、別人のようで見慣れぬ敦賀さんがにっこりと微笑みかける。
そして、伸ばした手をそれはそれはやさしく私の両頬に当てると、
「久し振りだね。キョーコちゃん。」
そう言いながら、顔を近づけ、そして・・・


ふんわりやさしいキスをした。


とせめて恋しき時はむばたまの 夜の衣を返してぞ着る
(古今集 小野小町)


きゃああああああ!!!!

その日、キョーコは自分の悲鳴で目を覚ました。
「わ、わ、わたしったら、な、な、な、なんて破廉恥な夢を!!!!」
ベッドの上で身を起こし、バクバクと鳴り止まない心臓に手を当てる。
そのまま何度も大きな深呼吸を繰り返して、
「いくら夢だからって、あんなこと!・・・ん?夢?」
ぶつぶつとつぶやく。
が、突然ハッとした表情を浮かべると、着ているパジャマを上から下まで眺めた。
「裏・・・返し・・・にしてたから?でも・・・まさか・・・そんな・・・。」


「パジャマを裏返して寝ると、いい夢が見られるんだって。」
そう聞いたのは、『BOX"R"』の撮影現場でのこと。
いまどきの女子高生が集まっているせいか、休憩時間の話ば恋の話やファッションのことが中心。
それに加えて、最近はちょっとした占いやおまじないの話もブームになっている。
このおまじないもそこで耳にした話。
聞いたときは、「ふうん・・・」とあまり関心のなかったキョーコだけれど、昨夜寝る前にふと思い出して試してみることにした。
(どうせなら、夢の中くらい、いい思いをしたいものね。)
などと考えながら・・・。

結果、見た夢の衝撃にキョーコは動揺を隠せない。
(あ、あれがいい夢だなんて、そ、そ、そんなはずないわ!そりゃ、コーンに会えたのは嬉しかったし、いい夢だなって思ったけど。でも、でも、コーンが敦賀さんで、しかも、あ、あ、あんなコト・・・。)
迫ってきた蓮の顔が頭の中にボンッと浮かび、それだけで顔が一気に熱くなって頭がくらくらする。

(私ったらなんて破廉恥なの!?あんな夢をみるなんて!いいとか悪いとか、そういう以前の問題だわっ!)
頭を大きく左右に振り、ぶるぶると身を震わせる。
ちがう、ちがうと言いながら、しきりに跳ねる鼓動を抑え、キョーコは何度も自問自答を繰り返していた。

(き、きっと何かの間違いよ。コーンが敦賀さんになるなんて。それに、つ、つ、敦賀さんにキ、キ、キスされるなんて。それがいい夢だなんて。そんなことあるはずないっ。しょ、所詮夢だもの。おまじないが必ず効くってわけでもないし。そうっ!きっと信じる気持ちが足りなくて、コーンがでてくるところだけにおまじない効果が出たんだわっ!)

(こんなのきっと・・・)

「なにかの間違い。」
最後はそう口に出して、うなずいた。


*


「あの・・・千織さん。」
「なあに?京子さん。」

その日、千織と2人で総務部から頼まれた書類の整理を行っていたキョーコは、作業がひと区切りついた頃合いを見計らい、意を決したように話しかけた。

「こないだみんなが話してた、裏返したパジャマを着て寝るっていうおまじないなんだけど・・・。」
「やったの!?まさか!?京子さんが!?」
突然背を起こし、ガタンと音を立てた千織に、キョーコはびっくりしたように口をぽかんとあける。

「え?あ・・うん。そうだけど。やったらおかしい?」
「だって、あのおまじないって!」
言いかけて、千織の口が止まった。
そんな千織を不思議そうに眺め、キョーコは小首を傾げてみせる。
「だって、いい夢が見られるんでしょ?だから、いったいどんな夢が見られるのかなってわくわくしながら寝たんだけど・・・。」

「いい・・・夢?」
きょとんとした千織にキョーコは答えた。
「うんっ。たしかそういう話だったよね。いい夢がみられるおまじないって!」
その言葉に、ふう~っと安心したように大きく千織の肩が落ちた。

「そうよね。そんなはず・・・ないわよね。」
小さく呟き首を振ると、何でもない顔をしてキョーコに向き直る。

「で、どうしたんですか?なにかとんでもない夢でもみたとか?わざわざ聞くくらいだもの。なにか気になる夢をみたってことですよね?」
「え?あ、その・・・気になるっていうか・・・。」
きょろきょろと不審な動きを見せるキョーコに、千織が言葉を重ねた。
「っていうか?」

