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徒然妄想記

頭に溢れるス.キ.ビ・蓮.キョ妄想を文字にしてみたくなり、ひっそり開設しました。

月はただむかふばかりの…


「思はじと言ひてしものを・・・ 」の蓮sideです。





赤信号で止まった車の窓から、ぼんやりと霞む月が見える。
薄く、水滴が滲んだような光の膜に包まれた小さな満月。

月に暈がかかると雨が降る。
そう教えてくれたのは誰だっただろう。

雨を降らす月・・・。
その言葉が何だか矛盾しているように感じて、思わずくすりと笑いが零れた。




はただむかふばかりの眺めかな 心のうちのあらぬ思ひに
(風雅和歌集 祝子内親王)



『関東地方に大型の台風が近づいています。午後には雷を伴う非常に激しい雨が降る恐れがありますのでご注意ください』

部屋に戻り、時計を確認した俺はすぐテレビを点けた。
タイミングよく天気予報がはじまる。
テレビなんて普段はまったくみることがない。
でも今日は特別だ。
明日の天気が気になる。
だって、明日のロケには君も来るはずだから。

せっかくの君に会えるチャンス。
1回だって無駄にしたくない。
天気ばかりは俺にどうにかできるものではないけれど、それでもなんとかしたいと思ってしまう。

台風か・・・。思わずため息が出た。
先ほど目にした、暈のかかった満月を思い出す。
いや、まてよ。
急な中止にでもなれば、君と俺揃ってオフになる可能性もある。
それはそれで、チャンス・・・か?

そう考えたことに苦笑いが浮かぶ。
君が絡むと、つい自分にとって都合のいいように物事を考えてしまうんだから。
まったく最近の俺はどうしようもないな。
とにかく今日はさっさと休もう。
明日の君に、万全の俺で会うために。


* * *


昨夜予報されていた雷雨は、本当に突然訪れた。
雨に弱い撮影機材を守ろうと、焦ったスタッフが走り回る。
俺たちも演技を中断し、監督の指示に従って急いでロケバスへ戻った。
バスへ戻るわずかの時間にも、間断なく降り注ぐ激しい雨にあっという間にずぶ濡れになる。
肌に張り付くほど濡れたシャツを見て、社さんが慌てて持ってきてくれたタオルをかぶり、バスへ乗りこんだ。

彼女は・・・どこだ?

受け取ったタオルで髪を拭きながら、さりげなく最上さんを探す。
彼女の出番はしばらくなかったから、てっきりバスにいるものと思っていた。
それなのに、何度見回してもどこにもいない。

いるはずの場所に君がいない。
あるはずの笑顔がそこにない。

ただそれだけのことに心がチリチリと震え、焦燥感に似たざわつきが全身を支配する。
言いようのない不安から慌てて携帯を取り、もうそらで覚えている番号を押した。
プルルという呼び出し音がやけに長く感じる。

カチャ。
回線がつながったことに、莫迦みたいに安堵した。
「もしもし、最上さん?バスに乗ってないみたいだけど、どこにいるの?大丈夫?」
焦って尋ねた俺に、平然と君は言葉を返す。
「今は近くのお店で雨宿りしているので大丈夫です・・・」
その静かな声が、強い雨音に時折かき消されることにすぐ気付いた。
相変わらず君はすぐばれる嘘をつく。
本当に奥ゆかしいにもほどがあるよ。
そんな君の嘘に気付いてないふりをしながら、止めようとする社さんを振り払い、俺はバスから身を乗り出して君を探した。

「近くのお店ってどこ?君こそ濡れてるんじゃない?傘は持っているの?」
返事など聞く気はない。
どうせただの時間稼ぎだ。
電話の向こうに聞こえた雨音は、どう考えても彼女が外にいることを示している。


声の合間に聞こえたクラクションの音を頼りに辺りを見回すと、通りの向こうの小さな店の軒先に立ち尽くす栗色の頭がちらりと見えた。
それを認めた瞬間、切られた電話を手に俺は、傘とタオルを掴んでバスを飛び出した。

(捕まえた!)

君を見つけた喜びに、かくれんぼの鬼になったような少しわくわくした気持ちでそっと近づく。
雨を避けるように俯いていた彼女の瞳に、どんな感情が映っていたのかなんて気付きもせず。
そして茶色の頭にばさりとタオルをかけた。

「やっぱり、濡れてるじゃないか。」
言いながら、小さな君の頭をワサワサとかき回した。
その感触があまりに心地よくて、そのまま抱き寄せたくなる衝動を必死に抑える。
口元が緩み、知らず知らずのうちに笑みが零れてしまうのが自分でもよくわかった。
社さんが見たら、きっと呆れてものも言えないか、にやにやといやな笑いを浮かべることだろう。

(これ以上、2人きりでここにいたら自分を抑えきれないな。)
自分の理性に自信が持てない。
だから、
「ほら、いっしょにバスに戻ろう。撮影は中止になったみたいだから。」
そう声をかけ、彼女の華奢な背に手をあてた。
その途端、触れた指の先から想いが溢れ出してしまいになり、慌ててキュッと気持ちを引き締める。

小さな傘の下、肩を寄せ合うようにして2人で歩くバスまでの距離。
この距離がもっともっと長ければいいのに。
先ほどまでの焦燥感が嘘のように、幸福な気持ちが押し寄せる。
時折触れる指先や肩先。
それに感じる距離の近さが、こんなにも嬉しい。

だから・・・小さな喜びに舞い上がりすぎて気づきもしなかった。
君の心がどれだけ近づいていたかってことに。
まさか手の届くところに君がいるなんて。
そんなこと思ってもみなかった。
まさか。
まさか・・・。


* * *


やがて嵐は通り過ぎ、夜空に高く十六夜の月が輝く。
互いに想いを寄せ合いながら、いまだすれ違う心と心を眼下に遠く見下ろして。




月はただむかふばかりの眺めかな心のうちのあらぬ思ひに 
(月を眺めてみても、ただ月の方を向いているというだけだなあ。心の中では月とは関係なく、あなたの事ばかり思っているから。)




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