聖夜 (前編) ~キョコ誕&クリスマス記念フリー~

「早く!早く!」

エレベーターを待つのももどかしく、小声でつぶやきながら、いらいらと小さく足踏みをする。
1分でも1秒でも早く、すっかり住み慣れたあの部屋に戻りたい。
そんな気持ちでキョーコの頭の中はいっぱいになっていた。

*


12月24日―――。
クリスマスイブの今夜は、蓮とキョーコにとって大切な記念日。
2人が付き合い始めて3度目の冬。
共に暮らし始めて、初めての冬。

(せっかくがんばって休みを調整してくれたのに・・・。)

社の尽力と2人の努力で、明日の25日は揃って休みをもらうことができた。
そして今日も、本来の予定通りに進めば、共に夕刻過ぎには終わりの目途を迎えられるはずだった。
それなのに・・・。

蓮の撮影は予定よりずっと早く終わり、キョーコの撮影は予定をかなりオーバーして終わった。

「ごめんなさい。機材トラブルがあって、もうしばらくかかりそうなんです。」
途中で連絡を入れたキョーコに
「そう・・・。じつはもうこちらの仕事は終わったんだ。今、事務所だから帰りにスタジオまで迎えに行くよ。疲れただろう?」
すぐにそう答えた蓮。
けれど、キョーコは慌ててNOを唱えた。
「ううん、大丈夫。まだ終わる時間も見えないから・・・。それより、先に帰ってゆっくりしていてくださいね。お願い。」

付き合ってもうずいぶん経つのに、2人の関係はまだ世間に公表していない。
“まだまだ肩を並べられるところには至っていないから”というキョーコの頑ななまでの躊躇いが、早くきちんと公表したいという蓮の願いをずっと退け続けているのだ。それなのに、
(クリスマスイブなんて日に迎えにきてもらって、もし誰かに見つかりでもしたら・・・。)
大変なことになる、と少し想像しただけでキョーコの背筋にぞぉーっと寒気が走った。

「ぜったいに、ぜったいに迎えには来ないでくださいね。もし騒動になったら、せっかくのクリスマスがおじゃんになっちゃうかもしれないもの。そんなの・・・イヤ。」
甘えた声を出しつつ、さりげなく強く念押ししてはおいたが、蓮のことだから勝手にこっそり迎えにくるのではないか、と心配でならない。
ドキドキ、びくびくしながら撮影所を出たキョーコは、そっと辺りを見回した。
が、意に反しそこに蓮の姿は影も形もなかった。
「ほんとにいない・・・。」
よかったと思いつつ、心のどこかが拍子抜けしたように淋しくなる。

(もうっ!わたしったらいつの間にか蓮さんのやさしさに慣れ切って、すっかり調子にのっていたみたい。イイ気になりすぎよ!キョーコ。)
いけない、いけないと頭を叩き、キョーコは足早に帰途に着いた。
頬にあたる深夜の風を妙に冷たく感じながら。


*


チンッ!

ようやく到着の合図が鳴った。
ドアがまだ開ききらないうちからキョーコは箱の中に飛び込み、せかせかと最上階のボタンを押す。
時計を見れば、針はもうまもなく0時を迎えようとしていた。

(どうしよう。こんな時間になるなんて。何か食べててくれたかしら。)

何年経っても、まず気になるのは、蓮の食事のこと。
相変わらず蓮はキョーコがいっしょにいるか、キョーコの作ったものでないとなかなかまともに食事を摂ろうとしない。特に一緒に暮らすようになってからは、それが顕著になってきて、キョーコは気になって仕方ない。
(私の料理を気に入ってくれているのは嬉しいけど・・・。)
長期の撮影で海外に出るときなど、いつも心配になる。

(何も食べずに待ってるのかも・・・。)

今夜はクリスマスイブ。
しかも2人そろっての久しぶりの休暇とあって、はりきっていたキョーコ。
外食しようかと言う蓮の誘いも、“ふたりきりでゆっくり食事を楽しみたいから”と断わり、早くから準備を進めていた。
そうしていろいろと下ごしらえを済ませた食材は冷蔵庫で出番を待っているが、そのまますぐ食べられるものは少ない。
それを蓮もよく知っている。
だから、きっと食べずにキョーコの帰りを待っているに違いない。

(こんな時間になってしまって、本当にごめんなさい。まさか、こんなに遅くなるなんて思ってもみなかったから・・・。)
自分1人のグラビア撮影ということもあり、そんなに大きなトラブルが生じるとは思ってもみなかっただけに、この時間になってしまったことをキョーコは心の中で蓮に詫びた。

(重い料理は明日いただくことにして、今夜はなにかさっといただけてお腹にやさしいものを作った方がいいかしら。)
すっかりかじかんだ手をこすりながら、バッグから鍵を取り出す。

(・・・早く蓮さんに会いたい。)
冷えた身体を一度ぶるりと震わせ、2人の部屋の鍵を握りながらキョーコは強くそう思った。


*


カチャリ。

(・・・え?)
扉を開けたキョーコは首を傾げた。
(暗い・・・。それに・・・寒い。)

玄関を開けたら、きっとすぐに蓮に会えると思いこんでいたキョーコの肩ががっくりと落ちた。
扉の中はひと気がなく、暗くそして冷え冷えとした空気が漂っている。
(もう帰っていると思っていたのに・・・。)
家に帰ったとき誰もいないなんて、こういう仕事をしている2人なら当たり前のことなのに、今日はなぜかとても淋しい。