「それが・・・。」
言いかけて口をつぐんだキョーコの頬がぱっと赤く染まった。
「そ、その、見た夢の内容はともかく、あのおまじないって効くのかしら?」
あからさまに話を逸らそうとするキョーコに、千織は僅かに眉をひそめる。
「ふうん・・・。私には言いたくないってことですか?それなら、まあいいですけど。」
そう言うと、大きくため息をついてみせた。

「京子さんともようやく親しくなれて嬉しかったのは私だけだったのね。ただの夢の内容する答えてもらえないなんて・・・ショックだわ。」
「え!そ、そんな、そういうわけじゃなくて。」
いかにもがっかりとした風情の千織に慌てふためいたキョーコは、微妙にぼかしながら今朝の夢を話した。


「・・・なるほどね。つまり、昔出会った妖精の王子様?に再会して抱きついたら、いつの間にか別人に変わっていて、しかもその人にキスされた、と。」
「キ、キ、キスとか、そ、そ、そんな大きな声で言わないで、千織さん。なんだかヘンな夢でしょ?いい夢がみられるって聞いたのにそんな夢。しかも妙にリアルで・・・飛び起きちゃったくらいなの。」
「ヘンっていうか・・・それって深層心・・・ううん。それより・・・」
ふうと息を吐く。

「その別人って誰?わざわざ名前を伏せるくらいだから、きっと私の知ってる人よね。」
「そ、そ、そんなわけないじゃないっ!」
千織の言葉にかぶせるように声を上げたキョーコの視線が、キョロキョロと辺りをさまよった。
そんなキョーコをじっとみつめる、千織は無表情に言う。

「顔。」
「顔?」
「すごく赤くなってる。」
「・・・え?」

「京子さんってほんとに嘘がつけない人なのね。あなたがあのナツを演じてるなんて、やっぱり信じられないわ。・・・で、いったい誰だったの?」
「誰ってそんな・・・!?」
「それだけ顔を赤くするんだもの。憎からず想ってる人よね。ううん。むしろ好きなくらいでしょ?まさか、ラブミー部員第1号の京子さんに好きな人が出来ていたなんて。これは見過ごせない、衝撃的な話だわ。」
千織の声に鋭い響きが混じる。

「なんだか気に入らない。いったい相手は誰?うーん、思い当たる身近な男性といえば・・・。まあ、社長ってことはないだろうし・・・」
言いながら千織は、指折り数えはじめた。

「そうねえ。以前いっしょにいたブリッジロックの光さん?・・・ちがうわね。安南監督・・・のわけはないし。」
ゆっくりと名前を挙げながら、千織はキョーコの表情を観察する。
「不破尚・・・なんて言ったら違う意味で顔が赤くなりそうだから、これもなし」
名前を出しただけで、ピキンとこめかみに筋が出そうな表情をみせたキョーコに千織がくすりと笑う。

「も、も、もういいじゃない。誰でもない、知らない男の人だったのよ!だから名前を出せなかっただけ!」
「・・・さらに身近といえば、よくここにくる・・・」
キョーコの叫びなど気にも留めず千織が続けた言葉に、キョーコの口がうぐんと止まった。

「社さん・・・」
飛び出た名前に、キョーコからふうっと息が漏れる。
「といっしょにやたらと顔を出す敦賀さん。」
ヒィッと小さく息を呑む音がこだまする。
その音を千織は聞き逃さなかった。

「京子さん。まさかと思うけど・・・ううん、まさかでもないわね。やっぱり、敦賀さんのこと好きなの?夢に出てきたのって敦賀さん?」

「・・・へ?」
途中からいじいじと所在なさげに書類の端をつまんでいたキョーコの手が、その言葉にはたと止まった。
「そ、そ、そ、そ、そんなことあるわけないじゃないっ!!!」
次の瞬間、キョーコが弾かれたように立ち上がり、バンッと机を両手で叩いて思い切り声を上げる。
そんな様子を尻目に、千織はしれっと続けた。

「・・・そうかしら?」
小首を傾げ、じっとキョーコを見つめる。
「ちなみに、あのおまじない。好きな人の夢が見られるってやつだから。」


千織の口から飛び出た言葉に、キョーコの顔がピキンと固まった。
「好き・・・な人の夢・・・?」
「ええ、そうよ。あれは、好きな人の夢が見られるっていうおまじない。京子さんったら話ぜんぜん聞いてなかったのね。いい夢が見られる、って勘違いするなんて。」
ぽかんと口を開いたキョーコの顔色が、今度はみるみる白くなっていく。

