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Steering

足元から伝わる重く低いアイドリング音に混じり、右折待ちを示すウィンカー音がカチカチと鳴り響く。

静まり返った車内。
何度経験しても、こんなに狭く閉ざされた空間に2人きりでいることが信じられなくて、そっと隣を盗み見た。

艶やかな漆黒の髪が、端正な横顔にさらりと被る。
額から鼻筋、唇、顎にかけてのラインは芸術的なほど完璧で、思わずため息が出てしまう。
そこにあるのは、微笑みひとつであらゆる女性を籠絡する美貌。

(こんな人の助手席に、どうして私なんかが乗っているのかしら・・・。)
何度考えても答えがでない。

(私なんて・・・。)
芸能界イチとも称される美貌の隣に立つにふさわしい美女たちの姿が、次々と頭に浮かぶ。
自分とは何ひとつ重なる部分がないように思える、艶やかで華やかで美しい女性たち。
その映像に、心の中に沸き上がる卑下の気持ちを拭えない。

(ううん。私なら・・・おこがましいことも考えなくて安心ってことよね。だから、こうして傍にいられる。そうよ。だって、私の取り柄なんて、元気で体力があふれてることくらいだもの・・・。)
考えれば考えるほど、なぜか沈んでいく気持ち。
想いの迷宮に捉われた心の奥で、ズキズキと嫌な痛みが増していく。

(どうして・・・こんなこと考えるんだろう。)
苦しくて・・・ギュッと目を瞑った、その耳に甘いバリトンが響いた。

「なにか、俺の顔についてた?」

(気づかれてた・・・。)
見つめていたことを悟られ、心臓がドキンと脈打つ。

けれど向けられた微笑みは、神々しい程にやさしくて。
濁りのないまっすぐな瞳は、どこまでも美しくて。
視線を交差した瞬間から、その深い色合いに心が飲みこまれ、捕らわれてしまいそうになった。

「い、いえ、何でもないです。あ、ほら、しんぞ・・信号が変わりますよ。」
キュッと唇を噛みしめて、懸命に微笑み返した視界に映ったのは、ハンドルに置かれた右手。

大きな掌とまっすぐに伸びた細く長い指先。
何気なく、人差し指でトントンと叩く様にすら、しなやかな大人の男の色気が漂う。

(この人は、指先ひとつだけで人をこんなに魅了してしまうんだ・・・。)


―――信号が変わり、車が動き始める。


敦賀さんは、曲がるときにハンドルを握らない。
細く長い指先を緩やかに伸ばし、右の掌を押し付けるようにくるくると回して、ハンドルを切る。
流れるようなその動作があまりに美しくて。
私は、いつだってその動きに魅入られてしまう。


「ハンドル・・・。」
「ハンドル?」
「掌だけで回すんですね。」
「ああ、これ?なんか癖になってて。ヘンかな。あ、それとも危ないって思ってる?」
「いいえ。かっこいいなって思って。」
「え?」

・・・・・・。


不自然な沈黙が2人の間に漂った。
(私・・・ヘンなこと言った?)
目を向けると、無表情に口を閉じた敦賀さんが、前だけを見つめて運転する姿が見える。
(それとも、私なんかにかっこいいって言われて・・・迷惑に思ってる?)

嫌われたくないのに。
そんなつもりじゃなかったのに。
不安の嵐が一気に心に吹き荒れる。


それでも離せない視線の先で、微かに揺れる長い睫毛。
こちらを見ようともしない黒曜石のような双眸に、ヒリヒリと焼け付くような痛みが胸を刺し、思わず目を背けた。
窓の外を流れる景色が少し滲んで見える。

(どうしてこんなに・・・胸が痛むんだろう。)


不意にカタンと音がして、何かが近づく気配を感じた。

え?と思う間もなく、大きくて温かい左手が、髪にやわらかく触れる。
繊細な指先が髪に分け入り、頭をくしゃりと撫でた。
やさしくて、温かくて、切なくて、愛しい、その感覚―――。

