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雨が雪に変わるまで (19)

「敦賀・・・さん・・・?」

この大きさ。この体つき。・・・間違えようがない。
それは黒いロングコートを羽織った敦賀さんだった。

身体の中心を貫くように震えが走る。
こらえていた想いが一気に吹き出しそうになり、必死に耐えた。
見れば、艶やかなはずの黒髪がじっとりと濡れそぼち、へしゃげて額に張り付いている。
そのことが、彼がそこにいた時間の長さを知らせた。

「どうして・・・?どうして、こんなところに?」

私の疑問には答えようとせず、ただにっこりと微笑みかけてくる敦賀さん。
さっき私が脳裏に描いた、そのままの表情で。

「よかった・・・やっと会えた。」

そしてそう呟くと、大きな身体がぐらりと傾いだ。



* * *



君に会えて、安心したせいだろうか。
身体に、うまく力が入らない。

倒れ込むように君を抱き締めた。・・・つもりだったが、腕に力がこもっておらず、足元のふらつくこの身体を、ただ君が必死に支えようとしてくれていることに気付いた。

申し訳なく思いながらも、君から伝わる温もりに離れがたい欲求を捨てきれず、素直に身体を預けてしまう。
腕に、肩に、頬に、指先に、ゆるゆると伝わるその温度の確かさが、君がここにいる現実を知らせてくれた。
その事実をもっとしっかり確かめたくて、俺は必死に君の手をとり、弁解のように告げる。

「明日から休みをとってしまうって、聞いて・・・。どうしても・・・今日までに捕まえなきゃって思ったんだ。」
声が掠れて、どうにもうまく話せない。

「だからって・・・車で待ってればよかったじゃないですか。なんで、こんな外で、こんな目立つところで、私なんかを待つんですか。」
訳がわからないとでもいうように、彼女は震えながら答えにならない反論を張り上げる。

「もうこれ以上、すれ違いたくなかったから。帰ってきたらすぐわかるように・・・逃げ出してもすぐ捕まえられるように・・・ここにいた。」

(君に・・・ちゃんと伝わるだろうか。俺が、本当に・・・本当にどうしても君に会いたかったってことが。)

ようやくたどりついた彼女の部屋。
中へ誘われた俺は、玄関扉に力ない身体をもたれかけさせる。
彼女がここから脱げ出さないように。
そして入る力の全てを腕に込め、目の前に佇む彼女の手を取り、身体を引き寄せようとした。
けれど、その動きを封じるかのように、彼女がするりと身を反らせる。

(また・・・逃げるつもり?)

「なんで、そこまで・・・。分かってるんですか?あなたはご自分の立場がどういうものなのか。こんなに、こんなに身体が冷え切って。何かあったらどうするんですか。ご用なら、椹さんにでも伝えて頂ければよかったんです・・・。」
叫ぶように訴える君の頬に手を伸ばす。

「それは、できない。直接君に伝えないといけないことだから。」

(逃がさないって、言ったよね。)


もう迷わない。
何があろうと俺は今日、君を捕まえる。
捕まえて、離さない。
そう・・・決めた。


*


ひどく混乱していた。
そして、動揺もしていた。

会いたかった人にようやく会えたというのに、どうすればいいかわからない。
会ったらすぐにでも言おうと思っていた言葉があるのに、言い出せない。

どうして敦賀さんがここにいるんだろう。
答えの見えない疑問が頭の中をぐるぐると回る。
そんな私の耳をすりぬけていく言葉。


捕まえる?私を?
伝えなきゃいけないことがある?私に?


敦賀さんがどうしても今日、私に言わなければならないこと・・・。
思い当たるのはひとつだった。

---最後通告。

(鍵も返していなかったものね・・・。)

ただの後輩のくせに、我が物顔で鍵を預かったままの私。
荷物は引き上げても、鍵は返さないんだもの。
恭子さんのことを考えたら、そのまま放っておけないのも当然よね。

でもせめて・・・。
せめてちゃんと自分から気持ちを伝えたかったのに。
それさえも許されないの?
やっと気持ちに素直になろうとしたのに・・・。

きっと私に、後輩としての分を弁えてほしいと訴えにきた敦賀さん。
明日のことがあるからってこんなに必死になって。
それなのに、そんな敦賀さんを目の前に気持ちを伝えるなんて・・・私にはムリ。

