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カミユキ

『今週は、寒波の到来で全国的に冷え込みが強まっています。関東地方も今夜から明日朝にかけて降雪の恐れがありますので、くれぐれもご注意ください。』

天気予報が朝から何度もそう繰り返していた通り、その日は夕刻からちらちらと雪が降り始めた。

都会には珍しい大雪警報。
たしかに、社と2人事務所に戻る頃には、ワイパーを動かさなければ視界が一瞬奪われそうになるほどの雪になっていた。
本格的に降るのは今夜半の話というが、この調子ではどうなるかわからない。

(このまま振り続けるようなら、場合によっては車を事務所に置いていくようかもしれないな。)
蓮は雪空に少し眉を顰めながら、ハンドルを切りLMEビルの駐車場に車を停めた。

「おいっ、蓮。」

悪天の中、とりあえずここまでの運転を無事終え、ほっと息をついたとたん、助手席から声がかかった。
訝しげに目を向けた蓮に、社がにやりと笑いかける。

「ほら、あそこ。キョーコちゃんだ。」
続けられた言葉に、蓮の肩がぴくりと上がり、視線が左右に揺れる。
見れば社の言うとおり、駐車場の左手奥の片隅に自転車を停めようとするキョーコの姿があった。

この寒さだというのに、手袋もろくにはめていなかったらしい。
自転車を置くとその場に立ち止まり、白い息をふうーふうーと両手に吹きかけている。
黒い壁を背にしているせいか、息の白さが際立って見えた。
息だけでなく、頭や肩も所々白く染まり、降る雪をもろに被ってきたのが遠目にもわかる。

「ずいぶん、寒そうだ。」
誰ともなく呟いた蓮に、社がくすりと笑みを零す。

「なあ、とりあえずお前のコート、貸してやったらどうだ。あんな薄いジャケット1枚じゃ、いくらキョーコちゃんでも風邪引くぞ。・・・お前のコートならサイズがでかいから、毛布みたいにすっぽり包まれて、すぐあったまりそうじゃないか。」
その言葉に蓮の視線が社に戻り、口許が僅かに緩んだ。

「そうですね。行ってきます。」
さっそく後部座席に置かれていたコートに長い腕が伸びていく。

「あ、そうそう、この後の打ち合わせは俺だけで何とかするから。遅くなると車じゃ帰れなくなりそうだし、今日はこれで解散ってことにしよう。・・・キョーコちゃんと会うの久し振りだろ。せっかくだからしゃべってこいよ。」
ふわりと笑顔を浮かべ小さくうなずくと、蓮は素早い動きで車から出た。

(なんだ、そういう素直な笑顔を浮かべると案外年相応に見えるんだな。)
そんなことを思いつつもう一度にやりと笑い、社は目の前の大きな背中に声をかける。

「あ、でも、しばらく会ってなかったからって、あんまりがっついた真似はするなよ。」
余計なひとことに、蓮の頬がぴくりと引き攣ったが、振り向くことなくやり過ごす。
そして蓮は、真っ直ぐキョーコに向かって声をかけた。


「やあ、最上さん。久し振り。」
がらんとした駐車場に響く、低くて艶っぽく、そして甘やかなバリトンの声。

(おいおい、その声、やばいだろう・・・。いろいろ滲み過ぎてるぞ。)
その場を立ち去る社が、思わず嘆息を漏らしたのを蓮は知らない。


*


薄暗い駐車場で突然名前を呼ばれ、キョーコはびくりと身体を震わせた。
しかし、すぐに声の主を悟り、その顔が面映ゆそうに綻ぶ。

視線の先で浮かび上がった満面の笑顔に、蓮も思わず破顔した。
いや、キョーコの姿を確認したときから、もうその表情は笑み崩れ始めていたのだが。

蓮の目に今映っているのは、キラキラと輝く瞳と赤く染まった頬。
頬の紅色が自分に会えたからでなく、寒さのせいだというのがちょっと悔しい。


「わあっ、敦賀さん、お久しぶりです。」
近づいた蓮に向かい丁寧に頭を下げる、その肩がカタカタと微かに震えている。

「やあ、偶然だね。君の笑顔に会うのは、ほんとに久し振りだ。」
言葉とともに、蓮の右手がふっと上がった。

「雪がついてるよ。」
言いながら肩に残る氷片を払う。

その手がそのまま髪についた雪も振り払おうと伸び、そして他意なくキョーコの頬に触れた。
触れた指先に伝わるひんやりと冷たい感触。
はっとしたように揺れた蓮の指が、その冷たさを確かめるように無意識にキョーコの頬で止まった。

