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雨が雪に変わるまで (18)

その頃―――。
蓮は1人、ラブミー部室にいた。

打ち合わせを終え、僅かな期待とともに足を向けたこの部屋。
ドアの隙間から灯りが細く漏れているのを見つけ、慌てて飛び込んでしまった。

(誰も……いないか。)

けれど、テーブルには作業仕掛と思しき書類の数々が散らばっている。
部屋もまだ暖かい。

(もしかしたら……)

昂ぶる心を抑えながら、蓮はすっかり自らの定位置になった角の椅子に腰かけた。
ぐるりと辺りを見回せば、たくさんの想い出が蘇る。

社員向けに用意されたクリスマスプレゼントのお菓子の袋詰めを手伝ったこと。
移動までの空き時間に、流行りの言葉遊びを楽しんだこと。
彼女が作ってきてくれたお弁当を、ここでいっしょに食べたこと。

いつだって、隣にはキョーコのはにかんだ笑顔があった。
手を伸ばせば触れられるほど近くに。
吐息の色までわかりそうなほど間近に。
―――そう、つい最近まで。


カタン

入口からした物音にびくりとして顔を上げる。
ドアの向こうに現れた女性の影。


「はあ????敦賀さん、あなたこんなところでいったい何してるんですか。」

「なんだ……琴南さん……か。」
入口に立ち、驚いた顔で声をかけた奏江に、蓮は困ったように曖昧な笑いを浮かべた。

「え……?あ、いや。その……。灯りが点いていたから、誰かいるのかと思ってね。」
その言葉に、奏江はははーんという表情を見せる。

「キョーコがいるかもしれないって思ったんですね。ったく。ふふんっ、それは残念でしたね。」
両手を腰にあて、心底呆れた口調で言う。
「そういえば見ましたよ、特番。それに……聞いちゃいました。渡米の話。」

(……え?)

「で、キョーコにはちゃんと話したんですか?」
つい目を逸らした蓮に、奏江はきつく眉をよせる。

「敦賀さん、まさか何も言ってないなんてことは……。」
蓮は黙って答えない。

「あなたは本当に……。」
奏江の口から大きなため息が漏れる。

「……本当に、どこまでへたれなんですか!」
手厳しい後輩に返す言葉もなく、蓮はそっと唇を噛んだ。

「こんなところで油売ってる場合じゃないでしょうに。」
奏江の眉間に、深いシワが刻まれる。

「明日からキョーコがニューヨークに行っちゃうってことくらい、当然ご存知ですよね。で、自分は年が明けたらすぐハリウッド。
それなのに、よりによってキョーコに話をしていないなんて。
こんなところでぼやぼや想い出に浸ってる暇があったら、やるべきことがあるんじゃないですか?」

確かに奏江の言うとおりだが、といって取るべき策が浮かばないのも事実。
そもそもここに来たのだって、なんとかキョーコを捕まえたいという気持ちからなのだ。
決して努力していないわけではない。
蓮はいらいらとテーブルに指先を叩きつけた。

「だいたい、肝心のことはひとっことも言えないくせに、初恋の話はぺらぺらしゃべって、そのうえその子が覚えていてくれたら嬉しいだなんて。キョーコがあれをどんな気持ちで聞いてたと思うの!?
ただでさえ、深見恭子とのツーショットを目の前で見せつけられて、あの子にはたまらない状況だったろうに!」

飛び出した奏江の言葉に驚き、蓮の視線が上がる。

「……え?」
奏江がしまったという顔をして口に手を当てた。
蓮がその瞳をじっと見据える。

「ごめん、それどういう意味かな?今、確かに目の前って言ったよね?」
有無を言わさぬ強い光が秀麗な顔に浮かび、さすがの奏江も手を上げる。

「あーー!私ったら、もうっーーー!」


*


「彼女が……坊?」

その事実を知り、さまざまな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。

俺は……ずっと本人相手に恋愛相談をしていたわけか。
しかし、あれだけ具体的に話したのに彼女はどうして気づかない?

それとも、気付いてたのか?
気付いていて、知らないふりをしたのか?
まさか……だから、逃げだした?

いや、それもつじつまが合わない。
それならもっと早く行動しているはずだ。
じゃあ、どうして……?


茫然と思いを巡らせる蓮に、業を煮やした奏江の怒号が飛んだ。

「なにぼんやりしてるんですか。
敦賀さん、あなたもキョーコと同じね。相手の気持ちなんてちっとも見やしないで、自分の想いばかりに振り回されて。そのうえ大事なことから目を背けてばかり。自分からは、ちゃんと動こうとしない。
そんなんで、まともな、ちゃんとした恋愛なんて出来るもんですかっ。」
ドアをバンッと叩き、蓮を見る。

「ほんとに、もうっ、やってられないわ!今日はもうあの子は家に帰ったはずです。さあ、さっさとあの子のところへ行ってください!こんなところで座り込んでたって、あの子は捕まえられないですよ。」


奏江が指差した扉の向こうへ、蓮は勢いよく飛び出した。



* * *



(雨・・・。)

