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思はじと言ひてしものを…

今年いくつめかの台風が近づいているらしい。
みるみるうちに空が暗くなり、吹く風も次第に強さを増している。

そのとき、ひときわ強い風がサアーッと耳元を吹き抜け、短く切った髪が大きく乱れた。
風に遊ばれる髪で視界が遮られそうになり、慌てて髪を押さえる。
目の前に立つ人の演技を一瞬でも見逃したくなくて。

そう、瞬きする間さえも惜しいから。


はじと言ひてしものを朱華色の うつろひやすき我が心かも
(万葉集 坂上郎女)


突然すさまじい勢いで雨が降り始め、撮影が中断された。
あまりの激しさに、我先にとロケバスへ駆け込む人々。
バスから離れた場所で待機していた私も、慌てて近くのお店の軒先へと避難した。

ザァーザァーと叩きつける雨の向こうに霞んで、たくさんの人に守られてバスへと入るあの人の後ろ姿が見える。
雨に濡れた白いシャツが、鍛えられた身体のラインにピタリと張り付いていて、ドキリとした。
こんなときすら目を離すことができない自分に、少し呆れる。

そんな私の視線を感じたかのように、あの人はバスへと乗り込みながらばさりとタオルを羽織り、その身体をあっさり隠した。
瞬く間に視界から消えるその姿。


目も合わない、声も届かない、距離。
この距離こそ、あの人と私の間に横たわる本当の距離なんだ。
そんな気がして、胸が痛んだ。

この気持ちを自覚したときから、わかりきったことなのに。
時折、驚くほど近くにいることを許されるせいで、つい勘違いばかりしてしまう。
そんな自分が許せない。


* * *


降りしきる雨は一向に止む気配を見せない。
撮影が中止になるかもしれないと思い、確認しようと携帯を手に取った。

RRRRRR

その瞬間、鳴り響く着信音。
画面を見て、びくりと震える。
『敦賀さん』
そこにはあの人の名前があった。

「もしもし、最上さん?バスに乗ってないみたいだけど、どこにいるの?大丈夫?」
やさしい声が響く。
耳をふさぎたくなるほど、やさしく愛おしいその声。


ソンナニ、ヤサシクシナイデ。
コレイジョウ、スキニナッテシマッタラ、ワタシハマタ、ダメにナッテシマウ。
ダカラ、ヤサシクシナイデ。

叫びたくなる気持ちを抑えて、私は静かに答える。

「今は近くのお店で雨宿りしているので大丈夫です。敦賀さんこそ、濡れてしまったのではないですか?大事な身体なんですから、風邪など引かないよう、気をつけて下さいね。」
「近くのお店ってどこ?君こそ濡れてるんじゃない?傘は持っているの?」
電話の向こうの声に、不意にひどい雨音が混じる。
見れば、携帯を片手に持った敦賀さんが、開いたバスのドアから身体を出そうとしていた。
それを慌てて止める社さんの姿まで、ここからはよく見える。


ドウシテ?
ドウシテ、ソンナニヤサシクスルノ?
ワタシハタダノ後輩ナノニ・・・。


「ほんとに、大丈夫ですよ。ちょうど飲み物を頼まれて喫茶店にいたのでかえってラッキーなくらいで。あ、それより監督にこのあとどうするか確認したいので、一度電話をお切りしてもいいでしょうか?」
これ以上、声を聞いているのが辛くて急いで電話を切った。


敦賀さんのやさしさは、みんなに与えられるやさしさ。
敦賀さんの笑顔は、みんなに与えられる笑顔。
敦賀さんの愛は・・・。

・・・敦賀さんの愛?

それ以上考えちゃいけない。
心を固く凍らせてしまおう。
余計なことを考えないように。
余計な想いに捉われないように。


風向きが変わり、雨が顔に吹き付ける。
瞼を揺らし、零れ落ちる雫が、雨なのか涙なのか自分でもよくわからない。
でも、どちらでもよかった。
雨の中の涙など、誰も気づかないはずだから。
ひとりここにいる私など、誰も気づかないはずだから。

だから―――、近づく影に気付くのが遅れた。


「やっぱり、濡れてるじゃないか。」

頭上から聞こえる声に息をのむ。
次の瞬間、頭からふわりとタオルが降ってきた。
そのまま、タオル越しにワサワサと頭をかき回される。
心地よい感触。

「せっかくの化粧が落ちちゃうけど、我慢するんだよ。」

近すぎる声に、近すぎる気配に、近すぎるやさしさに、刹那に湧き上がる想いを止められない。
叶わない想いだということは知っている。
私とどうにかなってほしいだなんて、そんな大それたことこれっぽっちも思ってない。

でも、せめて・・・好きでいてもいいですか?


「ほら、いっしょにバスに戻ろう。撮影は中止になったみたいだから。」

やさしさはもういらないのに。
背に触れた手の温もりがじわじわと全身に浸食する。
凍らせたはずの心が、あっという間に溶けていく。
憎らしいほどに・・・恋しい。


そのままそっと背を押され、逆らうこともできず小さな傘の下、並んで歩いた。
バスまでの距離が、やけに長く感じる。
「すみません。かえってご心配をおかけしてしまって・・・。」
「まったくだ。本当に君は遠慮ばかりするんだから。」
だから、かえって心配なんだと笑う、その顔が眩しすぎて目を逸らした。


何度、あきらめようと思ったろう。
そのたびに、あなたのやさしさに触れ、また好きになっていく。
以前よりも、もっともっと好きになっていく。

タオルに吸い込まれていく涙のように。
想いがとめどなく溢れ、心の隅々まで染みていく。


せめて・・・想うだけなら許してくれますか?
ずっと。
ずっと・・・。



思はじと言ひてしものを朱華(はねず)色のうつろひやすき我が心かも 
(もうあなたのことを想うのはやめようと言ったはずなのに、朱華(ハネズ)の花の色が移ろいやすいように私の心もなんと変わりやすいのでしょう。まだあなたを想い続けています。)



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