未来日記 ~クローバー~ <掌編ver.>

それはある晴れた日の午後。
うららかな日差しに誘われて、母子は仲良く手をつないで散歩に出かけた。
にこにこ、クスクスと微笑みあいながら、弾むように歩いていく2人の頬を、やさしく穏やかな風がふわりと掠めていく。

「今日はちょっと遠くまで行ってみようか。」
「うんっ!」

いつもよりほんの少しだけ遠出をして、2人が向かったのは広々とした芝生のある公園。その一角を彩るようように、まるで緑の絨毯を敷き詰めたようなクローバーが群生していた。
鮮やかな緑の葉の上には、朝露の名残か小さな水滴がところどころに残り、太陽の光に反射してキラキラと宝石を散りばめたかのように輝いている。

「うわあ、緑の葉っぱがいっぱいだね!」

暖かな陽光をいっぱいに浴びて伸び伸びと育つ緑の葉。

(まるでこの子みたいね。)

うれしそうに走り出した我が子をみて、キョーコは思わず微笑んだ。
光を浴びて、ほんのり金色に輝く髪と青みがかった榛色の瞳。
くるくると変わる表情を見ていると、その可愛らしさに我が子ながら胸がキュンとしてしまう。

(本当に、コーンによく似てる。)

今も鮮やかに脳裏に浮かぶ、河原で宙返りしてみせた少年の笑顔を思い出し、それからふと思う。
こんなに穏やかで、こんなに幸せな毎日が自分に訪れるなんて、昔の自分は夢にも思ってもいなかった。

(あの人がいてくれるから。)
最愛の人を想えば、それだけで頬が熱くなる。



「ママ!この葉っぱはなに?」

ボールが弾むように勢いよく腕の中に飛び込んできた我が子を、キョーコはやさしく抱きとめた。
「これはね。クローバーっていうの。この葉っぱがね、4枚あるのをみつけると幸せになれるんだって」
「へえ、そうなんだ~。」
「いっしょに探してみよっか?」
「うん!」


*


しばらくの間、2人で探してみたものの、四つ葉のクローバーはなかなか見つからない。

(毎日こんなに幸せだから、神様がこれ以上幸せになる必要なんてないんじゃない?とでも言ってるのかしら。)

懸命に四つ葉を探す我が子を見て、キョーコは少しだけ残念に思う。
すると、榛色の瞳がじっとキョーコを見つめ、にっこりと天使のような笑みを浮かべた。

「あのね・・・ママ。僕、3つのでもいいな。」
「あら、どうして?」
「だって、僕とパパとママみたいだもん。」

そういうと白い歯を見せて、くしゅっと笑ってみせる。その表情にキョーコもなんだかじわんと心の底から嬉しさがこみ上げてきてしまう。

「ふふっ。そう?」
「うんっ。だってほらみて、これ!1枚だけ葉っぱが大きくてパパみたいでしょ。」

差し出した手に握られた1本のクローバー。そこにはたしかに、大きな葉とそれに寄り添うように2枚の葉がゆらゆらと揺らめいていた。

「ほんとだ。3枚ともぴったりくっついて仲よさそうね。」
「ねっ。だから、僕3つのほうが大好き!」
「ママも大好きよ。じゃあ、これを押し花にしてパパにプレゼントしよっか。」

「押し花・・・?」
「そう、ずっとずっとこのまま変わらず仲良しでいられますようにっておまじないをかけるの。」
「うわぁ~い!ママ、やってやって!」

はしゃぐ姿も愛おしくてならない。

「はーい。わかったわ。じゃあ、そろそろお家に帰ろっか。」
そう言うと、パタパタと服を払ってキョーコは立ち上がった。
そして、ぴょんと飛び上がった我が子の手をしっかり握る。

「きっともうすぐパパも帰ってくるから。」
「ほんと?」
「うん。今日はもう撮影終わったんだって。」
「やったー!」
「じゃあ、昨日教わったお歌を歌いながら帰ろうね。」
「うんっ!」



「ねえママ。」
ゆっくりと落ちていく夕陽を一身に浴びて、キラキラと輝く小さな瞳がキョーコを見上げた。
「なあに。」
「3つの葉っぱでもしあわせになれるよね。パパもママも僕も、ずっとずっと仲良しだよね。」
「ええ。だいじょうぶ。ずっとずっと仲良しよ。」