そのとき、はっきりと気づいた。


(どうしよう。私、敦賀さんのことが好きだ。どうしよう。どうしよう・・・。)



* * *



ときどき、彼女が当たり前のように助手席にいることが不思議に思える。
こんなに狭く閉ざされた空間に2人きりでいられることが信じられなくて、触れてその存在を確かめたくなる。


たぶん君はまったく気づいていないだろうけど、今日事務所で会えたのは偶然じゃない。
もう、何日も前から君のスケジュールはわかっていた。
だから、急いで仕事を終わらせ、意味もなく事務所に立ち寄ったんだ。
君を送るという、ただそれだけの行為を実現するために。
もちろん、思惑通りに事は運び、今君はこうして俺の隣にいる。


望んでいた状況を手に入れたというのに、なぜか心が晴れない。
密室に2人きり。
ほんの少し手を伸ばせば、届く場所に君がいる。
その髪に、その頬に、その唇に、手の届く場所に君がいる。
それなのにどうすることもできない状況は、ただ俺の心を鈍く締め付ける。
けれどそれでも・・・いっしょにいたい。

(このまま君をさらって、どこか遠くへ連れ去ってしまおうか。)

伝わらぬ想いの 苦しさに身悶えそうになりながら、ミラーを確認するふりをして隣をそっと盗み見た。

揺れる視界の片隅に、まっすぐに揃えられた彼女の白い膝がはっきりと映り、ドキリとする。
深く沈みこむようなスポーツシートに腰掛けているせいで、膝の上まで晒された素肌の白。

(無防備すぎるだろう。君を好きで仕方ない男の前でそんな風に肌を曝け出すなんて。)

その無防備さは自分への信頼の証か。それとも、ただ男としてみられていないだけなのか。
どちらに転んでも、自分への恋情はどこにも見当たらず、気付かれぬよう顔を逸らしてため息をついた。
君はいつだって、そうやって無邪気に俺を惑わせる。

(まさか・・・誰の前でもそんなに無防備でいるわけじゃないよな。)

否定しきれぬ勝手な憶測に苛立ちが募り、唇を何度も小さく噛みながら、信号が変わるのをじっと待つ。
カチカチと鳴るウィンカーの音すら腹立たしくて、いらいらと指先でハンドルを叩いた。

ふと視線を感じ、君を見た。
不意打ちみたいに絡んだ視線に、一瞬息が止まる。


「なにか、俺の顔についてた?」
爆ぜる心を抑え、できるだけさりげなく口にする。

でも・・・。
君が俺を見つめていた。
何でもない、ただそれだけの出来事に、口元がつい綻ぶのを感じていた。


「ハンドル・・・。」
「ハンドル?」
「掌だけで回すんですね。」
「ああ、これ?なんか癖になってて。ヘンかな。あ、それとも危ないって思ってる?」
「いいえ。かっこいいなって思って。」
「え?。」

・・・・・・言葉が、出ない。


(本当に、この子ときたら・・・。)

大きく息を吐き、一、二、三・・・と心の内でゆっくり数を数え、弾けそうな心を必死で押さえ付ける。

(期待したら莫迦をみる。それが彼女、じゃないか。)

自分に何度もそう言い聞かせながら、ふと視線を向けたガラスに映る彼女の姿を見た。
それがあまりにも儚げで、悲しげで。
気付けば、シフトノブを握っていた左手を伸ばし、柔らかな頭をくしゃりと撫でていた。
指先に絡みつく心地よい感触が、掌から全身へじわじわと伝わっていく。

子猫が身をすりよせるように、開いた掌に彼女がその身を任せてくれたような気がして、危うくそのまま頬にまで手を伸ばしそうになった。
もしかしたら、という僅かな期待が次第に頭をもたげはじめる。

(この感触を・・・手放したくない。いや・・・、手放せるわけがない。)



* * *



見慣れた風景が、車の外を流れはじめた。
目的地は、もうすぐそこ。

そのことに気付いた2人は、共に相手に気付かれぬようそっと時間を確認する。
蓮は車のパネルで。
キョーコは左手にはめた腕時計で。
けれども時は、止まってはくれない。

