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雨が雪に変わるまで (17)

コンコンッ

ノックの音に振り向けば、光がはにかむような笑顔を浮かべ立っていた。
昔から変わらぬ柔和な雰囲気に、ささくれだっていた心が少し癒される。

「よかったらどうぞ。汚いですけど。」
にっこりと微笑むキョーコにとまどうように照れながら、光は中へ入った。

「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ。ごめんね。楽屋とはいえ女の子の部屋におじゃましちゃって。」
「そんなこと気にしないでください。だって光さんにはこの世界に入ったときからずっとよくしていただいてるんですから。仲良くしてくださって、すっごく感謝してるんですよ。」

「感謝なんて・・・。キョーコちゃん、あっという間に売れっ子の女優さんになっちゃって、俺なんかすっかり追い越されちゃったから。仲良くしてくれてありがとうって言いたいのはこっちだよ。」
「そんなことないです!光さんは私にとって昔も今も変わらず大事な先輩の一人です。」

「ほんと?そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ。俺さ・・・キョーコちゃんがいてくれたおかげで、きまぐれの収録日が毎回すっごく楽しみでしょうがなかったんだ。」

「私も。光さんも雄生さんも慎一さんも、みなさんいつもやさしくしてくださって、大変なときもいろいろ気遣っていただいて・・・。ほんとに楽しく仕事させていただきました。」

「みんな、か・・・。」
ふと光の瞳に淋しげな影がよぎる。

「あの・・・ね。あの・・・。その・・・。」
「はい?」
急に笑顔を消し、光は真剣な面持ちでキョーコを見つめた。
「ずっと言おうと思ってて・・・言えなかったことがあるんだ。」
きょとんとするキョーコに向かい、覚悟を決めたように話し始める。

「俺・・・キョーコちゃんのこと初めて会ったときからずっと気になってて・・・。」
「・・・え?」
突然の事に、目をまん丸に見開くキョーコ。
「キョーコちゃんがあっという間にスターダムを駆け上がっていくのをやきもきしながら横で見てた。」
「あ、あの・・・光さん。」
戸惑うキョーコを見て、光は淋しげに視線を下げる。
しかし、膝の上で握っていた拳にぐっと力を込めると、唇を噛み締めるようにして再び口を開いた。


「俺、キョーコちゃんのことが好きなんだ。」

早口に告げた言葉は、少し震えている。
その震えに気付き、キョーコは冗談ですよねと言いかけた言葉を飲みこんだ。

(冗談・・・?ちがう。光さんは、私をからかうような人じゃない。本気・・・なんだ。)
光の言葉をどう受けとめればいいかわからない。
ただ、
(・・・光さんの気持ちに応えるわけにはいかない。)
それだけははっきりと分かっていた。

2人の間に重い沈黙が訪れる。

「ごめん。驚いたよね。それに・・・すごく困ってるよね。でも、どうしても言っておきたかったんだ。」
いたたまれぬ様子で、光はキョーコから視線を逸らした。

「最初は、自分よりずっと年下なのに、いつもどんなことにも一生懸命取り組んでるキョーコちゃんを尊敬するような気持ちだったんだ。そんなキョーコちゃんを応援したいなって思って。それから、困った時は助けてあげたいなって思って。」

(どうしよう・・・。)

「そのうち・・・できればキョーコちゃんにとって一番近い場所にいれたらいいなって思うようになった。」

(ちゃんと・・・答えなきゃ。)

「それで、その・・・。」

「ご、ごめんなさいっ!」
これ以上続きを聞くのが辛くて、キョーコは思わず謝罪の言葉で光を遮った。

「光さんの気持ちは・・・本当にうれしい、です。でも・・・。ごめ・・ん・・なさい。私・・・好きな人が・・・。」
途切れ途切れに答えたキョーコに、光はようやくほっとしたように大きく息を吐く。


「うん、知ってた。」

思わず顔を上げたキョーコの視界に映ったのは、いつもと変わらぬ穏やかな笑顔。
「だから、俺のことは気にしないで。」
やさしい声が、キョーコの心にじんわり染みる。
と同時に、ちくんと突き刺さるような痛みも。

「だって、ずっと見てたから。
たぶん・・・キョーコちゃんが思うより、ずっとずっと昔から。だから、キョーコちゃんに好きな人がいることにも本当は気付いてた。それなのに、こんなこと言い出してごめん。キョーコちゃんが困るのはわかってたのに。俺、本当に意地悪だ。」