「蓮さん?」
試しに声をかけてみるが、どこからも返事はなく、物音ひとつしない。

(扉を開けたらすぐ会えるって思いこんでいたから・・・。)

蓮の笑顔に早く会いたい、その気持でもう弾けそうなほどぱんぱんにふくらんでいたキョーコの気持ちが、空気を抜かれた風船のようにプシューンと萎んでいった。

いつもは蓮が先に帰ったときは、扉を開けるとすぐに、キョーコが好きでたまらない神々しいほどの笑顔が彼女を迎え入れ、温かい両腕が彼女を包みこむ。
それが当たり前のことになってしまっていたから。
もう蓮が家にいると信じていたキョーコにとって、今目の前に広がっている景色はあまりにも淋しすぎた。

(何かあったのかしら・・・。)
何の連絡もなく姿がないのはあまりにも気になる。
落とした視線をようやくの思いで上げ、とにかく荷物を置いてから考えようと廊下を進んだキョーコは、リビングの扉がガラスを通してぼんやり光っているのに気付いた。

(あ・・・れ・・・?)
誘われるようにそちらへ足を向ける。

(電気が点いているわけじゃないみたいだけど・・・。)
訝しく思いながら、そっと扉を開けたキョーコは、中を覗きこみ息を呑んだ。


部屋中あちこちに置かれた無数のキャンドル。
夜の暗闇の中で、ゆらゆらと揺れる仄かな光が、部屋全体を甘くやさしく彩る。
どこからかほんのりとブルガリアンローズのやわらかな香りも漂い・・・。
いつもの見慣れたリビングが、まったく違って見える。
それは・・・、あまりにも幻想的な世界だった。

ぐるりと見回せば、中央のテーブルの上に一段と大きなキャンドルが据えられ、その灯りに照らされるように、ガラス皿の上に小さな雪だるまがふたつ置かれているのが見えた。
寄り添うように並べられたそれが、オレンジ色の薄い光にさまざまな角度から照らされている様は、なにかの絵本の挿絵のように可愛らしい。

「うわぁ・・・・・・・・。」

持っていたバッグを足元に落としても気づかないほど、キョーコはその情景に魅入られていた。
目を奪われ、心を奪われ、言葉も出ない。

今、キョーコの視界には、ただただやさしく安らかな温もりに満ちた世界が広がっていた。



「今日の撮影で、本物の雪を使ったんだ。我儘言って、それをもらってきて作った。」

不意に背後から声をかけられたかと思うと、キョーコは温かく力強い2本の腕でその身体を包みこまれた。
途端に冷え切っていた身体が嘘のように急速に温まっていくのが分かる。
外からも、内からも・・・。

「れ・・ん・・さん・・・。」
回された腕に、キョーコは思わず甘えるようにそっと頬を寄せた。
安堵の思いが身体中を駆け巡る。

「お帰り。キョーコ。こんなに冷え切って・・・。迎えに行けなくてごめん。」

やさしく艶やかで、心地よく耳に響く声。
キョーコといるときだけ、普段より少し掠れてくぐもって聞こえるその声には、もうすっかり慣れたはずなのに、名前を呼ばれるとやっぱり心臓がドキリと震える。
歓びに小さく震えた身体を愛おしむように、蓮の腕にふわりと力がこめられた。

「気に入ってくれた?」

囁きとともに、冷えた頬に唇がそっと触れた。
その場所を発端に、キョーコの全身に新たな温もりがじわじわと広がり、淋しかった想いの全てがかき消されていく。

「・・・素敵過ぎて・・・言葉もでないです。・・・嬉しい。」
上目遣いに蓮を見上げたキョーコに、このうえなくやさしい笑みを向けると、蓮はそっと彼女の唇を啄んだ。

「よかった。喜んでくれて。時間があまりなくて・・・これくらいしか用意できなかったんだ。ごめんね。」
その言葉にううんと首を何度も横に振る。

「それに・・・俺、あれしか作れなくて。」
少し困ったような声色に、キョーコは首をかしげるようにしてテーブルを振り返った。
よく見ればそこには、雪だるまだけでなく2皿のオムライスが置いてある。
キョーコの口許にくすりと笑いが込み上げた。

そう、それは2人がいっしょに暮らし始めたころ、キョーコが蓮に特訓した料理。

『キョーコがいっしょにいてくれるかぎり、もうマウイオムライスなんて作る必要は二度とこない。断言できるよ。だから・・・キョーコの味を教えて。今度は君にちゃんと美味しいオムライスを食べさせてあげたいから。』

悪戯っぽく微笑む蓮に、そんな風に言われたときの記憶が蘇る。

「雪だるまが溶けたらいけないと思って、部屋を暖めておくこともできなかった。・・・ほんとに、ごめんね。」
その代りに、というように蓮はその身体でキョーコをすっぽりと包み込み、苦しくなるほど抱き締めた。
まるで、1cmの布地すら2人の間にあるのは許せないとでも言うかのように。
強く、やさしく。

反射的にキョーコも、その胸にきゅっとしがみつき頬を寄せる。
今はもうすっかり温かさを取り戻した耳に、規則正しく、けれどいつもより少し早い鼓動が届き、湧き上がる幸せにキョーコは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。






(後編へ続く)

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