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雨が雪に変わるまで (23)

隣で眠るあの人を起こさないよう、そっと狭いベッドから抜け出る。
上衣を羽織り、カーテンを小さくずらし、窓の向こうを見れば、そこには一面に白銀の世界が広がっていた。

(真っ白・・・。)

世界がキラキラと輝いて見える。

ふと胸元に目をやり、小さな赤い痕に気付いた。
それがなんなのか、思い当たった途端、頬がカッと熱くなる。
夕べの出来事が走馬灯のように思い出された。
この場所に触れたあの人の唇の熱さ。
その痕が・・・このうえなく愛おしくて。
そっと指をあてた。



そのとき、ふわりと何かが肩に触れた。
次の瞬間、背後からぐっと抱き締められる。

肩に埋められた頭。
首筋を、やわらかい唇がなぞるように滑る。
ふわりと立ち上る敦賀さんの・・・匂い。
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなった。

「起きたの?」
耳元で囁かれる艶やかな響きに、身体中が熱くなる。

「・・・敦賀さん。」
その声が、あまりに愛しくて思わず彼の名前を口にしたけれど・・・
「ちがう。」
思わぬ否定の言葉が返され、動揺する。

「え?」
「久遠。」
「く・・・おん?」
「そう・・・くおん。」
「くおん・・・。」
「キョーコには、ちゃんと本名で呼ばれたいんだ。」

彼が当たり前のように口にした、キョーコという響きに心臓が激しく動悸した。
彼も・・・私に名前を呼ばれたら、こんな風になるんだろうか。

「くおん。」

言われた名前を口の中で繰り返し、そっと厚い胸に耳を寄せる。
激しく響く2つの鼓動。
回された腕に力がこもり、思わず小さく声を上げた。

「ごめん・・・、痛かった?」

その言葉に頭を大きく左右に振る。

痛いんじゃない。
ただ。驚いただけ。

―――嬉しくて。


その気持ちを伝えたくて・・・。
目の前で交差された手に、そっと両手を重ねた。
背中から伝わる温もりと、その手の温もりが、ひとつに結ばれる。

そこから、するりと敦賀さんの手が抜けたかと思うと、重ねていた左手がやさしく掴まれた。



・・・・・・え?

・・・指輪?

突然薬指にはめられた指輪。


「これ・・・?」
何が起きたのかよく理解できないまま、指輪をはめられた手を少し上げる。

「誕生日おめでとう。今年も一番に言えてよかった。」
震えるほどやさしい笑顔が私を見つめていた。

「これはそのお祝いと・・・それから・・・これからの約束。」

「やくそく?」
小首を傾げた私の身体を痛いほど強く抱き締めながら、敦賀さんは私の耳元に囁いた。

「話せずにいてごめん。じつは、ハリウッドからオファーをもらったんだ。年が明けたらすぐ旅立つ。仕事を調整してたのは、君が思い込んでいたような理由じゃない。それと・・・宝石店にいたのは、これを用意していたせい。どうしても・・・、君の誕生日にこれを渡したくて。いろいろ、焦りすぎてた。」

告げられた言葉に身体が大きく震える。
心臓が、痛いほど強く跳ねた。
その震えを抑えるように、敦賀さんの大きな手がやさしく何度も私の背を撫でる。
それだけで、跳ね上がった心臓が次第に落ち着きを取り戻していく・・・不思議。

「まだ成功したわけじゃないし、成功する保証もない。でも・・・君さえいれば、俺は決して負けない。だから・・・約束がほしい。」

焦点が揺らぐほど間近で、蒼い瞳が私を捉えた。
私は言葉もなく、ただその瞳を見つめ返し続ける。
逸らしては・・・いけないと思ったから。

「約束・・・。」

「そう。・・・約束。君は決して俺以外の誰のものにもならないと。俺だけのものでいてくれると。そう約束してほしいんだ。
これからアメリカに旅立つ身で、そんなことを言うのがどんなにずうずうしいか、自分でもわかってる。
でも・・・。
でも、もう君を失うかもしれないという不安を抱え続けるのには耐えられない。どうしたって無理なんだ。だからって、君をあきらめることはもっとできない。絶対に。何があっても。」

敦賀さんの顔が私の肩にすっぽりとおさまる。
吐息がうなじを揺らし、その場所を唇が弄る。
小さな痛みがその場所に走り、掠れたような囁きが鼓膜に届いた。

「その約束がどうしてもほしくて、このひと月、ずっとずっと君を追いかけてた。いつも君は、逃げてばかりいたけどね。」

それから彼は顔を上げ、私の手をとったまま、そっとその場に跪いた。

「最上キョーコさん。お願いです。俺と結婚してください。」

指先に、彼のやわらかな唇が触れる。
差し込んだ光が漆黒の髪に反射し、キラキラと輝く輪を描いた。
目が・・・離せない。
心のすべてが・・・この人に絡めとられてしまう。


「すぐとは言わない。君がその気になるまで、いつまでも待つつもりだ。今までだって、ずいぶん待ってきたからね。」
そう言ってウインクをする彼の、華やかな笑みに目を奪われた。