「そ、そんな、光さんは悪くないです。こんな私を好きになってくれるなんて、そんな奇特な人、きっともういないと思うのに。それなのに、私・・・。」

「キョーコちゃんは自分を卑下しすぎ。」
そう言って光は切なげに笑う。

「キョーコちゃんのこと本気で好きな人、俺たくさん知ってるよ。第一・・・」
光の頭に、事務所でキョーコと親しげに話す自分を、遠くからきつい目つきで見つめていた蓮の姿がふっと頭に浮かんだ。

「・・・いや、なんでもない。あのさ。こう言っちゃ悪いけど、キョーコちゃん本当に鈍感だから・・・。俺が君を好きなのだって、雄生にも慎一にもあっという間にばれたんだよ。それなのに当の本人の君だけが、まったく気づかないんだから。」
くすりとした光を見て、キョーコは困ったように目を伏せた。

「まいったな。そんな顔をさせるつもりはなかったのに。悪いのは、答えが分かってるのに突然こんなこと言い出した俺なんだよ。」
光のやさしさが、胸に痛い。

「本当に・・・ごめんなさい。」
どう言えばいいか分からず、視線を落としたままのキョーコの頭を光がぽんぽんと叩く。
「謝らなくていいよ。それより、ちゃんと振ってくれてありがとう。
ちゃんと話を聞いてくれて、ちゃんと正直に気持ちを伝えてくれてありがとう。それだけで俺は満足。俺・・・そういうキョーコちゃんのこと好きになって本当によかったと思うよ。」
気丈に笑う光に、キョーコはなんと答えればいいかわからない。

「可能性なんてゼロに等しいってわかっててもね。キョーコちゃんに笑いかけてもらうたび、もしかしたらって気持が消せなくて、それに囚われて身動きとれなくなってしまいそうだったんだ。
だから、こうして潔く振ってもらえて本当によかった。おかげでちゃんと気持ちに整理をつけられる。」
そう言うと、光はすっと立ち上がる。

「とにかく、そんなに気にしないで。俺は大丈夫だから。
それにね。ホントはキョーコちゃんは俺のこと怒ったっていいくらいなんだよ。
だって・・・ダメだって分かっててこんなこと言うなんて、自分が前に進むためにキョーコちゃんを利用して、背中を押してもらったようなものなんだからさ。」
ドアの前で光はもう一度キョーコをじっと見つめ、そして今度はすっきりとした笑顔で笑いかけた。

「さすがにしばらくの間は、今までみたいに話すことはできないかもしれないけれど。でも・・・せっかく仲良くなれたのに、これきりになるのも嫌なんだ。だから・・・できれば、これからもいい友人として仲良くしてほしい。」

我儘ばかりで悪いけどお願いします、とおどけた風に頭を下げ、光は部屋を出ていった。


*


1人きりになった静かな室内。

キョーコの脳裏に、光が去り際に見せた表情が浮かぶ。
『おかげで前に進めるよ。』
胸のつかえがすべて取れたような、清々しい笑顔。

そして、奏江の言葉も。
『自分の気持ちにちゃんと向き合うこともせず、ただ逃げ出すだけじゃ、ずっとなんにも状況は変わらない。・・・あんた自身のこれからのために、勇気を出して自分の気持ちに立ち向かいなさい』


ずっと・・・
恋してるとか愛してるとか、そんな感情を持つのは愚かなことだと思ってた。
もし持てば、私はきっとすぐその感情に溺れてしまう。
そして、相手に跪き、ただそれだけが生きがいの人間になってしまう。
そんな風になりたくなくて。
恋したり愛したり、そんなバカな真似は二度としないと決めていた。


それなのに・・・
私は敦賀さんを好きになってしまった。
愛してしまった。
どうしようもないほど。


だから、私は・・・
こんな気持ちは封印しようと。
何もなかったことにしようと。
そうやって目の前の事実に目を瞑り、無理やり“愚かでない自分”であろうとした。
新しい自分を作りだすには、そうしなくちゃいけないと思い込んでいたから。

でも・・・

そんなの間違ってた。

モー子さんが言う通り、それはただ“逃げてる”だけだった。
自分の気持ちを偽り、下しか向いていない。
そんな私が・・・ちゃんとした新しい自分を作り出せるはずなんてなかったのに。

そのことに、ちっとも気付いてなかった。


まぎれもなく私の中にある感情の全て。
それをきちんと受け入れて、消化して、自分の糧とする。

それができなければ・・・自分を作ることなんてできない。
それができてはじめて・・・まっすぐ前を向いて立ち向かっていくことができる。


たぶん、きっと、そう。


だとしたら――。
モー子さんが教えてくれた、光さんが示してくれた、それを私は実行しなくちゃいけない。



勇気を出して、敦賀さんに会いに行こう。
会ってこの気持ちを、ぜんぶ正直に伝えよう。

私自身のために。


そして――
この袋小路から抜け出して、誇れる自分に出会うために。





(続く)

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