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冬晴れ sideキョーコ

突き抜けるような青空の下をまっすぐに走り抜ける。
頬を掠める空気は刺すように冷たいけれど、それも今日は心地よく感じる。
不思議なほど浮き立つ思いに駆られながら、もうすっかり慣れた道のりを、キョーコは自転車で快適に飛ばしていた。

この角を曲がって、5分もすれば事務所に着く。
今日は・・・会えるだろうか。
自転車を走らせながら、ふと思う。

(・・・え?今、私、何を考えたの?)

心の片隅をよぎった想いにどきりとして、思わずブレーキを踏んだ。
キキキッと軋んだ音が鼓膜を駆け抜け、自転車が勢いよく止まる。
前のめりになった身体を危ういバランスで支え、キョーコはハアーッと大きくため息をついた。

(また、バカなこと考えてた・・・。)

そう。
最近の私はかなりおかしい。
何をしていても、ふとした拍子にひとりの人の面影を浮かべてしまう。


今、あの人は何をしているだろう。
ちゃんとご飯を食べているだろうか。
演技のためだといって、無理していないだろうか。
相変わらず・・・キレイな女性に囲まれているんだろうか。


気がつけばそんなことばかり考えていて。
(だめだな。私。)

この気持ちには覚えがある。
バカげていると、二度と抱かないと、そう誓ったあの気持ち。
あれよりもっと苦しいけれど。
あれよりもっと辛いけれど。
でも・・・よく似ている。

(・・・ううん、ちがう。そんなんじゃない!)

心配なのは、相手が大事な先輩だから。
気になるのは、目標であり道標である人だから。
不安に駆られるのは・・・それは・・・それは・・・。


それ以上突き詰めたら危険な気がして、キョーコは大きく頭を振り払い、もう一度自転車に跨った。
冷たい風がザザーッと音を立てて頬に吹き付ける。
自転車を必死に漕いでいるときは心地よくさえ感じていたその風が、今は妙に冷たく厳しく思えた。


事務所まであと少し。
余計なことを考えるのは・・・やめよう。


そう思いながら再びペダルを踏んだ。
角を曲がれば正面に見える大きなビル。
その窓はどれも、中が見えないようにフィルムが貼られている。
光を反射して同じように光る窓・・・のはずなのに、2階の端のそれだけがなぜか妙に目に留まる。

(ああ、まただ。)

このごろはいつもそう。
こうして自転車で事務所に向かうと、まずあの窓をチェックしてしまう。
そんなことをしても、何も見えるはずがないのに。
それでも見てしまうのは・・・たぶんときどき届くメールが原因。

(メール・・・か。)

考えごとをしながら漕いでいたら、自転車はあっという間に事務所にたどりついた。
いつものように自転車を停め、いつものように自転車を降り、いつものように乱れた息と髪を調えようとひと息つく。
そのとき・・・、突然携帯が鳴った。

それは、特別な着信音。
電話も、メールも、その人からのものだけは、すぐわかるようにしてある。
そんな特別な音が聞こえてきて・・・。
かじかんだ手を何度もすり合わせて指先を溶かし、急いでカバンにその手を突っ込んだ。

『メール 1件』
取り出した携帯に浮かんだその文字に思わず顔がふやける。

(だ、だれも気づいてないよね・・・。)
意味もなく辺りをきょろきょろと見回し、周囲の人間が自分に何の関心をもっていない様子に安堵した。

(こういう時は地味でよかったってほんとに思うわ。)
バカみたいにドキドキと高鳴る胸。
大きく深呼吸をひとつして、それからすぐにメールを開いてみる。


『最上さん、こんにちは。コーヒーを飲んでいたら君の姿が見えたのでメールします。自転車は寒くなかったかい?よかったら、温かい飲み物をごちそうするよ。』


ああ、やっぱりそうだった。
ふにゃりと緩む顔を抱えて、いつものように窓を見上げた。
何度も繰り返された記憶が、その窓の向こうを透視する。
フィルムに阻まれて何も見えないガラス窓の向こうに、神々しいほどに眩しい笑顔が見えたような気がして、思わずその場所をじっと見つめた。


目にするだけで、心が温かいもので満ち溢れる笑顔。
誰にも言えないけれど、本当は泣きたくなるくらい大好きな笑顔。

その笑顔が、きっと今だけは自分だけに向けられている。
あの人が私だけを見てくれている。


そんな気がして―――。
絶対に口にはできない言葉をつい願う。

(その笑顔・・・その笑顔だけは、いつも私だけに向けてくれませんか?)