「すごく、冷たい・・・ね。」
囁かれた声の柔らかさと、その奥に微かに滲む艶めきに、キョーコの胸がどきりと揺れる。

「あ、あの、手・・・。」
動揺を気づかれたくない。
そう思ったキョーコが、手をどかしてもらおうと口にしかけた言葉が、まっすぐ自分を見つめる瞳に打たれ、途中で途切れた。
(そんな笑顔でじっと見つめるなんて・・・ズルイです。)
間近に迫る端正な顔立ちに、瞬きも忘れ、見惚れてしまう。

「・・・え?」
不意にふわりとした温もりが肩を覆い、落ち着いた甘い香りがキョーコの鼻を掠めた。
一瞬頭が白くなる。

気がつけば、蓮のコートが背中からかけられ、身体を包むように覆い尽くしていた。
キョーコには大きすぎる、踝まで届くほど長いコート。
そのことに驚いて見つめた先で、蓮がキョーコを安心させるように穏やかに微笑んでいる。

「あ、あの・・・お気遣いはとてもありがたいのですが、自転車で運動してきたようなもので寒くはないですから。だから、どうぞこれは敦賀さんがお使いになってください。」
狼狽が声に出た。

けれど、それを気にも留めぬ素振りで、
「さっき触れた頬は氷のように冷たかったし、そんなに頬を赤くして、しかも肩が震えてる。いくら俺でもここまで分かりやすい嘘には引っかからないよ。」
蓮はさりげなく答えると、手のひらを広げ、キョーコの頬をゆっくり包んだ。

「ほらね、こんなに冷たい。」

触れた手のひらはあっという間に離れたけれど、その一瞬に、冷気で赤くなっていたキョーコの頬に違う赤みが差した。
と同時に急に鼓動を大きくした心臓に驚いて、キョーコは思わず目を伏せる。

「でも・・・、このままでは裾を引き摺ってしまいそうですし・・・。」
下を向き、小さな声でそう返しながらキョーコはコートを肩から外そうとした。
その手を上から被せるようにして、蓮の手が押し止める。

(あったかい・・・。)

再び触れた温もりに、つい手が止まった。
それを悟った蓮の手が、ぴくりと震える。
瞬間、ハッと気づき逃げ出そうと動いた小さな手を、蓮の大きな手のひらがやさしく握りこむ。

「手も・・・こんなに冷え切って。だめだよ。女優さんなんだから、大事にしないと。」

ズキンッ。
そのときキョーコの胸の奥で、掴まれるような痛みが走った。

(“女優サンナンダカラ”・・・ソウヨネ。プロナラ資本トナル身体ヲチャント大事ニシロッテ、ソウイウ意味ヨネ・・・。)

蓮の発した何でもないはずの言葉が、不思議なほど角々と尖って感じる。
その切っ先が頭の中をぐるぐると駆け巡り、心のあちこちが細かく抉られるように痛んだ。

(なんで、こんなに心が軋むんだろう。)

理由がよくわからない。
ただ、傷つけられた場所から何かがしゅるしゅると抜けていき、心が針を刺した風船のように萎んでいく気がした。
(どうしたの・・・私。この気持ちは・・・なに?)

やるせない気持ちに、たまらず自分を叱咤する。
(しっかりしなさいっ、私!せっかく敦賀さんがプロ意識を指導してくださっているんだから!意味なくこんな風に沈んじゃダメじゃない!失礼よ!)
ぐっと奥歯を噛みしめ、キョーコは何度も自分に言い聞かせた。

(ダメでしょ!ちゃんと笑顔をみせなさい!)


*


(またなにか、斜め上な思考にとらわれているみたいだな。)

表情を変えたキョーコが気になるけれど、かといって重ねた手を外す気にはなれない。
むしろキョーコの意識をしっかり自分に戻したくなって、蓮は緩く重ねていた手にぐっと力を込めた。

「はぅっ」

小さな悲鳴に似た声がキョーコの桜色の唇から洩れる。
ぱちぱちと目を見開く、その姿に蓮はくすりと笑いを零した。
それでも、掴んだ手は離さない。
そしてそのまま、逃げ出したそうに身体を捩ったキョーコを制するように、空いていた左手を茶色い頭へ伸ばした。

(久し振りだから・・・もうちょっと補給させて。)


「最上さん。ここにも、雪がついてる。」
伸ばした左手をキョーコの頭にぽんとのせ、すっと滑らせる。

とたんにカチンッと音が聞こえそうなほど身を固めたキョーコに、思わず苦笑が漏れるけれど、
(まだ、もうちょっとだけ・・・いいよね?)
コチコチを解すようにやさしく微笑み、蓮はゆっくり頭を撫ではじめた。

何度も、何度も。
慈しむように。
愛おしむように。
その動きは止むことなく続く。

そうして次第に蓮の指先は、キョーコの髪の間に深く差し入り、梳く感触自体を楽しむように行き来を重ねはじめた。
身じろぎも出来ぬまま、キョーコは黙ってそれを受けとめる。