やがて車は、静まり返った住宅街の路地裏に滑り込んだ。
訪れてしまった、別れの時間。
車を降り、キョーコは運転席側へ回る。

「わざわざ送っていただきありがとうございました。」
(もう少し、あなたと・・・)
キョーコは想う。

「ううん。大丈夫だよ。お疲れさま。」
(もう少し、君と・・・)
蓮は想う。


((・・・いっしょにいたい))


想いと想いが呼び合うように、二つの眼差しが熱く交差する。
その瞬間、キョーコの瞳が不自然に潤み、蓮は息を呑んだ。
けれどそのことに自分でも気づいていないのか、キョーコはそのまま視線をふっと逸らし、頭を下げて車に背を向けようとする。

一瞬の間を置いて、蓮は何かに突き動かされるように車を降りた。
歩きはじめたキョーコの華奢な腕を掴み、力任せに引き寄せる。

きゃっ

キョーコが小さく漏らした悲鳴は、バタンと閉じるドアの音にすっかりかき消された。
倒れ込んだ身体を腕の中に閉じ込め、蓮はそっと囁きかける。

「やっぱり、行かせない。」

キョーコの身体がびくんと震えた。
その震えを抑えつけるように、蓮は一層強く彼女の身体を抱き締める。

「もう少し・・・一緒にいてくれないか。」

顔を上げたキョーコの瞳が驚いたように見開かれ、瞬きもせず蓮を見つめた。

「いや、違う。」

すぐに続いた否定の言葉。
悲しげに眉を曇らせると、キョーコは蓮の腕から逃れようともがいた。
けれど、蓮はキョーコの身体をしっかり捉えて離さない。
ひたすらに抱き締める以外に、想いを伝える手段が思い浮かばなかったから。
そして―――。

「少しなんて、だめだ。」
呻くように言った。

「ずっと・・・ずっと、一緒にいてほしい。もうどこにも行かせない。誰にも渡さない。君を・・・愛してる。」

腕の中の瞳の黒が大きさを増し、ぽろぽろと涙の粒が零れ落ちはじめる。
とめどなく流れ続ける涙に、蓮は焦ったような困ったような表情を浮かべた。

「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。迷惑・・・だった?」
震える、声。

その言葉に、キョーコはいやいやをするように頭を振る。
「そうじゃ・・・ないんです。私も・・・同じこと考えていたから・・・。一緒に・・・いたいって・・・。」
掠れる声で呟いた。


(今・・・、君はなんて?)
信じられない言葉に、はっとした。
狂おしいほど強く激しい想いが、熱い固まりになり、どくどくと胸にこみ上げてくる。

(聞き間違いじゃ、ないよね。)

抱き締めた腕に、自然と力がこもる。
息が止まりそうなほど、強く性急な抱擁。

(ううん。間違いなんて言わせない。)


見上げる瞳から、零れる涙が止まらない。
だから蓮は・・・、キョーコの瞳に指を寄せ、傷つけないようにそっと親指で涙を掬い取ると、濡れた瞼に口づけた。


零れる涙を止めようとするように。
そして、彼女の心のすべてを掬い取ろうとするように。

―――甘く、そしてやさしく。






Fin
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コメント

  • 2014/05/14 (Wed)
    08:37
    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    # | | 編集
  • 2014/05/14 (Wed)
    16:43
    Re: タイトルなし

    りりさま

    さっそくコメントありがとうございます!
    そして、ご指摘ありがとうございました。

    は、恥ずかしすぎますね・・・この間違い。
    自分でも運転するだけに穴があったら入りたい気持ちです。><

    > 車も好きなもので、つい気になってしまいました。細かくてごめんなさい。

    細かいだなんてとんでもない!
    ご指摘いただいたことに心から感謝します!
    また何かお気づきの点があったらぜひぜひ教えてくださいませ~。

    連載の続きもがんばります^^

    ちなぞ #- | URL | 編集

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