思った瞬間、はっと気づいて固まった。
誰にも聞かれているはずがないのに、慌てて辺りを見回し、首を振る。
そして、ごまかすように窓に向かってお辞儀をした。
後輩としての正しいお辞儀。
今思っていた当人の前でいつもしているのと、同じお辞儀。

(ち、ちがう。違うんです。そんなんじゃ、ないんです。後輩、後輩。私はただの後輩です。身の程知らずなことを願ってごめんなさい・・・。)

頭を下げながらぶつぶつと呪文のように心の中でつぶやき、自分自身に必死に言い聞かせてみる。
けれどそうすればするほど、その声をかき消すほどの勢いで、頭の中に蓮の笑顔が大きく頭に浮かんだ。

(敦賀・・・さん・・・・・。)

心の奥で、認めちゃダメだと叫ぶ声がする。
認めたらおしまいだとたしなめる声がする。

それでも・・・。
それでも、湧き上がってくる想いが止められなかった。
少しずつ積み重なってきた気持ちが、もう限界にきていた。

(だめだめだめだめ!だめー!)

すべてを打ち消そうと、声に出さずに叫びまくってみた。
わぁんわぁんと自分の声が響く、頭の中に気を取られる。

機械的に自転車を置き、機械的に事務所のドアを開けた。
機械的にエレベータに向かい、機械的にその前に立つ。

その間も怖いほど早まり、高鳴っていく心音。
それが、何だかしまいこんだ心の箱を壊す音に思えた。
トクトクがドクンドクンに変わり、ドクンドクンがバクバクに変わる。
このままじっと立っていたら、頭の中がどうにかなってしまいそうで、いてもたってもいられなくなった。

(か、階段を使おう!)

とにかく動こう、動けば気持ちが切り替えられるかも。
こんな気持ち、振り払えるかも。
そう思いついた瞬間には、もう駆け出していた。

それなのに・・・。
非常階段を飛び上がるたびに、心の奥の箱がカタカタと揺れる。
揺れるたび、鍵が少しずつ壊れていく。


もうすぐ・・・もうすぐ。

もうすぐ、あの人に会える。
きらきらと輝くような笑顔をくれるあの人に。

優しい笑顔で。
私を包み込んでくれるあの人に。

もうすぐ・・・会える!


気が付けばそんな気持ちでいっぱいになっていて。
箱の中に隠した想いが、今にも曝け出てしまいそうになった。

(いけないっ!鍵を。鍵をかけ直さなきゃ!)

非常口のドアを開け、廊下の端から見つけた艶やかな黒髪と大きな体躯。
見間違えるはずのないその人影を見つけたとき、ようやく我に返った。

走りかけていた足がぴたりと止まる。

(落ち着いて!落ち着いて、私。ちゃんと鍵をかけ直さなきゃダメ。この箱を開けちゃ、ダメ!今・・・今、敦賀さんの顔を見ちゃダメ!)



けれどその時―――。
視線の先から穏やかな声が響いた。

「最上さん。会いたかったよ。」

耳を通り、胸を抜け、染みわたるように全身に回る・・・その声。


バリーンッ!


その瞬間、大きな音を立て、心の奥で何かが砕け散った。
砕け散ったあとから、次々と湧き出る想い。
止めようがないほど勢いよく溢れ出す・・・想い。

(もう・・・、もう無理だ。)

いけないと思いながら、なぜかぽろぽろ涙がこぼれた。
霞む視界の向こうで、ぼんやりと揺らぐその顔は、たしかに求めていたそのままの笑顔で。
止められない想いに引きずられるように走り寄っていた。


何も考えられなかった。
ただ、そばに行きたかった。

走り出して。
駆け寄って。
気持ちが急いて。
・・・カーペットに足を引っ掛けた。

「あっ!」

バランスを崩した身体が一瞬宙に浮く。

(倒れる!)