「え?え?ええええええ!!!!????い、いい夢をみられるおまじないなんじゃなかったの!?」
「ちがうわよ。好きな人の夢。ああ、でもそこいらの恋する女子高生にとっては、それっていい夢かもしれないわね。そんな言い方、たしかにみんなしてたもの。」
でしょ?と言いたげに顔を向けた千織の視線を、キョーコはするりと避けた。
「にしても・・・敦賀さんの夢、ねえ。」

さりげない千織の言葉に、キョーコはピーッと音を立てて頭の中が沸騰していくのを感じた。
「ち、ちがうったらちがうわ!好きとかそんな感情、私にはもうないの!もう不要なものなの!だから、そんなこと思う訳ないわ!」
叫ぶキョーコの頬が、不自然なほど勢いよく染まる。
赤く。赤く。

そんなキョーコをちらりと見遣り、千織が冷静に返した。
「でも、みたんでしょ?敦賀さんの夢。」
「だ、だ、だ、だからって、私が敦賀さんを好きだなんて、そ、そ、そんなことあるわけないじゃない!」
キョーコの言葉に千織がにやりとする。
「やっぱり、敦賀さんだったのね。」


「ああああああ!!!!!」
その瞬間、白から赤へ一気に全身色づいたキョーコは、涙目になって首をぶんぶんと振った。
「ち、ちがうわ!ちがうの!そんなはず、ぜったいない!ないったら、ない!私が敦賀さんを好きだなんて、そんなことあるわけない!だって、私はラブミー部員1号なんだから!」
キョーコが混乱まじりに叫んだそのとき―――。


「それは・・・つまり、どういうことかな。」
背後からキュラキュラと危険な響きの混じる声がした。


(こ、この声はまさか・・・。)
背筋にぶるりと震えが走る。
ドアを背に腰掛けているから、背後に誰がいるのかはわからない。
わからないが・・・わかる。

(間違えようが、ないわよね。この声。しかも・・・なんだかすごく怒ってる・・・気がする。大魔王?ううん、それよりもっと怖い・・・。)

「ちゃんと説明してくれる?好きなはずがないってことはつまり俺を嫌いってこと?だとしたら・・・」
カツカツと近づく足音が、心にずんずんのしかかる。
不意にふわりと覚えのある香りが漂い、耳元で今だけは聞きたくない声が響いた。
「ちょっと聞き捨てならないな。」


「あ、京子さん。私、作業を終えた資料を総務にもっていくから、失礼するわね。」
緊迫した空気を断ち切るように、千織の声が響いた。
「え、あ、じゃあ、私も。」
立ち上がろうとしたキョーコを笑顔で制する。
「京子さんには、そこに大事な用事のある人がいらっしゃるみたいだから、これは私一人で平気よ。じゃあ、お先に失礼しますね。敦賀さん。どうぞごゆっくり。」

逃げ出した、とは思いたくない。が、たぶん、おそらく、間違いなく・・・千織はこの場からさくっと逃げ出した。


「じゃあ、続けようか。」
情けない面持ちで千織を見送るキョーコに声がかかった。
(ど、ど、どうしよう・・・。)
この先に自分を待っているであろう状況に怯えながら、キョーコはおずおずと振り向いた。


*


「だ、か、ら!そ、そういうことじゃないんですっ!」
「そういうことってどういうこと?」
しれっと蓮が言う。

「嫌いっていうわけじゃなくて。」
「じゃあ、好きなの?」
「なんでそうなるんですか!」
「だって、嫌いじゃないんでしょ?」
「ですけど、そうじゃなくて・・・そ、尊敬!敬愛です!信仰心みたいなもんです!」

「信仰・・・ねえ。」
がっかりしたような口調で言葉を漏らす蓮に、キョーコの胸の奥がなぜかずんと揺れた。

「だって、敦賀さんは私がこの世界で一番に尊敬する大大大先輩なんですよ!神様仏様、敦賀様っていうぐらい尊敬してるんです。これはもう信仰以外の何モノでもありませんっ!」
断言され、蓮はわざとらしくハアアアアーーーーッと盛大にため息を漏らした。