「でも・・・俺以外の誰も君の傍に近づけないでほしい。それだけは・・・ダメなんだ。」
いつもとは違う、下から向けられた彼の視線に懇願の色が混じる。

「俺以外の誰も・・・許せない。我慢できない。絶対に・・・耐えられない。」
握られた手に痛いほどの力が籠った。

「・・・・・。」

混乱して、どうすればいいかわからない。
胸の奥から熱い痛みが次々と込み上げて、言葉が出てこない。

「キョーコ・・・愛してる。君以外・・・俺は誰もいらない。君じゃなきゃだめなんだ。だから・・・お願いだから。俺だけのキョーコでいて。ずっと、ずっと俺から離れないで。」

不安そうな声が響いた。
その声に思わず伸ばした手。
触れた背中から震えが伝わってくる。
私の小さな沈黙が、彼をこんなに怯えさせるなんて・・・。

驚き・・・そして、心にさっきよりももっと熱く、もっと強い想いが沸き上がってくるのを感じた。

・・・嬉しい。
鼻の奥がじんと熱くなり、涙がこみ上げる。
そのまま流されるように、私はこくんと頷いた。

「キョーコ・・・!」

途端に立ち上がった彼に、私は息がとまるほど強く強く抱き締められた。
骨が折れてしまいそうなほど、強く。

でも・・・。
たとえ全身の骨が今粉々になっても、きっと私は幸せな笑顔を浮かべたままだっただろう。



抱き締められた腕の向こう。
カーテンの隙間から、真っ白な世界が覗いているのが見えた。
指輪にあたった光がプリズムのように反射して、さまざまな色に分散していく。

―――――ああ、こんなにも、世界は輝いてる。

嬉しくて、幸せで・・・言葉が出ない。
そのとき、彼の腕がもう一度私を、今度はガラス細工に触れるかのようにやさしく注意深く包み込んだ。


言わなくちゃ。
ちゃんと応えなくちゃ。

想いに急かされるように、私はそっと彼の耳に唇を寄せた。

「くおん・・・さん。・・・私もあなたを・・・愛してます。これからも・・・ずっと・・・変わらずに。」

とたんに、再びギュッと思いきり力がこめられた。

「キョーコ・・・。本当に?信じてもいい?俺だけの君でいてくれるって。」
絞り出すような声が漏れ聞こえる。
力が・・・緩まない。

「いたいっ」

抱き締める力が強すぎて、思わず声を上げた。
でも、本当はその痛みも愛しくて・・・愛しくて・・・たまらない。

「ええ。あなたがどこにいても。離れていても。いつでも、いつまでもあなただけを愛しています。ずっと。ずっと・・・。」

彼の震えが全身に伝わる。
その震えをなんとか止めてあげたくて、私は手を伸ばしその身体をひっしと抱き締めた。
できるだけやさしく何度も、何度もその背を撫でる。

この人がこんなにも脆いなんて、知らなかった。
こんなにも私を必要としてくれていたなんて、知らなかった。
私だけが、この人を必要としていると思いこんでいた。

でも・・・違う。


「あなたがいない世界なんて・・・もう考えられないです。」



*



雨が雪に変わったとき、私の世界は一度真っ白に塗りつぶされた。

―――すべてが白紙に戻る。

そんな気がして凍りついたまま動けずにいた私の前に、来てくれたこの人。
彼は、最果ての地のように白く覆われた私の世界に新たな色をつけてくれた。


雨が雪に変わり・・・。
そして・・・埋もれていくはずだった私の世界は、輝くような色彩とまぶしい光を手に入れた。


以前よりももっと美しく。
もっと目映い光を。




誰よりも愛しい人とともに――。






fin

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―――――――――――――――――

長らくお付き合いいただきありがとうございました。
初めての長編ということもあり、途中何度もくじけそうになりましたが、たくさんの皆様からいただいたコメントが最後まで続ける勇気と根性をくださいました。
ここまでお付き合いくださったすべての方に感謝の気持ちを捧げます。
本当に、本当にありがとうございました。

・・・ちなみに、キョーコちゃん、NY行きの飛行機には完全に乗り遅れてます。
それどころかよくみると・・勝手に破り捨てられたチケットがゴミ箱に落ちてたりするかも!

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コメント

  • 2014/10/17 (Fri)
    23:42
    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    # | | 編集
  • 2015/11/27 (Fri)
    22:12
    Re: タイトルなし

    長い長いお話を最後まで読んでくださり、ありがとうございました、
    チケット、間違いなくゴミ箱の中だと思います。
    いや、びりびりに細かく破られてトイレに流されてたり?
    ベットの住人!間違いないと思います!

    ちなぞ #- | URL | 編集
  • 2016/08/12 (Fri)
    09:25
    やっぱりすごい

    いつも本当に楽しませていただいています。このシリーズは大好きで、またもや、1話からぶっ通しで全話読んでしまいました。睡眠不足もなんのそのです。ジレジレスレ違い。たまりません(///ω///)

    ぽてとたべたい&ぽてとあげたい #- | URL | 編集

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