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冬晴れ side蓮

ガタンッ

大きな音を立てて、温められた缶コーヒーが機械の中を滑り落ちる。
長すぎる足を器用に折り曲げ、蓮は一般の人にもやや低い、彼にとっては非常に低い位置にある取り出し口から、小さなブラック缶を取り出した。
素手で掴むには熱すぎるその缶を、開けることなく着ていたコートのポケットに投げ入れると、蓮はそのまますぐ脇の広い窓に身を寄せた。

ここはLME事務所の2階。
自動販売機といくつかのテーブルが置かれたこの場所は、外の大通りに面した廊下の外れにある。
広く大きな窓際に立てば、そこから外の様子がつぶさに見て取れた。
最近の蓮は、事務所で時間を潰すときに、ラブミー部室かこの場所にいることが多い。
本来、外から丸見えのこんな窓際に“敦賀蓮”が立っているのがわかれば、たとえ建物の中といっても大騒ぎになりかねない。
しかし、ここは有名な芸能事務所。
窓にはしっかりと目隠しフィルムが貼られており、外からはそこに誰がいるのかわからないようになっていた。


「今日も寒いな。」
そんな窓際に立ったまま、誰ともなくつぶやく。

締め切ってあっても外の冷気がガラス越しにじわじわと伝わってくる窓辺。
身体を寄せるにはやや寒すぎるものの、蓮はそんなこと気にも留めず、ただじっと外を眺めていた。

「あっ」
何かを認めたかと思うと、小さく声を漏らし、蓮はかけていたサングラスを少し上にあげた。
冬の柔らかな陽射しの中で、蓮の視線を捉えたのは自転車に乗った小柄な少女。
事務所に向かい勢いよくまっすぐに走ってきた自転車は、瞬く間にその姿を大きくし、ビルの入口へとたどり着いた。

「相変わらず、元気だな。」
小さく漏らすと、蓮は徐にポケットから携帯を取り出した。
先ほど押し込んだコーヒー缶のせいで、握ったそれは人肌以上の温もりを感じさせる。
その携帯を握り締め、慣れた手つきでアドレスを呼び出すと、軽快なタッチで蓮は文字を打った。

『最上さん、こんにちは。コーヒーを飲んでいたら君の姿が見えたのでメールします。自転車は寒くなかったかい?よかったら、温かい飲み物をごちそうするよ。』

送信ボタンを押して携帯をポケットに戻し、また視線を少女――キョーコへと戻す。

本当は電話をかけてすぐ声を聞きたい気もしたけれど、これから会えるとわかっているなら、最初に聞く声は受話器越しより直接がいい。

そんなことを考えながら。



すぐに、着信音が響いてきたのだろう。
事務所の入口脇へと自転車を押しながら、キョーコが「あっ」という表情を浮かべるのが見えた。
慌てたようにその場に自転車を停め、肩に下げたカバンから携帯を取り出し始める。

風で立体的に膨らむ上着の中で、しなやかに動く手足。
何気なく頭を振るたびに、光が反射して煌めいて見える髪。
ころころと変わる豊かな表情。

キョーコの一挙一動が、蓮の視線を捉えて離さない。
ぼんやりと見つめたまま、蓮は何の気なしに両手をあげた。
そのまま開いた指先を合わせ、檻のように形作ると、小さなキョーコの姿をその中におさめてみる。

(こんなふうに・・・俺の作った檻の中に君を閉じ込めてしまえればいいのに。)

ふと思う。

(ねえ、最上さん。どうすれば君は俺を好きになってくれる?どうすれば・・・この手の中に落ちてきてくれる?)

手のひらで作った檻の中にいるキョーコに、心の中でそう囁きかける。
・・・が、そう思った途端、檻からキョーコの姿がするりと抜け出した。

(ああ、ほら、やっぱり君はすぐに逃げ出してしまう。)

思わず苦笑した蓮の目の前で、小さなキョーコが顔を上げた。
彼女がいる場所から蓮の姿を見ることはできないはずなのに、向き直った彼女はまっすぐ蓮の視線を捉えている。
そして、小さくお辞儀をしてみせた。
2階の窓からみてもわかるほど嬉しそうに、それはそれは大きな笑顔を浮かべながら。

(そしてそうやって、笑顔ひとつで俺を簡単に翻弄してみせるんだ。)

見えるはずもないのに、蓮はキョーコに向かって笑顔を手向け、そっと手を振ってみせた。
それから、ふうーっと大きくため息をつく。

(まったく君はひどいよね。)

ついたため息で、目の前のガラス窓が一気に白く曇っていく。
キョーコの姿も同時に霞み、蓮は慌てて窓ガラスを手で擦った。
けれど、なぞった指跡の向こうに、もうキョーコの姿はない。

(相変わらず素早いな。)

くすりと口元だけで笑いをこぼすと、蓮はゆっくりと向き直り近くの椅子に腰を下ろした。
さっきまでとは比べようもないほど、自分の心が浮き立っていくのがわかる。


あの笑顔が間近に届く。
そう思うだけで心が高鳴る。

鈴を振るような声が自分の名を呼ぶ。
そう思うだけで心が熱くなる。


そして同時に、ほんの少しだけ薄暗い想いが心を掠めていく。

(でも、君はそんな俺の本当の気持ちなんて、これっぽっちもわかっていないんだ。)

まさかあんな笑顔をほかの男にも見せていたりしないよね・・・。
ついそんなことを考え、もう一度大きく息を吐くと、蓮はポケットからコーヒーを取り出し、プシュッと開けた。
ほろ苦い香りが鼻先を揺らす。
その香りの源を、ごくりと一気に飲み込んで、蓮はゆっくりと廊下へ向き直った。


余計なことを考えるのはやめだ。
今はただ、もうすぐくる君のことだけを考えよう。


もうすぐ・・・もうすぐだ。

もうすぐ、君がここにくる。
きらきらと輝くような笑顔とともに。

息せき切って。
きっと・・・くる。


この俺に・・・会うために。



高鳴る鼓動を必死に抑える蓮の顔に、微笑みが知らず知らずのうちに浮かんできた。
その笑みが、時を追うごとにどんどん、どんどん深みを増していく。

聞こえるはずもない、少女の足音を全身で感じ取りながら。
緩む口元に手をやり、つい顔を隠す。

けれどそれでは隠しきれない笑みが、どんどん、どんどん溢れていく。

どんどん、どんどん・・・。





fin

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