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夜昼といふわき知らず・・・

「思ひつつぬればや人の・・・ 」の蓮sideとなります。

―――――――――――――――――――――

照れたようにはにかむ笑顔も。
花のように綻ぶ満開の笑顔も。
小さく口元を緩めるだけの微笑みも。
すべて俺だけのものにしたい。

唇を尖らせて子供のようにすねる顔も。
むうっと頬をふくらませて怒る顔も。
誰にも見られぬようひっそりと涙する顔も。
全部俺だけに向けてほしい。

どんな表情も、どんな感情もすべて・・・。


昼といふわき知らず我が恋ふる 心はけだし夢に見えきやを
(万葉集 大友宿禰家持)


少し離れた場所で数人のスタッフと話していた君が、あっと気づき背を伸ばして俺たちを見る。
いつもの可愛らしい笑顔がその面に浮かび、小走りに勢いよく近づいてきた。
礼儀正しい君は、先輩俳優の登場に、丁寧な挨拶を欠かさない。
けれどまさか、駆け寄ってくる君をそのまま抱きとめたいと俺が心の中で願っているなんて、きっと思ってもいないだろう。

「ずいぶん、お早くいらしたんですね。今日は久しぶりに共演できることになって、とても楽しみだったんですよ。よろしくお願いします!」
多くの人が行き交い、ざわつくスタジオに鈴が鳴るように愛らしい声が響く。
「ああ、最上さん。もう、来てたんだ。全然気づかなかったよ。君こそ早いね。」
そういって先輩の顔で微笑んでみせたけど、本当はとっくに気づいていた。
どんなに離れていてもすぐわかる君の栗色の髪。
いつだって俺の気持ちはまっすぐそこへ向かってしまうのだから。

だから・・・。
君が俺の見知らぬ誰かに笑顔を向けていたことも。
その男に肩を叩かれ、微笑みながらうなずいていたことも。
ぜんぶ知ってる。

「こちらこそ楽しみだよ。今日はよろしく。あ、そうそうあと・・・今夜もよろしくね。夕食、楽しみにしてるから。」
俺だけの君を取り戻したくて、わざと付け足す言葉。
君は少し動揺して、困ったような笑みを浮かべた。
「はい。私こそ、久しぶりに腕を揮えるので嬉しいです。撮影がスムーズに終わるといいですね。」
周りを気にしながら小さく答える彼女の唇が、艶めきながら俺を誘っているように思えて、そう感じる自分自身に苦笑した。


* * *


久しぶりの共演を、もう何日も前から楽しみにしていた。
束の間の邂逅ですら、与えられる歓びは果てしない。
一日中、君を視界に映していられるなら、ましてなおさらだ。

視界の中の君は、相変わらず右へ左へ小動物のようにくるくるとよく動く。
自分の出番でないときもスタッフの手伝いをして、お茶を運んだり、小道具をチェックしたり。
そんな風だから、みんなが気軽に声をかけるんだ。

「あ、京子ちゃん。今日もかわいいね。」
「京子はいつも元気でいいなあ。」
「京子ちゃん、たまには食事でもどう?」

次々と声がかかり、休憩時間にはあっという間に人に囲まれる。
たくさんの笑顔に囲まれて、幸せそうに微笑む君を見るのは、俺にとっても嬉しくないことじゃない。
けれど・・・俺以外の誰かに笑顔を向ける君をみるのが辛い。
俺にとっては唯一の存在であっても、君にとっての俺は所詮大勢の中の一人に過ぎないのかと、そう思えてしまうから。

そう・・・君は俺のものじゃない。
その事実をまざまざと突きつけられることがこんなにキツくなるなんて、思ってもみなかった。
この程度のことに簡単に振り回される、こんな情けない自分は知りたくなかった。
それでも・・・。

夜も昼も、夢の中でさえ、君のすぐ隣に立つのは俺一人でありたい。
この先の未来もずっと。

そう思わずにいられない。


* * *


キッチンからリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。
君がここにいることを証明する音。2人だけの時間を共有していることを表す音。
何よりも俺が安心できるその音を聞いていたら、リビングでじっとなんてしていられなくなった。
気づかれぬようそっとキッチンへ足を運ぶ。
中を見れば、包丁を片手にときどきふふっと笑いながら楽しそうに調理をする君。
俺だけが知っている君が見えた。
俺だけ・・・?
そう、今、君は俺だけのものだ。
その指先もその細い肩もその瞳もその声も・・・全部、ぜんぶ・・・。

「最上さん・・・」
思わずそのまま好きだと口走りそうになり、慌てた君の顔を見て言葉を止める。
ただ、そのままじっと見つめた。
想いをこめて、ただひたすらにじっと。

「あ、今日はサバの味噌煮にしました。お野菜の炊き合わせと小松菜のおひたしもあるので、しっかり召し上がってくださいね。」
そう言って背を向ける直前、彼女の頬が赤く染まったように見えたのは気のせいだろうか。

「いい匂いだ・・・。今日もおいしそうだね。楽しみにしてる。」
さりげなく声をかけながら、じっと観察を続けた。
「すぐ出来ますから。リビングで休んでいらしてくださいね。」
耳たぶが赤い。
それに・・・少し声が震えていたのは、俺を意識しているということだろうか。

もっと、もっと意識してほしい。
もっと、もっと俺のことだけを考えてほしい。
夜も昼も、夢の中も、俺が君を想い続けているように。

* * *

最上さんの美味しい食事をいただいたあと、俺が煎れたコーヒーを飲む。
いつもどおりのひととき。
少し温めでミルクをたっぷりいれたカフェオレを彼女専用のカップに入れる。
“専用”がこの家に少しずつ増えていることに、君が気づくのはいつだろう。
隣で美味しそうにそれを飲む君を見ていたら、ふと昼間の出来事が蘇った。

たくさんの人に囲まれて笑う君。
俺の知らないところで君は、いつもああやってたくさんの人に囲まれているんだろう。
心の片隅がキリキリと痛み、持っていたカップが震える。
何度振り払おうとしても、俺の知らない誰かのためだけにやさしく微笑む君の姿が繰り返し浮かび、俺の心を強くかき乱す。

「美味しいです。」
・・・そう、今君が浮かべたこんな笑顔だ。

その瞬間、何かが切れた。
「最上さん、君を愛してる。心の底から・・・君だけを・・・愛してるんだ。」

もっとタイミングを見て言うつもりだったのに。
君の笑顔がストッパーを外した。

俺の言葉に、言葉を失った君。
握ったままのカップが、ガラステーブルの上でカタカタと震えている。
もう・・・後戻りはできない。


言葉はいらない。
言葉は信用できない。
君の瞳の中から俺は答えを見つけよう。

じっと見つめる俺に向かい、彼女がゆっくりとその眼を上げた。
瞳に映る怯え、恐怖、躊躇い、否定・・・・・・混沌とした感情の波がうねる。
その端をちらりと掠めた歓喜の光。


もう、逃がさない。
俺はゆっくりと微笑み、その光を掴もうと手を伸ばした。



夜昼といふわき知らず我が恋ふる 心はけだし夢に見えきや 

(夜も昼も、私はあなたを想っているのです。そんな私の想いが夢に出てはきませんでしたか)



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