「わかったよ。じゃあ、こんどは別の質問。どうして俺のことを好きじゃないって話になったのか教えてくれる?理由を教えてくれれば納得するから。」
「えっと、その・・・それはですね。とあるおまじないをしましたら、夢にコーンが出てきまして・・・」

思わずつられてしゃべりはじめたところで、キョーコはその続きに気がついた。
目の前に浮かぶ蓮の唇が妙に艶めかしく見えて、そこしか見えなくなって、ぽんっと頭の中がはじけ飛ぶ。
そうしてキョーコの顔は再びみるみるゆでダコのように真っ赤になっていった。

「えっと。その・・・何でもないです。」
あたふたと視線を揺らすキョーコ。
「何でもなく・・・ないよね?」
さりげなくすっと隣に腰掛けると、蓮は視線の高さをキョーコに合わせた。

「なんだか、ずいぶん動揺しているね。・・・で、コーンが出てきてどうしたの?」
言葉とともに蓮の顔がずんずん近づいてきた。
「な、な、な、な・・・。」
「な?」
何を言いたいのかさっぱりわからないよという顔をして、ぱくぱくと口を開けるキョーコの顔に、蓮はさらに近づいた。



ごめん、最上さん。
ほんとは最初からぜんぶ聞いてたんだ。
君がなんであんなことを言い出したのかはもちろん、
昨夜どんな夢を見たかってこともね。

ねえ、最上さん。
そんな夢を見たっていうのは・・・。
そしてそのことにそんなに動揺してるっていうことは・・・。
少しは脈があると思ってもいいのかな?

なにより天宮さんが言ってた“赤い”って言葉。
それが俺は気になってならないよ。
今も君はずいぶん赤くみえるけど。
もしかしてそれは・・・頑なな君の心が、ほんの少し溶け始めていると、期待してもいいのかな?
それも俺が原因でそんな顔をしてるんだって、そううぬぼれてもいいのかな。

ねえ、最上さん。どうなんだい?



「何でもないって言ったら何でもないんですっ!」
じっと自分を見つめる蓮からぷいと顔を背けると、キョーコは必死の形相で答えた。
そんなキョーコにくすりと笑い、蓮は伸ばした両手で彼女の頬をそっと捉えた。
そしてそのまま、ぐいっと自分に顔を向けさせる。

「最上さん、君はさっき俺のことを尊敬する大先輩だって言ってたよね。その先輩にそんな態度をとっていいと思ってる?」
うくっと言葉に詰まり、キョーコはこくんと唾を呑む。
「お、思ってないですけど。でも・・・。」

「でも、なに?」
でも答えられないんです、と半分涙目で上目遣いに蓮を見上げた、その視線が突然止まった。
急にまじまじと自分を見つめはじめたキョーコの眼差し、たじろぐ蓮。

「えっと・・・あの。最上さん?突然、どうしたのかな。俺の顔になにかついてる?」
けれど視線は些かも揺るがない。

「敦賀さんの瞳って・・・真っ黒じゃないんですね?なんだか・・・群青色というか、深い深い奥底に蒼色が滲んでいるような、そんな色・・・?」

先ほどまでの動揺などどこかに置き忘れたかのように、自分から顔を近づけ、キョーコは蓮の瞳を奥底まで見通しそうなほど凝視した。

「なんだかとても懐かしい気がする・・・その色・・・。」
首を傾げながらそう呟くキョーコの脳裏に、昨夜の夢の一部がうっすらと蘇った。
思わずぱちぱちと瞬きする。

「・・・コーン?」

ぽつりと唇から洩れた言葉に、蓮が一瞬驚いたような顔をした。
細い糸を手繰るように視線をさ迷わせ、困ったように目を細める。

それをみたキョーコに疑問の色が浮かんだそのとき――。
不意に瞳に強い光が宿らせた蓮が、ふわりと顔を浮かしキョーコの耳元に唇を寄せた。

(冷たい・・・。)
頬に触れていた蓮の手に力がこもり、指先から圧をうける。
その冷たさにキョーコがどきりとした、その瞬間耳元で蓮の掠れた声が響いた。



「ねえ、最上さん。君が見たっていう夢が、もし今正夢になったとしたらどうする?」




いとせめて恋しきときはむばたまの 夜の衣を返してぞ着る 
(どうしようもなくあの人が恋しいときは、夢の中で会えるおまじないで寝間着を裏返して着るの。)


恋ひ死ねとするわざならし…」(sideR)に続きます。


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