前のめりに倒れ込み、思わずぎゅっと目をつぶったそのとき、倒れるはずの身体が柔らかくて温かい何かにやさしく抱きとめられた。

(敦賀・・・セラピー・・・?)
記憶に焼きついていた、甘く蕩けるような香りがふわりと全身を包み込み、全身を波打たせる。

(気のせい?・・・抱き締められている気がする。)
茫然とする身体が、そのまま離されることなく逞しい腕の中へ抱き寄せられた。


「そんな風に走ったら危ないよ。」

頭の上からやさしく囁く声がする。

「ほんとに君はしっかりしてるのか、おっちょこちょいなのか、わからないな。」

背中に回されていた手がひとつ離れた。

(やだ。離さないで。)
ついそんなことを思う。

「・・・だから、目を離せないんだけどね。」

離れた手がぽんっと頭に置かれ、何度も何度も撫でられた。
慈しむように愛おしむように上下するその動き。
それがあまりに温かくて優しくて、ついその手のひらに身を任せてしまう。

すると一瞬とまどったように止まった手が、意を決したようにキョーコの頭を掴んだ。
そしてそのままぐっと、頭を胸元へ押し付ける。
キョーコの耳に、どくどくと波打つ蓮の心音が強く、強く響いた。


「ねえ、最上さん。聞いてくれる?」

背中に残されていたもう片方の手に力がこもったのがわかった。
その力の強さに、キョーコの全身が泡立つほど震える。

(夢・・・?これは・・・都合のいい夢?)

現実が頭の中とつながらない。
けれど回された腕の力が緩むことも、降ってくる声が止むことも、なかった。

「こうやって素の君を抱き締める役は、もう俺だけにまかせてくれないか。」

(・・・え?)

思わず顔を上げようとして、やめた。
今の自分が、どれだけ顔に熱を帯びているのかよくわかっているから。
きっと、耳の先までありえないほど真っ赤に染まっているはず。
涙も全然止まらなくて。
こんな顔・・・見せられない。


「君を守る男は・・・俺だけでいい。」


なんて答えたらいいんだろう。
どうすればいいんだろう。
でもわかる。

この顔を見られたら、きっと何もかもが変わってしまう。
何もかもが今までと違ってしまう。
そんな・・・気がする。

でも・・・。



「・・・ダメかい?」


でも・・・。
でも、見上げても、いいですか?


まっすぐに、顔を上げて。
そして、あなたを、見つめてもいいですか?



「最上さん・・・。」


・・・今すぐ。

・・・あなただけを。

・・・見つめてもいいですか?







fin

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コメント

  • 2013/09/23 (Mon)
    23:55
    わおお…

    これはいいプロポーズのセリフですね−、
    蓮さん限定ですけど。

    来月こうは…ならないでしょうねえ。
    早く見たいような、もっとずっと長く連載が続いて欲しいような…複雑な気分です。
    あ、限定パスありがとうございました。
    順番に読んでいるのでなかなか限定記事にたどり着きませんがどれもこれも素敵文章ばかりなので嬉しいです。

    次の花ゆめまでこちらで癒やさせていただきます。
    ありがとうございました−。

    ナポリタンMAX #8jjQQGkw | URL | 編集
  • 2013/09/24 (Tue)
    17:35
    Re: わおお…

    素敵なプロポーズですよね!
    藤●隆さんのプロポーズエピソードを聞いた瞬間、すぐに蓮キョ変換しちゃいますた^^;

    本誌連載の今後、ほんとに気になります。
    二人には早く幸せになってもらいたいけれど、連載もずっと続いてほしいし・・・。
    読者の気持ちは複雑!

    > あ、限定パスありがとうございました。

    こちらこそ申請いただきありがとうございました!
    またぜひ遊びにいらしてくださいね♪

    ちなぞ #- | URL | 編集

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