すると、キョーコの華奢な手が、もっとずっと小さい手で力いっぱい握り返される。

「よかった。だって、僕、パパもママも大好きなんだもん。」
「ふふっ。ママもふたりとも大好きよ。」

「パパもそうかなあ。帰ったら聞いてみる!」
「聞いたら、パパのお返事、ママにも教えてね。」
「うんっ!わかった!」


*


「あっ!パパだ!」

親子が住むマンションの入り口。
小さな手が指さす先には、いまや世界にも活躍の場を広げた1人の名優が立っていた。
――敦賀蓮。
誰もが心奪われるほど光り輝くその容貌と演技力は、年を重ねるごとに円熟みを増し、凄みさえ出始めた。
家族が増えるたびに、その瞳はより穏やかな輝きを放ち、柔らかく深みのある表情を見せるようになったともいわれる。
その彼が今、家族以外には決して向けることのない神々しい笑顔を浮かべながら、愛おしげに近づく2人を見つめていた。

やがて自分に向かって走り出した我が子の姿に彼は大きく破顔し、すっとしゃがみこむや両手を大きく広げた。
その腕の中に飛び込んでいく小さな背中。
飛び付く我が子をそのまま抱き上げ、一気に肩車する。
笑顔でなにやら耳打ちする息子にうんうんとうなずきながら微笑む蓮。
まるで1枚の絵のように、よく似た父子の幸せな姿がそこにあった。

そんな2人を見ているのがあまりに幸せで、キョーコは思わず足を止めて見入ってしまう。
そんなキョーコに蓮は、ゆっくりと手を差し伸べる。

演技派女優として彼に負けぬほどの名声を既に得た彼女は、この数年仕事を休み、妻として母として彼の傍に寄り添っている。
だからこそ、蓮は世界に羽ばたくことができた。
けれど・・・
(彼女をいつまで1人占めできるのかなあ。)
女優としての彼女の才能を惜しむ声は、事務所の社長であるローリィをはじめ、止まることを知らない。
(でも、もう少し・・・)

この穏やかで心地いい家族の時間を、少しでも長く味わっていたいと蓮は思う。
それがとても我儘なことだとわかっていても。



「ただいま。」

蓮の艶やかなバリトンが耳元で響く。
もう結婚して何年にもなるのに、こうして満面の笑みを向けられるたびについドキドキしてしまう。
その度に、何度も何度も報われないと思っていた恋に落ちた日が思い出されて。
伸ばされた手に抱き寄せられてようやくほっとする自分がいる。

「キョーコ、今日もキレイだ。愛してるよ。」

囁かれる言葉に全身が熱くなるのもいつものこと。
伝わる温もりがやさしすぎて、キョーコは引き寄せられるように身を寄せる。


*


いつもどおりの団欒。
いつもどおりの穏やかなひととき。
そんな何でもない幸せを噛みしめながら、キッチンでお茶の支度をするキョーコの耳に、リビングではしゃぐ父子の声が漏れ聞こえる。

「ふふっ。2人ともほんとに仲良しなんだから。やっぱり男同士、だからかしら。」

つぶやきながらリビングへ向かうキョーコの耳に、ぱたぱたと走る小さな足音が聞こえてきた。

「ママ!あのね。パパのお返事、聞いたよ!」
「ほらほら、ママお茶をもってて危ないから。リビングに行ってからね。」
足元にまとわりつく息子に花のように笑いかける。

リビングに足を運べば、そこにはソファにゆったりと腰掛けながら、それはそれはやさしく微笑む蓮の姿があった。
そんな夫にやさしく微笑み返しながら、ローテーブルにティーセットを置くと、キョーコは蓮の足元のラグの上にそっと膝をついた。
お茶の支度を整える彼女に、ソファによじのぼった息子が抱きつくようにしてしゃべり続ける。

「あのね、パパもね、ママと僕のことだーいすきだって。それとね、“もう1枚がんばるよ”って。」

(・・・え?)

キョーコの肩がぴくんと震え、お茶を注いでいた手が一瞬止まる。

「僕ね、3枚のコレが好きだからいいんだよってちゃんと言ったんだ。そしたらパパ、“葉っぱは4枚ある方が幸せになるってママも言ってただろう?”って。“だからパパ、がんばるよ”って。」

その言葉にキョーコの顔があっという間に真っ赤に染まり、危うくお茶をこぼしそうになる。
慌ててポットをテーブルに置き、動揺した手をその場に置いた。

「ねえ、パパ。そしたら、こんどはパパもいっしょによつばを探してくれるの?」

あどけない声が響く、その下でキョーコのほっそりとした手に蓮の大きな手がそっと重ねられた。
はっとして見上げれば、蓮がいたずらっぽくウィンクしてみせる。

恥ずかしくて驚いて、思わず引きかけた手を蓮はギュッと握り締めた。
そしてそのままキョーコの腰に手を伸ばすと、抱きあげてあっという間に膝にのせてしまう。

「わぁ~、ママ、いいな!僕も僕も!」

はしゃぎながら背中に飛びついた我が子に髪の毛をくしゃくしゃにされながら、蓮はそっとキョーコの耳に囁いた。


「キョーコも・・・協力してくれるよね。」






Fin

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