気がつくと私は、見慣れたマンションの入り口にいた。
さわさわと振り続く雨が肩端を濡らす。
身を切るような寒さにさらされ、せっかくの決意が揺らぎそうになるのを唇を噛んで引き止めた。


何度も返そうとして、でも返せずにいた鍵。
使うのは、きっとこれがもう最後。
そう思いながら、その鍵を使い自動ドアを抜けた。

エレベーターで最上階に上り、その階にひとつしかない扉の前に立つ。
チャイムを鳴らしても反応はない。

(今日はあの収録が最後の仕事だと話しているのを聞いたけど・・・。)
深見恭子とキスしていた姿が頭に浮かび、こみあげる悪感を必死に払いのける。

(帰って・・・くるよね。)
さすがに勝手に部屋に入ることもできず、ドアの前に座り込んだ。

(お願い。……私に勇気をちょうだい)

鞄から取り出した“コーン”をぎゅっと握り締める。
手の中できらりと煌めく“コーン”。
その色を見ていたら、さっきの敦賀さんの話が浮かんだ。

(敦賀さんがもし本当にコーンだったら……。)
もし……あの人が今も逢いたいと願う初恋の人、それが私だったら……。

―――ううん。
寒さが私の頭を冷静にする。

そんなことあるはずない。
だって目の色も髪の色も違うもの。
それはきっと、よくある偶然。
たまたま似たような経験をしただけ。
そう。
それだけ。

もう、余計なことを考えるのはやめよう。
今は……私は私の気持ちだけを考えて、それに素直になればいい。

そう何度も繰り返す。

それなのに、“コーン”を握り締めた手が自分でも驚くほど震えているのを感じていた。

これは、寒さのせい?
それとも……?


*


カタンッ

広い通路に響いた音にハッと目を開け、自分がその場に座り込んだままうとうとしていたことに気付いた。
(……誰もいない。)
人気のない通路に、冷たい風が通り抜ける。
物音は、膝に置いていた右手がうとうとした拍子に落ち、転がり落ちた“コーン”が壁に当たって立てた音だった。

あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
冷え切った身体を両手で抱き締める。
もう逃げない。
そう決めたはずなのに、あっさり心が揺れる。
せっかくの勇気がぺしゃんこに潰れていく。

真っ暗な廊下に人の戻る気配はなく、ぞくぞくするような悪寒が全身に広がった。
(とにかく一度……家に帰ろう……。帰るしか……ないよね。)


*


外に出ると、さきほどの雨がいつの間にか霙に変わっていた。
雨の雫にふわりと冷たい氷雪が混じる。

(もしかして、ホワイトクリスマス……?)
やるせない想いが心を支配する。

(そうか、誕生日……か。)

すっかり忘れていた。
いつも一番におめでとうといってくれた敦賀さん。
その笑顔が頭に浮かぶ。
それだけで、冷え切ったこの身体に温もりが戻るような気がした。

誰よりもやさしく、誰よりも温かいあの声をもう一度聞きたい。
でも……。

電話をかけたくても、敦賀さんの電話番号は着信拒否をしたうえもう消去してしまった。
あの人からの電話がかかってくることは……きっともうない。
かけることも……もうできない。

ちゃんと言おうと決めたのに。
そう決めたのに。
それすらも叶わない夢になるなんて。

明日になれば、あの人は彼女に告白する。
ううん。
もう、しているのかもしれない。
それとも、告白ではなくプロポーズという意味だったんだろうか。
だとしたら……。
この気持ちを伝えるなんて、きっともう出来ない。

行き場を失った気持ちが重くのしかかる。
そのつもりはないのに、視界がどんどん涙で曇っていくのを感じる。

だから―――。
こみあげる涙が零れ落ちてしまわぬように。
この涙が、雨にまぎれて誰にも見えなくなってしまうように。
次々と氷雪が舞い落ちる空をわざと振り仰いだ。
小さな小さな氷の粒が、瞼に、瞳に落ちては溶けていく。

涙・・・?

もうすぐ雪に変わるだろう、この雨。
もしこの雨が空の零した涙なら、やがて降る雪はなんだろう。

涙はいったい何に変わるというのだろう。
答えがどこにも見つからない。

どうしようもなく、ただひたすらに……空をみた。


降る雪が景色を一気に変えてしまうように、すべてが真っ白になってしまえばいい。
この想いも、あの人との記憶も、何もかもひと思いにかき消されてしまえばいい。

そんな想いがどんどん全身に広がっていく。


NY行きの飛行機は羽田発6時50分。
今から急いで戻れば、支度を済ませ、出発できる。
敦賀さんの家の前で飛び乗ったタクシーから降りた私は、静寂に包まれた外気の中を家に向かって進んだ。
切り裂くような冷気を肌に纏わせながら、萎んだ勇気を握り締め、迷う心を頑なに抱えこんで。


そのとき―――。
目の前に真っ黒で大きな影がゆらりと立ち塞がった。





(続く)

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