そう、思った。

行き場のない想いが、悲しくて、辛くて、切なくて、苦しくて。
そして目の前にいる人が恋しくて、恋しくて、恋しくて、恋しくて。

こみあげた感情をそのまま目の前の人にぶつけた。
「・・・ご用なら、椹さんにでも伝えて頂ければよかったんです・・・。」

(会えなければ・・・。こんなことなら、会えなければよかった。)

混乱する私をじっと見つめる漆黒の瞳。
魅入られてしまいそうなその美しさが・・・辛い気持ちを加速する。

「それは、できない。直接君に伝えないといけないことだから。」

(いやだ!聞きたくない!)


津波のように押し寄せた激しい感情に、心を揺さぶられる。
恐ろしいほど優しい口調で掛けられた言葉と、取られかけた手を全力で振り切り、ただ耳を塞いだ。


*


掴みかけた手を振り切られ、胸にキツイ痛みが走る。
それでもすぐに踵を返した彼女を追おうとして、ふと靴箱の上に置かれたチケットが目に入った。

あれはそう、NY行きの航空券。
あいつがいるNYへのチケット。
不破尚、あいつの名前がちらつくたびに、俺の心を劣等感に似た焦燥感が苛む。

俺がどんなことをしても得られない彼女との数年間を持つ男。
唯一、彼女から無為の愛情を手向けられた男。
それが憎しみに変わったとしでも、それだけの激情を彼女から向けられるあいつが憎い。
どうしようもない焦りに突き動かされるように、俺は部屋に駆け上がり、夢中で逃げる彼女の腕を掴んだ。

「NYになんか行かせない。」
「やめて!離して!聞きたくないの!」
振り払おうとするから、つい力を入れ過ぎた。

「いたいっ」
ハッとして思わず手が緩む。
その隙に彼女がバスルームに駆け込んだ。

慌てて後に続こうとする。
が、入口で立ち止まった彼女の身体に阻まれた。
そこでようやく彼女が振り返り、淡く微笑んだ。
演技の混じった微笑。

「ごめんなさい。動揺して。それより、お身体が濡れたままじゃ風邪引いてしまいますよね。今、タオル出しますから。少し待って下さいね。」
静かにそう言う彼女の歪な笑みと、その瞳に浮かんだ冷涼な悲哀に、俺は思わず固まった。

全身全霊で俺を拒絶している。
そんな風に感じたから。

パタン

目の前で音を立てて閉まるドア。
生まれた壁が2人の間に永遠の隔たりを作ったかのように感じ、背筋がすぅーっと寒くなるのを感じた。

さらさらと手のひらから砂が零れ落ちていくような感覚。
以前にも感じたソレへの恐怖が蘇る。
全身を耐えがたい震えが襲い、くらくらと不穏な眩暈が止まらない。
引いていく血の気に耐え切れず、俺はドアを思い切り叩いた。

(だめだ。俺の手の届く場所から・・・目の届く場所から・・・いなくなっちゃ・・・だめだ。そんなの・・・許さない。)


*


精一杯の演技で笑みを浮かべ、なんとかドアを閉めた途端、涙がとめどなく零れ落ちはじめた。

(決めたんだもの。ちゃんと言うって。それなのに何もしないうちに、敦賀さんの口から決定的な言葉を聞くなんて、イヤ。何より・・・絶対に耐えられない。)

ちゃんと気持ちを伝えるつもりだった。
終わらせるなら自分から。
それなら耐えられる。
そう思ったのもある。
なのに・・・。

(それすら許されないの?)

涙を拭き、化粧を調える。
棚からタオルを取り出し、手に抱えた。
抱き締めたタオルのやさしい肌ざわりを感じた瞬間、部屋に入るまで敦賀さんの身体を支えていた、あのときの感触が蘇る。
ひんやりと冷たくなっていたその身体。
なのに・・・触れていた箇所は、今こんなにも熱い。


ガンガンッ
ドアを叩く音が激しく響く。

「ここを、開けてくれないか。お願いだから。」

同時に聞こえる敦賀さんの切実な声に、悪感と怯えが走る。

残された時間は僅か。
言われる前に・・・せめて私から・・・ちゃんと終わらせよう。


明日からの自分の・・・ために。


――そして私は、ドアに手をかけた。





(続く)

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