やさしく滑らかな指腹の動き。
包(くる)まれたコートの温かさ。
ふわりと漂う甘く、艶やかな香り。

キョーコにとってもそれはとても心地のよいもので。
さっきまで不自然に軋んでいた心がじわりじわりと温んでいく。
やがて自然と、頬が緩んだ。

心から安心しきって身を任せるかのような面持ち。

そんな小さな表情の変化すら、キョーコにされると蓮の心には甘やかな幸福感がさざ波のように広がってく。
ふとこのままキョーコを連れ去りたくなって、蓮は思いついた言葉を口にした。

「最近ちっとも会えなくて、最上さんのおいしいご飯を食べられないから・・・すっかり最新の栄養補助食品に詳しくなっちゃったよ。」
冗談めかして言えば、キョーコはすぐに思いどおりの反応をみせる。

「いけませんっ!ちょっと目を離すとこれだから!えっと、いつならお時間ありますか?私の都合はどうとでもなりますから、お時間のあるときをおっしゃってください。召し上がっていただけるなら、お弁当でも夕食でも、なんでもご用意します!」

(よしっ、かかった!)
その返事につい口元が緩み、心の中で小さく拳を握る。

「じゃあ・・・、急だけど今日これからお願いできないかな。夕食。・・・あと、できれば明日の朝食も用意してもらえると嬉しいんだけど。」

さりげなく語られた言葉の裏に盛り込まれた深い深い願いになど、キョーコが気付くはずもない。
ただ、使命感に燃えた瞳を輝かせ、素直にうんうん頷いている。

「お夕食と明日の朝食を準備すればよろしいんですね。分かりました。今日は椹さんにスケジュールの確認をすれば、もうおしまいですので、大丈夫です。今日お会いできて、ほんとによかった。」

にっこりと放たれたキョーコの笑みを、蓮がとびきりの笑顔で迎え撃つ。
とたんにポンっと赤みを増した頬に、蓮は目を細めた。

(そんな表情を見せられたら・・・期待しちゃうじゃないか。)

期待してもどうせ莫迦をみるんだよなと思いつつ、それでもやはり嬉しくて、極上の笑顔に神々しさが加算する。
その笑顔に、ますます顔を赤らめながら、困ったようにキョーコの視線が宙をさまよった。

「で、では、椹さんのところへ、い、行ってまいりますので。」
掛けられていたコートを丁寧に畳んで蓮に渡し、ぴょこんと跳ねるようにお辞儀をすると、キョーコは弾かれるように走り出した。
その背に向かって、蓮が声をかける。

「ここで待ってるよ。君が戻ってくるまでずっとここにいるから。」

その声にキョーコの足が一瞬止まる。

「えっと、あの・・・できるだけ急いで戻りますけど・・・。寒いのでお車に乗ってらしてくださいね。あ、でも、それも寒いか。・・・んっと、喫茶のほうにいらしたほうがいいかも・・・。」
最後はぶつぶつと呟きながら、小首を傾げて思案する様が可愛らしい。
それからふっと顔を上げ、キョーコは蓮を見つめて微笑んだ。

「あの・・・どこにいらしても、必ず敦賀さんのこと、見つけますから。だから、お好きな場所で待っててくださいね。」
そう言い残し、キョーコはあっという間に姿を消した。

(無意識・・・だよな。深い意味も・・・ないよな。でも・・・。)
思わず目を閉じ、もらった言葉を噛み締める。
必ず見つけると、そう断言してもらえたことにドキドキと不自然なほど心音が波打った。


君が俺を見つけてくれた。
本当の俺を、君だけが見つけてくれた。
そんな君が傍にいてくれるから、だからこうして俺は俺でいられる・・・。


やがてようやく蓮が我に返ったころには、キョーコの足音も、息遣いも、もうなにも聞こえないほど遠ざかっていて。
ただ、蓮の心拍の早さと指先に纏うキョーコの仄かな香り、そして触れた肌の記憶だけが後に残されていた。
その指先に視線を向け、蓮は思う。


君に触れるだけで、こんなにも胸が痛くて、苦しくて、切なくて。
耐えきれなくなるほど辛いのに、足りなくてもっと触れたくなる。
そうやって、君を知れば知るほど、もっともっとと、俺はどんどん欲張りになっていくんだ。


(・・・ぜんぶ君のせいだよ。この気持ち、どうしてくれる?どう責任を、とってくれる?そうだな。少なくとも・・・今夜は夕食まで、じゃ絶対に済ませないから。)

見つめていた指先にちゅっと口づけると、蓮はどこか曖昧な笑みを浮かべた。

(それに・・・どうしても気になることがあるんだ。)

キョーコが姿を消した通路の先に視線を送る。


(俺が触れたとき、君の頬は確かに赤味を増して見えた。あの意味を・・・。今夜確かめさせてもらっても・・・いいかい?)







Fin

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